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潰しても問題ない純粋型天下り法人

問題の一つとなったのは、顧問だった明治安田生命保険での嶋貫氏の待遇だ。嶋貫氏の処遇について、省内で「保険会社顧問に就任し、再就職支援業務をボランティアベースで行う」とする案がつくられた翌年の14年に就任した。

 民進党の小川淳也議員は、顧問報酬について「月2日勤務で1千万円か」と質問。嶋貫氏が「社に出向く回数は基本的にそう」「金額はその通り」などと答えると、委員や傍聴人からは「おお」「1カ月2回か」とどよめきが起きた。

ーーーーー
お役人さんの問題。

基本問題は、お役人さんが、基本的に生まれが貧乏であること、
退職後したいことが何もないこと、などだろう

家に財産がたくさんあればこんなことはしないだろう
たとえば鳩山家や麻生家の人が役人になって退職したとしても、
天下りなんてしないはずだ

また、退職後に何をしたいかが明確にあれば
天下りなどということには関係なく行きているはずだ
ただ生きるために生きているのだろう
この豊かな社会なのにもったいない話である

ーーーーー
よくある解決は、結婚のときに、お金持ちの家の娘さんとお見合いさせることである
閨閥を作るということになるが
それは禁止されていないので自由だろう

たとえば麻生家の親戚関係などをみれば
天下りなどとは無縁に
いくらでも高級待遇の経営者の席が親戚だというだけで用意できる
希望があれば選挙にも出られる

議員になって、その後は黒幕になる

ーーーーー
年を取ってからお金をたくさんもらっても、大したこともできないというのが現実である
なにかの時の予備にはなるが
なにかのときと言っても、病気になって死ぬというだけが多い
その場合に、お金がたくさんあっても、どうしようもない
一体何のために、そんなにお金がほしいんだろう

ーーーーー
問題の根本に帰ると、
そもそもそのような天下り法人が存在することが問題なのである

天下り指定席があることも問題であるが
関係者の子供や孫やその他の人が、
職員として、悠々自適で過ごしているのだ

天下りをやめさせると同時に
天下り法人そのものを解散させるのが筋だと思う

問題になった明治安田生命保険や早稲田大学は純粋天下り法人ではないから
そうはいかないが
潰しても問題ない純粋型天下り法人がたくさんあるものと思われる




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人格水準

喧嘩をしているときは人格水準が低下しているので
どうしてもパーソナリティ障害的になりやすい
たとえば
現実把握に歪みが生じる
衝動的になりやすい
過度に悲観的になる
演技的になる
人の話を聞かない
などの傾向が出てしまう
それは普段は何の問題もなく暮らしている人でも
喧嘩に巻き込まれたりすると
人格水準が低下するので
パーソナリティ障害的な部分が出てしまう

例えて言えば
干潮の時にはえぼし岩が見えていて
満潮の時にはえぼし岩が見えなくなるようなものだ
(実際のえぼし岩はいつでも見えているけれども)

しかし
ではその喧嘩がいつも続いているような人はどうなのだろう
(満潮でもえぼし岩が出てしまっている場合)
つまりその人は人格水準が常に低下していて
人格水準が普通程度に上昇する機会がないままで
年中を過ごしているということになり
それはパーソナリティ障害ということになるだろう

つまりディメンショナル・モデルで言うように
それぞれのファクターのスコアは出て
それが個性といえば個性である
そして時と場合に応じて変動する

健全な個体では
人格水準低下が起こったとしても一時的で可逆的である

不健全な個体では
その人格水準の低下が常に起こっている
固定してしまっている 
その人格水準の低下が原因となり
さらに喧嘩が起こり衝動的になり被害妄想的になり喧嘩ばかりしている
人格水準の低下が固定化する
ここで悪循環が完成する

