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「こうすればこうなる式のものの考え方」

「こうすればこうなる式のものの考え方」

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2月下旬。日差しは暖かい日も多く、部屋の中は暖かい。 水道の水はかなり冷たい。 外に出ると風が冷たくて驚く。 朝から太陽が出ていない日はさらに外気が冷たい。 梅はまだ見かけていない。

2月下旬。日差しは暖かい日も多く、部屋の中は暖かい。
水道の水はかなり冷たい。
外に出ると風が冷たくて驚く。
朝から太陽が出ていない日はさらに外気が冷たい。
梅はまだ見かけていない。

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「プレミアムフライデー」を即刻廃止し、「ほどほどエブリデー」を導入することを強く要望します。

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抱える住宅ローンの返済は年々きつくなるのに、マンションの資産価値は年々落ちていく。さらに、マンションが老朽化するだけでなく、住人の年齢も上がっていく 50歳を過ぎると給料が下がっていきます 50代でローン返済と教育費が重なって苦しんでいる人をたくさん見てきました

――国が住宅バブルを引き起こし、それに乗せられた多くの会社員がローン返済に苦しんでいるという現状が、本書には詳しく書かれていますね。

荻原 ひどい話です。1997年にアジア通貨危機、北海道拓殖銀行の経営破綻、山一證券の自主廃業、98年には日本長期信用銀行の経営破綻が起きて、日本は不況に見舞われました。そこで、国が住宅バブルで不況を乗り越えようと、98~99年にかけて3つの住宅政策を打ち出したのです。

 まず、建築基準法の要件を緩和して大量に住宅を供給できるようにしたこと。また、住宅金融公庫の住宅ローン金利を2%まで下げて低所得者でも大型ローンを組みやすくしたこと。さらに、マイホームを購入したときに税金が戻る住宅ローン控除を過去最大に大型化したことです。

 この3つの政策で住宅バブルが引き起こされ、住宅ローンの返済額を最初の5~10年間は低く抑える「ゆとり返済」も、その流れに拍車をかけました。「家を買えよ!」「借金を背負えよ!」と国民の懐に手を突っ込んでくる政策でした。

――国税庁の調査によると、会社員の平均給与は97年がピークで年収467万円でしたが、その後下がり続けて、この数年は上向いていますが、2015年は420万円でした。ローン返済は依然厳しい情勢です。

荻原 会社員の平均給与が下がり続ける中、5~10年が経過したローンの返済額が一気にアップしたことで、行き詰まってマイホームを競売にかけられる人が激増する事態になりました。

――国が購入を煽ったことに加えて、マンション販売業者は、マンション価格や住宅ローン金利がどう変動しても、常に「今が買いどき」と言いますからね。

荻原 そうです。でも、販売することが彼らの仕事ですからね。それは仕方がないのではないでしょうか。

ーーーーー
抱える住宅ローンの返済は年々きつくなるのに、マンションの資産価値は年々落ちていく。さらに、マンションが老朽化するだけでなく、住人の年齢も上がっていく

ーーーーー
不動産経済研究所によると、16年の首都圏の新築マンション発売戸数は3万5772戸(前年比11.6%減)で1992年(2万6248戸)以来、24年ぶりの低水準となった。契約率は68.8%で70%を下回ったのは2009年以来初めてだ。一方、東日本不動産流通機構によると、16年の首都圏の中古マンション成約件数は3万7189件(前年比6.9%増)で過去最高を記録した。平均価格は新築マンションが5490万円、中古マンションは3049万円である。

ーーーーー
多くの会社員は、50歳を過ぎると給料が下がっていきます。30代でマンションを購入して退職金で完済する計画を立てている人は、目算が狂ってしまう

50代でローン返済と教育費が重なって苦しんでいる人をたくさん見てきました


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問題を言語化する

問題を言語化する

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どんなものからも教訓を引き出すことができる これが賢さである

どんなものからも教訓を引き出すことができる
これが賢さである

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補う力

人の話を聞くときに
必死に注意を集中しているわけではない
だいたいいい加減にところどころ聞いて
あとは補って解釈している

補うときには相手の言い間違いとか
自分の聞き間違いを
訂正することもしている

だから話が伝わらないという場合
ただ単に注意力が足りないというわけでもないのである

たとえば
会議の後で録音を聞きながら会議録を作るときも
何が大事なのかわからないということになるし
聞きにくいところを補うこともできない



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私たちは、自分たちが住んでいる世界の先行きについて、もっと長いスパンで考えないといけない。  ということはつまり、14歳を過ぎた人間は、英雄的な愚行より、知的な逡巡を選ぶべきだということです。

私たちは、自分たちが住んでいる世界の先行きについて、もっと長いスパンで考えないといけない。
ということはつまり、14歳を過ぎた人間は、英雄的な愚行より、知的な逡巡を選ぶべきだということです。

「不決断は誤った決断より悪い」
 という言葉を、ディエゴ・マラドーナの口を借りて書いたことがある。
 サッカーについては、たぶん、その通りだと思う。
 なぜなら、サッカーは90分で終わる闘いだからだ。
 ストライカーに迷うための時間は与えられていない。
 しかし、われわれが生きている歴史の時間には終わりがない。
 私たちは、自分たちが住んでいる世界の先行きについて、もっと長いスパンで考えないといけない。


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夢に現れる自分の本心が私は怖い

"
夢に現れる自分の本心が私は怖い

"

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甘利事件のときも沈静化してしまったので 今回の学校法人問題もどうせと思っていたが 案外にしぶとい追求が続いている

甘利事件のときも沈静化してしまったので
今回の学校法人問題もどうせと思っていたが
案外にしぶとい追求が続いている


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“ やめていく圧倒的多数派は、次のようなタイプだ。  まず、単純作業について、何度教えても一定レベルよりも上にはいかない。こちらの要求基準を充たすことができない。作業割付を与えても時間どおりにはそれをやれない。客が途切れるとぼーっと立っている。そして、あとでできなかった理由を聞くと、かならず「忙しかったから」と返ってくる。  実はこのタイプの人を動かす方法を俺は知っている。怒鳴ることだ。怒鳴って、恐怖を与えると、これらの人々は動く。または罰則を与えることだ。既定の仕事(もともと自由度の高い職場なので、

やめていく圧倒的多数派は、次のようなタイプだ。

 まず、単純作業について、何度教えても一定レベルよりも上にはいかない。こちらの要求基準を充たすことができない。作業割付を与えても時間どおりにはそれをやれない。客が途切れるとぼーっと立っている。そして、あとでできなかった理由を聞くと、かならず「忙しかったから」と返ってくる。

 実はこのタイプの人を動かす方法を俺は知っている。怒鳴ることだ。怒鳴って、恐怖を与えると、これらの人々は動く。または罰則を与えることだ。既定の仕事(もともと自由度の高い職場なので、既定といってもそれほど要求は高くない)をこなせなかった場合に、かならず怒る。そうすると、働く。

 俺はこの作業が大嫌いだ。怒る人間のいる職場は、全体がそういう空気になる。店の内部がピリピリしていれば、雰囲気のいい店にはならない。それはほかならぬ俺がオープン当初の1年で実証済みだ。もちろん店のレベルは上がるが、接客の要となる「歓迎する空気」が絶対に出ない。その当時のことはかなり強い自己嫌悪とともに思い出されるもので、できうることなら、同じことを繰り返したくはない。それ以前の問題として「怒れば恐怖で動く」という関係性は本当にきつい。時給を払っていて、この時給でここまではやってくれという要求基準はとうぜんある。怒鳴ればできるのだ。できれば怒鳴らなくてもやってほしい。これは、構造が体罰と完全に同じだ。そこまで無理な要求基準だっただろうか。自問自答してもそうは思えない。