すると常に衝動的で被害妄想的で年中喧嘩をしている人間が成立する
周囲の人を巻き込んで不幸にする

幼児期小児期の悪い環境がこの悪循環の基礎を作る

からくりは分かるけれども
お互いに生身の人間なので対処は難しい

人間は難しいものだと思う

ーー
譬え話で鏡をよく見ろなどというものだが
そのあたりから始めたらどうだろう

毎日自分をビデオ撮りするのである
ビデオに向かって素直な本心を語る
自分以外は見ないのだから嘘をつく必要はない
そして一週間くらいして、また一ヶ月くらいしてから
ひとりで見なおしてみたらどうだろうか

何かヒントが得られるかもしれない



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The self-destructive denier

The self-destructive denier
All physicians encounter patients who exhibit denial of their illnesses. The defense mechanism of denial can be quite positive and adaptive in coping with illness. However, denial is pathologi- cal when it interferes with the patient’s ability to seek and accept proper medical care, as is the case of the self-destructive denier.
Unlike the adaptive deniers, patients in this group are fundamentally dependent on others, and seem to be oblivious to their own self-orches- trated destruction. From the physician’s perspec- tive, these patients seem to take great pleasure in placing roadblocks on the way to receiving optimal care. An example of such a patient is the intravenous drug abuser who keeps coming back with yet another complication related to their drug use (such as cellulitis or endocarditis), but avoids seeking treatment for their underlying substance-abuse problem.
The self-destructive denier prompts a physi- cian to feel used, abused, angry, and helpless. The physician resents the fact that this patient uses medical services that could be given to pa- tients who are seemingly more deserving. While younger physicians may try to rescue this type of patient, more experienced doctors may have fantasies of them signing out against medical ad- vice, or even dying. As a result, many physicians often will feel guilty about their hateful feelings towards the patient.
The best management of the chronically self- destructive denier is to be aware of the patient’s unrelenting self-destructive behavior, and to acknowledge his or her helplessness to change that behavior. The physician also needs to set realistic expectations for the medical staff relative to the patient’s ability or inability to follow a course of medical care that will lead to health. One way of thinking about these patients is that they are no different than those patients who have a degenerative or terminal illness for which there is no medical treatment. Our goal as physicians, then, is to provide supportive care and alleviate suffering to the best of our ability.
In summary, taking care of difficult patients can undermine a physician’s enjoyment and satisfaction in the practice of medicine. A negative physician-patient relationship can lead to a very unhappy physician and a dissatisfied patient. Developing clinical strategies to manage difficult patients can foster a better relationship, and lead to a lower risk of litigation and to improved medical care.



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精神療法とアートと科学

精神療法のことなど書いたり読んだりしていて
ある本には最近の精神療法の「school」の変化と表現している
各流派の衰勢は激しく、ある流派はより素早く変化している
たとえば認知行動療法は激しく膨張し
森田療法は時代に合わせてのアップデートを拒み、MS-DOSの時代のままで停止している
交流分析は事実上消滅している(とアメリカの教科書に書いてある)

各流派で比較すると全く効果がないということはありえないし
自分たちでこのままではまずいと思ったら
自然に他の流派の良いところを取り込むので
どの流派でもそれなりに存在意義はあると思う

各デパートで、売っている商品の実質はあまり変わらないとしても
その並べ方とかおすすめの仕方は随分違うということかもしれない

これを精神療法の非特異的因子と呼んだりする
非特異的因子の実質としては共感的態度や傾聴があげられる

特異的因子としてはおおむね教育とか導きの因子が強くなる
さまざまな固有名詞や歴史や教義がこれに属する
治療者の人間的資質なども、非特異的因子に属する部分もあるのだが
特異的因子としてカウントしたほうがいいような場合もあるようだ
誠実に複雑に言うよりも
簡単に言って安心させて欲しい人がいたら
戦略としてか、根っから単純なのかしらないが、単純な物の言い方をする人はぴったり合っているということになるのだろう
 
ーーーーー
とまあここまでは問題も何もないのだが
世の中にはいろいろな人がいるもので
たとえば困っている人に対して
根拠はないが非常に断定的なものの言い方をして
好評を博する場合がある

特異的因子というものは
それぞれの人が必要としているから存在するのだろう
需要に応じる形で供給があるのだろうと思う

ということは、あくまでその治療法を選択するのは本人だろうから、
その人はその本人の資質以上の特異的因子の恩恵に浴することができないのではないか

その人がいいと思って話を聞くということは
その人の心に応じてのものなのだろうから
教育的とか導きとか気づきと言っても限界があるだろう

残念ながら壁の内側でグルグル回っているだけの場合もある
治療で帰って傷つくというのもこういう場合も多いだろうと思う

ーーーーー
治癒のメカニズムについては怪しげな場合も多い
実際こうやったら治ります、という手順を示されて、
それを追試できる、そしてそれをまたみんなで検討する
というのが科学の一般的な手順である

誰でも、どこでも、いつでも、同じ条件を整えれば、同じ結果が出る
だから科学である
たとえば宗教でも何かのおまじないをすれば誰でも結果が出ると教えられる
(たいていはいい結果は出ないので、私ならいい結果が出ると
誇大宣伝するグルが出現する。同時に、いい結果が出ないのは
心が淀んでいるからだとか、前世のたたりだとか、水子の呪いだとか、
話がどんどん良くない方に進む。衰弱している人にどんどんつけこむ)

条件が複雑すぎて『同じ条件』が何であるかを把握できない場合は
アートと呼んでいる
他人が真似してもできない

たとえば工芸作家の精密作品などはアートである
複雑で他人には真似ができないけれども、
本人の内部では再現性がある
本人にとっては秘密も不思議もない科学である 
私だって自転車はいつでも安定して乗れる
 
現代芸術は本人にも再現性がないような場合も多いと思う
それはアートというより偶然というべきだろう

生活維持の関係で心ならずもいろいろなことを言わなければならない立場の人がいるのだということもよくわかるが
そんな必要のない人も
やはり同じような根拠薄弱なことを言いもして行いもしているのは
実に不思議な現象だと思う

自分のやっていることがどうしてそのような効果を生じるのか
考えないのだろうか
メカニズムは不明、しかしアメリカで証明されているから大丈夫とか、そんなのはやめて欲しいと思う

自分のやっていることが不思議ではないのだろうか
不思議だと思うなら不思議を共有して科学の方向で解明すればいいのにと思う

というようなわけで
いまだに西洋中世の錬金術の時代が続いているような感じがする

無から金を生み出しているのだから
実に錬金術そのものではあるのだが


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"「タイヤの溝は一定ピッチで切られていないのを知っていますか」。 学生達は最初きょとんとしていましたが、どのタイヤもじっくり見てみると、少しずつパターンの間隔が変化しているのに気がつきます。全く一定間隔のように見えるパターンでも、離れた場所を見比べると、ひとつのタイヤの中で歴然と間隔が違うのです。「さて、何故このようにピッチを少しずつ変えてあるでしょう」。残念ながらその場に正解者はいませんでした。 ご存じの方もたくさんいると思いますが、正解は耳障りな騒音を出さないための工夫です。一定ピッチで溝が刻まれ

"「タイヤの溝は一定ピッチで切られていないのを知っていますか」。

学生達は最初きょとんとしていましたが、どのタイヤもじっくり見てみると、少しずつパターンの間隔が変化しているのに気がつきます。全く一定間隔のように見えるパターンでも、離れた場所を見比べると、ひとつのタイヤの中で歴然と間隔が違うのです。「さて、何故このようにピッチを少しずつ変えてあるでしょう」。残念ながらその場に正解者はいませんでした。