 できる限り気楽に、無理なら働けるというのはどういうことだろう。俺はずっとそう考えてきた。自分自身が働くのが嫌いだからだ。こうやって文章書きに費やす2時間は仕事の2時間よりもはるかに楽しい。

 その答えを俺は「自分が得意なことをやって、それをモザイクのごとく組み合わせて、店の総力を上げて、バイトに還元する」というところに求めた。まちがっていないと思う。いい店であり、いい職場になったと思う。

 先日、うちの店を「つまんないから」という理由でやめて、別のところで働きはじめたバイトの話を人づてに聞いた。どうやらその人は、世のなか的にブラックとしかいえない業種で働いているらしい。

「もうずいぶんと続いてるらしいですよ」

 その話をしてくれた店長補佐が言った。

「え、あいつが?」

「あれじゃないですかね、私も一度この店やめたときに、ほかのバイトやったんですけど、意味ない規則多すぎていらいらしたんすよ。しかもこれやれば売れるってわかりきってることぜんぜんやんないし。だから戻ってきたんですけど、この店のほうがやっぱ楽っすね」

「仕事はどっちがきつい?」

「立場が違うからなんともいえないけど、忙しいのはまちがいなくこっちっすよ。やることだらけじゃないですか」

「でも楽なんだ」

「そりゃあ、やりたいようにやれますから」

「じゃああいつは、なんでその職場のほうが続いてるんだ」

「そっちのほうが楽だからじゃないですか。そういう人もけっこういましたよ」

 そのやりとりでなるほど、と思った。

 うちの店に脅迫めいたものは基本的にない。ノルマもない。最低限の仕事、つまりレジ打って揚げ物作って、売場のフェースアップをやっていれば叱られることもない。じゃあヒマな時間はなにをやっているかというと、それぞれがPOPを書いたり、自分の担当の売場を作りなおしたり、掃除が好きなヤツはコピー機を磨きあげたり、レジを光らせたりしている。それをしてみんな「忙しい」と称する。そういう分担みたいなのができたのは、しぜんにそうなった場合もあるし、俺が「君、ほんとに掃除好きだな。苦にならないの?」「モノ光らせるのたまんないです」などのやりとりの果てに「じゃあ君はヒマな時間はそれやっててよし」みたいなかたちで任せたものもある。自主的、とまでいえば言い過ぎだろうが、少なくとも「嫌いなことはできるだけやらない」の結果として、居心地はよくなっている。俺自身、ポイントカードの獲得は大嫌いだから、パートのおばちゃんに丸投げだ(ほんとにオーナーかおまえ)。

 この根底にあるのは「時給をもらっている時間は仕事をする」というモラルだ。俺はなにも脅迫めいたことはしていないと書いた。可能な限り強制もしない。しかしたったひとつ、無言のうちに強要しているものがひとつだけあった。それがモラルだ。

 やめていったバイトは、その環境に耐えられなかった。そうしてそのうちのひとりが、最初からルールとノルマで縛り上げた業種でうまく働いている。もともと接客は悪くはなかった子だ。やりがいがある、と言っていたらしい。仕事はマニュアルの丸暗記から始まって、対応も決まっている。そしていかに押し込んで契約を取るかが勝負らしい。もちろん歩合給だ。

 俺にはこれが、体罰の延長線上(あるいは手前)にある構造に見える。そしておそらくは、そうしたものは常に必要とされている。なにしろ俺は、あまりに多くの「怒鳴らなければ動かない」事例を見過ぎた。もちろん、読む人はこのことを俺の指導力不足だとみなしてもかまわない。本当はまだやれることはあるのに、それを実行しないで体のいい逃げを打っているだけだろうと、そう思ってかまわない。原理的には俺もそうだと思う。