ご存じの方もたくさんいると思いますが、正解は耳障りな騒音を出さないための工夫です。一定ピッチで溝が刻まれているとそれぞれのブロックが一定間隔で地面に衝突するため、ある周波数のビーッという明瞭なノイズが発生します。しかし、パターンに変化があると様々なタイミングで衝突するので、全体としてざーっという周波数の幅のあるノイズになります(ホワイトノイズ化)。そうすることによって耳障りな騒音を防いでいるのです。

このノイズ低減方法は結構古い技術のようです。私が大根おろしをデザインするにあたって参考にした、職人技の大根おろしの効率の鍵である、「ランダムさの効用」がここにもありました。

"


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思春期くらいの子

“思春期くらいの子は、ほんのちょっと物語が自分と重なっただけで、まるで自分だけに向けて書かれたような気持ちになる。もちろんそれは思い込みに過ぎなくて、大人になったら忘れてしまうものだけど、その瞬間の気持ちもやっぱり本物には違いない。”

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“ 聞いたことあるのは、 コミュニケーション能力のない人は 仕事を上司から与えられた後に、誰にも相談せずに独りで突っ走って 上司が求めていたものとは全然違うシロモノを提出する って話。慣れてないなら、途中でちゃんとその仕事の進め方が妥当かどうかを誰かに聞けよと ミスに気づくのが早ければ早いほど、無駄になる労力は少なくて済むのだから 基本無口でも、要所要所で臆せず上司や先輩に相談したりできる人間ならいい 逆にいくら明るい人間でも、誰にも相談せずに独りで突っ走る人は・・・ だ。 まあ仕事が

聞いたことあるのは、 
コミュニケーション能力のない人は 
仕事を上司から与えられた後に、誰にも相談せずに独りで突っ走って 
上司が求めていたものとは全然違うシロモノを提出する 

って話。慣れてないなら、途中でちゃんとその仕事の進め方が妥当かどうかを誰かに聞けよと 
ミスに気づくのが早ければ早いほど、無駄になる労力は少なくて済むのだから 

基本無口でも、要所要所で臆せず上司や先輩に相談したりできる人間ならいい 
逆にいくら明るい人間でも、誰にも相談せずに独りで突っ走る人は・・・ だ。 
まあ仕事がダメダメでも、そういう正確なら上司や先輩に可愛がられる可能性はあるけど。 