 しかしこういうことは「どこまでその人の内部に立ち入るか」ということと引き換えの部分がある。おそらくその人の全存在を受け止める気があれば、逃げを打つ必要はない。しかし俺は親ではない。仕事という前提において引き受けられる人間の部分には限界がある。その場合、別の職場で働くほうがいいだろう。もしそこまでやってしまうのであれば、それはもはや自主性の搾取と呼んでもいい。そして程度の差はあれ、俺はすべての従業員に対してそれをやっている。口に出していないからといって圧力が存在していないわけではない。その集団が同じ条件で動いている場合に、そうでないものにかかるのは同調圧力と呼ばれる。

 こうやって考えていった先にあるのは、つまり「労働は搾取である」というどこかで聞いたような言葉になるだろう。しかし俺はそう信じることは「許されていない」。なぜなら、俺は現実に店を経営し、バイトを使い、そして利益を出して自分も食っていかなければならないからだ。俺は思想家ではない。自分内部の葛藤など自分だけの問題だ。俺は「バイトにとって居心地のいい職場を」というお題目のもとに、陰ではだれかを切り捨てている。俺にそのつもりがなくても、現実にそうなっている。俺がやるべきことは、この現実という与えられた条件のなかで、最善を目指すことだけだ。

 そして、最善は実現しない。それは静止状態だからだ。社会が動いているのである以上、最善も動きつづける。それゆえに、永久に考えつづけるほかない。

 この、現実とやらのなかで。



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人間の物質的生活を決めるのは社会の経済システムであり、この現実の土台の上に、法律的政治的上部構造が聳え立ち、また人々の意識もこの土台に対応する。カールマルクス‏

人間の物質的生活を決めるのは社会の経済システムであり、この現実の土台の上に、法律的政治的上部構造が聳え立ち、また人々の意識もこの土台に対応する。カールマルクス‏

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警告。ぼくらはすべて、退屈なものになる傾向をもつ。ポール・ヴァレリー

 警告。ぼくらはすべて、退屈なものになる傾向をもつ。ポール・ヴァレリー

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不幸の中にも幸せが、幸せの中にも不幸の種がある。

不幸の中にも幸せが、幸せの中にも不幸の種がある。 

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森の分かれ道では人の通らぬ道を選ぼう。すべてが変わる byフロスト

森の分かれ道では人の通らぬ道を選ぼう。すべてが変わる

byフロスト



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“綺麗な言葉遣いは、お金の掛からないオシャレだと思う”

“綺麗な言葉遣いは、お金の掛からないオシャレだと思う”

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青年は荒野をめざす

青年は荒野をめざす

同一部族内で血縁関係を続けていくと
遺伝的に弱いものになってゆく

長男は親を養育する必要があるので
土地を離れられない

女は子供を養育する必要があるので
土地を離れられない

次男以下の男性たちは
その土地にとどまってていようとするなら
半人前のままでいるか
後継者に取って代わるしかない

そのために青年は荒野をめざすのである
未知の土地の道の人々と巡り合う
そしてそこで遺伝子を残す
さらに留まることなく旅を続ける

そのようにして、荒野を目指す遺伝子は受け継がれてゆく

女たちは第一子としては正当な後継者の子供を産む
しかしその後は、女たちの意志次第である
そして女たちは、荒野を旅してきた異国の若者に恋をする
それは一時的なもので
若者はまた旅に出る
生まれた子供は正当な後継者の子供として育てられる
女以外は誰も知らない

そして子供がおとなになる頃
旅に出たい遺伝子が発動する

異国の女を孕ませるために旅は続く

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精神病性躁病と精神病性うつ病

感情障害とか双極性障害とか躁うつ病と呼ぶ場合に
それならば精神病性ですね
と素直に解釈できるような意味の含みがあるわけです

ここで精神病性という言葉と
神経症性という言葉が対になるのですが
最近では
精神分析と共に神経症という言葉自体が駆逐されているので
説明が必要なのかなと思う

だいたいを言うと
精神病性という場合は
現実把握、reality testing、現実検討などと言われる
精神機能部分が壊れているわけです

神経症性というと
現実把握は壊れていないのですが
それを心の中でどう処理するかという段階になって
たいていは低級の防衛機制を使って
ごまかすわけで、
そのまあ、ごまかしともいうような部分を
神経症性と名付けているわけです