口数が少なく、仕事を誰にも相談せず独りで突っ走って失敗する人間。 
これが一番ダメ 

口数が少なく、与えられた仕事を誰にも相談せず独りで突っ走るけど完璧にこなす人間。 
稀にいるだろうけど、たぶん人間じゃないな

実際には上司のコミュ力にも差があって、誰からも気軽に相談を受ける上司と、 
一部の相性のいい部下からしか相談を受けない(受け付けない)上司がいる。 

ダメ上司は自分のコミュ力不足のせいで部下があまり相談してこない(できない)のを 
相手のコミュ力のせいにする傾向がある 



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人格の玉ねぎ構造

人格の玉ねぎ構造

シゾチームとかチクロチームとか
昔から分類があって
排他的な感じで説明されていることがあるのだけれども
必ずしも排他的ではない

たとえば、元々がシゾチームで
しかし知能がある程度高いというタイプの場合、
もちろん、シゾチームのままで居るのは損なので
チクロチームの面を創りだそうとする

そこで玉ねぎの外側の皮がひとつ加わる

そうなるとこの人は本来がシゾチームで 
超越的なものへのあこがれなどもあるものだから

自分は本来、チクロチームなのだけれども、
シゾチームな面もあるのだということで 
外側にシゾチームを創りだす

そのようにして何度かの外殻創造がなされ
人格構造は玉ねぎ状に複雑になってゆく

生きてきた場面や立場に応じて外側は形成される

そもそもの始まりにコミニュケーション障害があったりすると
それをどうやって補うかということが課題となり
またさまざまに外殻が形成される

集団内での適応はチクロチームが便利である
超越的な感覚はシゾチームの得意分野である
両方の要素があったほうが人格としては円熟する



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“ 日本の某商社は、90年代初めに「公用語英語化」を宣言し、結構マスコミにも載ったが、実際に英語化された話はとんと聞くことがなかった。当時その会社にいた方いわく、 「壁に『わが社の公用語は英語』と日本語で貼ってあった」 そうです。 三菱商事じゃないですよ。 なんといっても、三菱商事は当時やっと日本語になったのだ。会話ではなく文書ですが、「漢文から和文」になったのです。 「御承認賜度御検討願度」 というのが社内伺いの最後の決まり文句だった。(和訳=「承認して欲しいので、検討してください」)。社内

日本の某商社は、90年代初めに「公用語英語化」を宣言し、結構マスコミにも載ったが、実際に英語化された話はとんと聞くことがなかった。当時その会社にいた方いわく、

「壁に『わが社の公用語は英語』と日本語で貼ってあった」

そうです。

三菱商事じゃないですよ。

なんといっても、三菱商事は当時やっと日本語になったのだ。会話ではなく文書ですが、「漢文から和文」になったのです。

「御承認賜度御検討願度」

というのが社内伺いの最後の決まり文句だった。(和訳=「承認して欲しいので、検討してください」)。社内のワープロで「ごし」と打つと、この10漢字に変換される見事さであった。

さらに、

「為念」(和訳:「念のため」)

みたいな、レ点が必要チックな接続詞もいっぱいあった気がする。その一方で、

「ドント・ヘジテイトでカム・トゥー・マイ・ルームね」

などというなぞの発言をする人たちもいる楽しい会社でした。



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冬場だけど嫁がうるさいおしゃべり始めたらこっそりヒーターの温度を上げると寝てしまう んで俺が話ししたくなったら温度を下げればそのうち目覚める そうやって調整している

冬場だけど嫁がうるさいおしゃべり始めたらこっそりヒーターの温度を上げると寝てしまう
んで俺が話ししたくなったら温度を下げればそのうち目覚める
そうやって調整している


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"やっぱり目が乾く感じがするのは熱があるからでしょうね 昨夜は疲れていて早く寝てしまったんです そして夜の3時とかに目が覚めて 少し深く寝た気がしてまして テレビをつけたら北九州市が映画のロケ地を提供することに熱心だという番組が流れていたんです 権威主義的な警察取調室にピッタリの部屋を探すらしいです へーと思っているうちにまた寝ていました それでやっぱり風邪が抜けない 鼻のあたりに炎症がとどまっていて 抜け切らないんです 夜にはもうエアコンは付けていません 自然の風で眠っています ぼーっとしていて注意が散

"やっぱり目が乾く感じがするのは熱があるからでしょうね
昨夜は疲れていて早く寝てしまったんです
そして夜の3時とかに目が覚めて
少し深く寝た気がしてまして
テレビをつけたら北九州市が映画のロケ地を提供することに熱心だという番組が流れていたんです
権威主義的な警察取調室にピッタリの部屋を探すらしいです
へーと思っているうちにまた寝ていました
それでやっぱり風邪が抜けない
鼻のあたりに炎症がとどまっていて
抜け切らないんです
夜にはもうエアコンは付けていません
自然の風で眠っています
ぼーっとしていて注意が散漫でいい考えも出ないし
体が辛い感じが続いていて
何か一種の関節痛のような感じで疲れが取れない
自分がこうなってみるとこの夏は老齢者の方にとっては大変だと思います
"

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未来のヨーグルトは不安の治療法になるのか? A Yogurt of the Future as an Anxiety Treatment? 乳酸菌株は脳のGABA作動系に影響を及ぼす迷走神経機構を介して不安を軽減する。 この数年間に報告されたげっ歯類での研究から、微生物の活動が迷走神経求心性神経を介して機能性腸疾患、視床下部―下垂体―副腎系のストレス反応、および不安関連行動に影響を及ぼす「微生物相―腸管―脳系(hypothalamic-pituitary-adrenal axis)」の存在が明らかにな

未来のヨーグルトは不安の治療法になるのか?
A Yogurt of the Future as an Anxiety Treatment?

乳酸菌株は脳のGABA作動系に影響を及ぼす迷走神経機構を介して不安を軽減する。

この数年間に報告されたげっ歯類での研究から、微生物の活動が迷走神経求心性神経を介して機能性腸疾患、視床下部―下垂体―副腎系のストレス反応、および不安関連行動に影響を及ぼす「微生物相―腸管―脳系(hypothalamic-pituitary-adrenal axis)」の存在が明らかになった。今回、2つの研究室がそれぞれ若干異なるプロトコールによりプロバイオティクス細菌であるLactobacillus rhamnosus(JB-1)を用いた共同研究の結果を報告した。本研究では、L. rhamnosus(JB-1)が脳内のGABA作動系、ストレス反応、不安/抑うつ様行動に影響を及ぼすのかどうか、また迷走神経機能と関連があるのかが検討された。

実験動物はL. rhamnosus(JB-1)を含むブロスもしくは含まないブロスを与えられた。L. rhamnosus(JB-1)を長期投与された健常マウスでは、前頭前野、扁桃体、海馬、その他領域間で複数のGABAAおよびGABAB受容体サブタイプのmRNA発現に(領域に依存した)異なる影響が認められた。L. rhamnosus(JB-1)投与によりストレス負荷マウスにおいてコルチコステロン値が低下し、複数のストレス負荷試験(オープンフィールド迷路試験、強制水泳試験など)では恐怖関連行動も抑制された。しかし、L. rhamnosus(JB-1)によるこれらの効果は迷走神経切断術を行ったマウスでは認められなかったことから、「微生物相―腸管―脳系」の関与が示唆される。

コメント
これらの結果はすでに再現性が確認されており、その信頼性は裏付けられている。今回使われた菌株がどのような分子学的・神経生理学的機序を介して迷走神経に影響を及ぼすのかはいまだ解明されていない。なお、乳酸菌の腸管―神経系に対する作用は菌株に依存しているため、スーパーマーケットで購入可能なヨーグルト製品に含まれているような他の乳酸菌株に今回の結果を一般化することはできない。現在、臨床試験が計画中である。


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風吹けば落つるもみぢ葉水きよみ散らぬ影さへ底に見えつつ 凡河内躬恒

風吹けば落つるもみぢ葉水きよみ散らぬ影さへ底に見えつつ(古今304)

【通釈】風が吹くたびに落ちる紅葉――水が澄んでいるので、まだ散らずに残っている葉の姿までも底に映りながら。

凡河内躬恒

【補記】散った葉は水面に落ち、まだ散らない葉は水底に映って見える、という凝った趣向。なお、当時は水面ばかりでなく水底にまで物が映って見えると考えられたらしい。

ーーー
この歌については以前にもこのブログで話題にしたことがある

ここにあげた通釈も補記も伝統的なものなのだろう
しかし本当にそうかな
「当時は水面ばかりでなく水底にまで物が映って見えると考えられたらしい。」とはまた、なんという珍説。
この補記には無理がある。

水底には物は映らないでしょう。まあ、当時の人はそう思っていたというのなら、
そうではないという証拠もないし、いいようなものだが。

ーーー
とてもまともに考えると、
風に吹かれるもみじ葉、水面に浮かぶもみじ葉、水底にみえるもみじ葉、
この三層が入り乱れ見間違う

凡河内躬恒の有名な、心あてに折らばや折らむ初霜のおきまどはせる白菊の花
では、初霜と白菊の白が見間違うばかりだというのである
同じ趣旨で、この歌では、上記三層が見間違うばかりであって
それほど水が澄んでいる、散ったのは直前である、という意味だろう