脳の構造を階層的に考えると
(だから診断学も階層的になるはずなのですが)
ジャクソニスムの原則に従って
大きく区分して精神病性と神経症性を区別できるというわけです

つまり精神病性のほうが重症だということになります

たとえばよく問題になる、失恋とか肉親の死亡などに伴う
悲哀と
うつ病の悲哀はどう違うのかというような問題がありますね

うつ病の悲哀にも2つあるわけです
上の考えに従うと

つまり
精神病性うつ病の悲哀と
神経症性うつ病の悲哀がある

何が違うかというと、
精神病性うつ病の場合は
現実把握がずれていて、そのせいで悲哀が発生している
たとえば妻が死んでもいないのに死んだと認知したら
悲しい
でも他人にはどうもよくわからない
そういう場合

神経症性うつ病
というのは
他の人と状況把握は共有できる、そして現実利益も共有できる
だから疾病利得とか
そんなことも共感できる
各種の防衛機制はその場その場に応じて
取り出したり引っ込めたりするものですから
原則共感できるものです
そして、普通ならこの防衛機制は使わないなというような場面で
その防衛機制を使ったりすると、
神経症性うつ病になったりする

失恋のうつは
現実把握も大丈夫、防衛機制もふつうのものを使っているという場合の
悲哀なんですね

これで
精神病性うつ病の悲哀と
神経症性うつ病の悲哀と
正常体験反応としての悲哀をきちんと区別できるはずです

ーーーーー
そういう意味では
私などは長年、患者さんの現実把握の程度を測定し続けているわけです
じっと話を聴き続けながら
そして一方で患者さんの使っている防衛機制を分析している
そういう仕事なんです

たとえばその人の把握している現実はどんなものか
こころのスクリーンに映るとして
内容そのものが現実と違っている場合から
画面の解像度がどうにも足りなくて
足りない部分を空想とか被害妄想で補うという場合も多い

その人の心のスクリーンに何が映っているのか
それはどの程度の解像度なのか
などに感心を持って話を聞いているわけです

ーーーーー
解像度と言いますが
実際には言葉に頼る部分が大きいんですね
子供ならプレイセラピーの中でその子供の心のスクリーンに何が映っているのかを
考えるわけですが
大人の場合にはそんなわけにも行かないので
たいていは言葉
たまには絵画とかを使うわけですが
やはり言葉の網の目がどうかということに関心が向かうわけです

言葉の網の目が粗雑すぎると
何が映っているのか
現実と違うものが映っているのか違うものが映っているのか
そんなことの判別も困難になります

言葉の網の目が粗雑すぎる人の場合には
やはりそのあたりの成長を促す方向で接することになるわけです
気の長い話になるでしょう

ーーーーー
ここまでがおさらいですね

薬剤としては
神経症性うつ病の場合には
抗精神病薬は使わなくていい
抗うつ薬でいい

精神病性うつ病の場合には抗うつ薬よりも
抗精神病薬ということになります
それは現実把握能力の改善ということが目標だからですね

ここでもう一度概念の点検をしてみると
双極性障害は、もともと感情を支配するシステムの障害で
原発性に感情が病気になっていると考えているわけですが
そうするとここまで説明してきたことと少しずれてくる

現実把握のズレがプライマリーな病変であって
その事に感情が反応するのはまた別の話

その感情反応の仕方がずれているというのは
また別の病気であって
それは双極性障害でもないし精神病でもない
類型として考えると
性格障害の方にやや近いだろうと思います

何も原因がないのに
感情が大きく揺れる
たとえば甲状腺機能障害とかではそんなことが起こりますが
それでも現実に対する反応が大きすぎるという感じであって
きっかけは確かにあって、そのうえで反応が大きすぎるという場合も多い