ここで水面に浮かぶもみじ葉をあげるのは、(私が以前読んだ)伝統的な解釈ではそうなっているからであって、
歌から直接解釈できるのは、「水底にみえるもみじ葉が、樹に付いていた頃のもみじ葉と区別がつかないくらいだ」
というものだ
たぶん、風が吹いたのは直前であって、もみじ葉はみずみずしいのだろう
水が澄んでいるのも、直前の雨だからだろう

ーーー
もう少し膨らませて考える

風が吹くともみじ葉が落ちる
(川か、湖か、沼か、水たまりか、)水が清らかなので、
まだ散っていないもみじ葉さえも水底に見えている

ということになる
すると、水深は浅いはず、湖でもないし、沼でもない、水底が見える程度の川か水たまりということになる

実際の観察をもとにすれば、今目の前に見えているものは、
風に吹かれて落ちるもみじ葉
水面に浮かぶもみじ葉
水底に沈んで見えるもみじ葉
水上の空間にあるもみじ葉が(これは樹に付いているものも、樹から離れたものも含むが)、水面に映る、鏡像としてのもみじ葉
(水底に映るもみじ葉の説はここでは採用しない)
この四種である
樹にまだ葉が残っているかどうかは不明
しかし散り尽くしたと解釈しても良さそうだ

散っていないもみじ葉の姿が水底に見えているというのは
理屈に合わない
散っていないもみじ葉の姿があるとして、そは水面に鏡像として見えているはずである

それを底に見えつつというからには理由があると考える

水底にもみじ葉が見えているのだから
流れの早い川ではないはずだ

水は非常に澄んでいるが、流れは川底のもみじ葉を流してしまうほど早くはない
たくさんの雨が降ったあとの水たまりに近いかもしれない

散っていない姿さえも水底に見えるという

ということは、眼前の樹のもみじ葉は散り尽くしたのではないか
そして散る前のもみじ葉は、いまは水底だけに見えているという意味に解釈したらどうか

つまり現在は失われたものが
水底に在る

強い雨と風でもみじ葉は散り尽くした
しかし樹の下に澄んだ水たまりができていて
その水底にみえるもみじ葉は散る前の姿を伝えている
というような意味なるだろう

いまはもう散り尽くしたもみじ葉であるが
水底の葉を見ると、在りし日が思い浮かぶようである

すると水底は過去への通路のようにも思われてくる

だとすれば、これは湖の浅瀬での叙景と見ていいのではないか
湖の浅瀬の水底にはもみじ葉が見えている
それは盛んだった頃のもみじ葉の樹の姿を伝えている
そして視線の先には深い湖底がある
そこにはもっと古い昔の、世界の姿が保存されている

水が清らかで水底が見えるのは浅いあたりだけだ
深い方を見るとうすでに水きよみではなくなる
深い底には深い昔が保存されている

ーーー
いや、ここで保存されているというのも正しくない
過去がそこに保存されているかのように、人間に思い出させる何かが在るという意味だ

ーーー
冬の始まりの風が吹いて、もみじ葉は散り尽くした
次の日の朝、湖のほとりを歩いていると、澄んだ水を通して、浅い水底に散り積もったもみじ葉が見えている
もみじ葉の盛んだった秋の日を思い出させる
それはつい昨日のことだ

ーーー
もみじ葉は風で散ったが
水は清らかに澄んでいるので
まだ散っていない在りし日を思い出させる色鮮やかなもみじ葉が水底に見えている

ーーー
いまはもう消えてしまった盛んな紅葉がそっくりそのまま水底にあるみたいさ
それくらい、水底の落ち葉はきれいだよ

くらいのニュートラルな、軽い感じが凡河内躬恒には合っているのだろうと思う

ーーー
喪失体験の直後には、このようにありありと、部分が全体に思えることがあると思う
現在が過去に思えることがあると思う
いや、過去が現在に思えるのか

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浦島太郎の物語に見られるような海底の別世界というイメージも重なっているかもしれない。

ーーー
もみじもすっかり散ったなあと思って眺めていると
水底にもみじ葉が見えていて、まだ盛んなもみじ葉が水面に映っているのかと、見紛うほどだった

昨日までの水面の鏡像としてのもみじ葉と
今日の水底に沈み散り敷くもみじ葉とが
見分けがつかないほどである

昨日までと今日との対比いうのは脚色がすぎるだろうか

水底に沈み散り敷くもみじ葉と
水面に映るもみじ葉と
区別がつかなくて、おもしろい

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だから、散っていない姿が水底に見えるというのは間違いではない
補記は誤りだと思う
事実、水底に、まだ散っていないもみじ葉の姿が見えるのである


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事務次官の前川喜平氏(62歳、'79年旧文部省入省)が引責辞任したが、退職手当5610万円は受け取るつもり

"
組織のトップに立っていた人間が、知らなかったでは通らない。文部科学省で、'09年頃から人事課OBを通じた組織ぐるみの再就職の斡旋が行われてきたことが発覚した。

事務次官の前川喜平氏(62歳、'79年旧文部省入省)が引責辞任したが、退職手当5610万円は受け取るつもりだという。

官僚の退職金は「俸給月額」をベースに算出される。事務次官の俸給月額は、117万5000円。これに「勤続期間別支給率=43.413」が乗じられ、さらに役職に応じた「調整額」が上乗せされる。前川氏は局長や官房長を歴任してきており、それも加味されて5610万円もの高額退職金になったわけだ。

前川氏はこれを受け取り、このまま逃げ切るつもりのようだ。

ーーーーー
早稲田大学は吉田氏を年収1400万円で教授として迎えた。

この問題を追及する民進党代議士で元経産官僚の後藤祐一氏が言う。

「より問題が大きいのは、吉田前局長です。彼は文科省を定年退職したため、満額の5260万円をきっちり受け取っています。

その後、再就職が違法行為によるものだったことが認定されたのにもかかわらず、法的にこれを返還させる仕組みがないのです」

ーーーーー
一時的に騒いでもそれきりでしょうね

若い時代を無駄にして組織に捧げたのだから
そのくらいは当然だというのかな

乙女が処女を捧げたのだから
あとあと面倒を見てもらって当然という
メンタリティもあるのじゃないか

"


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“こうした万引き対策で最も有名だったのが92年から始まった福島県いわき市の書店での騒動だ。客の様子を撮影し「月刊ザ・万引」ビデオを販売した書店も この書店では、少年たちが店内で万引きしている様子を5台の防犯カメラで撮影しビデオに収録、「ザ・万引き」として280円で販売していた。ビデオは全部で100巻作り完売、万引きは無くなったという。そして、ビデオに写っていた中学生が謝罪に来ても追い払い、親が抗議の電話をすると「万引きの償いはしなければならない」と返した。 福島地方法務局や警察署が「少年の人権を侵害す

“こうした万引き対策で最も有名だったのが92年から始まった福島県いわき市の書店での騒動だ。客の様子を撮影し「月刊ザ・万引」ビデオを販売した書店も

この書店では、少年たちが店内で万引きしている様子を5台の防犯カメラで撮影しビデオに収録、「ザ・万引き」として280円で販売していた。ビデオは全部で100巻作り完売、万引きは無くなったという。そして、ビデオに写っていた中学生が謝罪に来ても追い払い、親が抗議の電話をすると「万引きの償いはしなければならない」と返した。

福島地方法務局や警察署が「少年の人権を侵害する」と販売中止を求めたが応じなかった。93年8月8日には新たに「月刊ザ・万引」を創刊し、330円で売り出して完売。96年にも大人2人、高校生ら若者6人が万引きするビデオを390円で販売している。”


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