しかしそのような、何も原因がないのに感情だけが揺れている
というのが
双極性障害、感情障害、躁うつ病のもともとの分類でしょう

しかしそんなものがあるのか
あるとしてどう見分けたらいいのか

見分ける相手は何かというと
それは、ずれた現実に対する正しい感情反応ですね

正しい現実把握+ずれた感情反応=感情障害

ずれた現実把握+正しい感情反応=精神病

という区別になります

ところが先に述べたように
正確な意味での双極性障害は実は精神病性の性質を含んでいる
このあたりがなかなか厄介な部分です
再度、精神病性とは何かを考えなおすことになる
という訳で
少なからぬ循環の議論になる

こういう話は
机上の空論、スペキュレーションと言って
相手にしない人も多いわけでして
なかには、そのように区別するとして、どのように治療方針に反映するのかと
考える人もいます

ーーーーー
さて、実際には正しい現実把握といっても
問題山積です

たとえば大地震が起こったみたいだ、どうするかという場合、
正しい現実認識とは何でしょうか
難しい

そしてそれに対する正しい感情反応とは何でしょうか
それも難しい

理論的に正しいというものではなくて
統計的に多数であるとか中央値であるとか
そんなことで置き換えることもできるでしょう

ーーーーー
大災害の場合で言えば
たいていは、脳機能の最上位部分は機能停止しますので、
まあ、それが危機の意味ですね、逆に
そして大多数の場合に危機で脳最上位機能が麻痺しているときに
麻痺しないでクリアーな結論を出せる人が
リーダーとして適任ということになります

一番大声でしゃべっている人がリーダーというものではないんですね

ーーーーー
大災害に際しての人々の行動を見ていると
実に躁病的ですね
細かい説明は省きますが
精神科病院の病棟で日々起こっている患者さんの心の動きと
相似形なことが起こっているような気がする

この点から私は推理するのですが
大災害の時に人々の心のスクリーンに映るものと
躁病のときに患者さんの心のスクリーンに映るものはある程度似ているのではないか

だからその先の感情反応に類似性があるのではないか

そう考えると
やはり躁病は大部分は精神病なんだと納得が行くわけです

しかし中には
現実認識はずれていない、しかし、感情はずれていると言う、本来の感情病の人もいる

脳にはいろいろな部分があるわけだから
その部分部分で故障が起こっても不思議はないはず
だからこのような純粋原発性感情障害もあるでしょう

ーーーーー
というようなわけで、双極性障害は精神病の部分が大きいと考えられるわけです
根本の障害は現実認識の障害
だから治療法は抗精神病薬です

そんなわけで
ここからはテクニカルな話ですが
抗精神病薬に急性の躁病やうつ病を抑えるメカニズムがあるのかどうか
なかなか難しい
(わたしはあると思う・・・しかも現実把握改善部分以外の作用だと思う)

上記の話で言えば
抗精神病薬は現実把握を改善するから
躁病なりうつ病なりを改善すると
言えるのではないか

抗精神病薬が感情細胞に直接効いているのではない
と考えられます
(んー、でもそういう効き方もあるんだと思う)

また別の考えでは
やはり抗精神病薬は感情細胞に直接作用して
躁病をストップさせ、その延長でうつ病を誘発してしまう
そういう意見もあります
(そうだろうね、賛成)

また、精神病つまり統合失調症・シゾフレニーでうつ病症状は見られるのですが、
それに対して抗うつ剤を使うのか
抗精神病薬を使うのかという問題はあります
(私は後者を使う)

ここでの話で言えば
現実検討がずれているなら抗精神病薬
現実検討が正しいままならば抗うつ薬という区別になるでしょう

ーーーー
いろいろと問題があるのですが
患者さんの心のスクリーンに映っているものは何か
それをきちんと把握しようとするだけで
いろいろなことが分かるはずなのだと思うわけです 

ーーーーー
リチウムとかラミクタールがどう効いているのかはいろいろと議論がある

リチウムのばあいは急性躁病、急性うつ病、長期予防いずれにも有効
ラミクタールの場合には(メーカーはどう言うのか別にして)
急性うつ病、急性躁病には無効、長期予防に有効、となる

普通に考えて一番良いのは
急性躁病や急性うつ病で、認知機能に問題があるとしたら
そこを改善してくれれば理想的なのだけれども
機能をせき止めているもの、阻害しているものを取り除けることは
比較的しやすいけれども
不足しているもの、欠損しているものを薬剤で補うことは難しいだろう
しかも短時間ではなおさら無理だろう
欠損を補うのは教育である


ということは、急性の感情エピソードについてリチウム投与または抗精神病薬投与は何が起こっているのだろうか
ということになる

たんなる鎮静であろうか

たとえば鎮静と考えるとして鎮静の典型的な薬剤はレボメブロマジンである
ところがこの同じ薬剤を少量のみ使って賦活作用を実現することができる

考えかたとしては、鎮静系を鎮静するから結果として脱抑制になるのであって
レボメブロマジン自身は一貫して抑制系である

ーーーーー
さらに長期予防のメカニズムは何か
などなど

春の夜は長い
 



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"学童保育っていうところでバイトしてるんだけど、 今日の朝、保護者の人に 「あなたみたいな若い子にお任せするのは心配だけど仕方ないわね」 と子供達も見ている前で言われてすごく傷ついた。 たしかに頼りないかもしれないけど、ズケズケ言われたらちょっとヘコむ。 泣きそうになりながらも気を取り直して仕事して 昼過ぎに自分のロッカーを開けたら、 半分にちぎってあるココアパンがビニール袋に入った状態で置かれていた。 これはなんだろう…と思ったら、朝の様子を見ていた子供からの差し入れだった。 「〇〇

"学童保育っていうところでバイトしてるんだけど、 
今日の朝、保護者の人に 
「あなたみたいな若い子にお任せするのは心配だけど仕方ないわね」 
と子供達も見ている前で言われてすごく傷ついた。 
たしかに頼りないかもしれないけど、ズケズケ言われたらちょっとヘコむ。 

泣きそうになりながらも気を取り直して仕事して 
昼過ぎに自分のロッカーを開けたら、 
半分にちぎってあるココアパンがビニール袋に入った状態で置かれていた。 
これはなんだろう…と思ったら、朝の様子を見ていた子供からの差し入れだった。 
「〇〇ちゃん、このパン好きだって言ってたでしょ。分けてあげようと思って。」 
と子供が言った。 
そのパンは、その子供も大好きなパンで 
いつももったいぶってチビチビ食べているパンだったので、 
子供なりの深い思いやりにとめどなく涙が溢れてしまった。 
千切ってくれたパンは二人で仲良く食べた。”
ーーー
“桜が日本を北上する時間はだいたい毎時2~3キロメートルなんだそうな。つまりは幼子が普通に歩く速度ってことになる。日本の桜の訪れが小さい幼子の神さんによるものだとしたら、ずいぶん素敵な話だよね。”

ーーー



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"日本の変態技術で思い出したこと。江戸のからくり人形は「同じような動きをするんじゃ面白くねぇから、時々失敗させようぜ!」って歯車とぜんまいの組み合わせだけで「ランダムにミスをさせる」機構を作ったそうな…。 技術以前に驚愕なのは「ドジっ子萌え」という文化が既に確立されていたことだ。"

"日本の変態技術で思い出したこと。江戸のからくり人形は「同じような動きをするんじゃ面白くねぇから、時々失敗させようぜ!」って歯車とぜんまいの組み合わせだけで「ランダムにミスをさせる」機構を作ったそうな…。 技術以前に驚愕なのは「ドジっ子萌え」という文化が既に確立されていたことだ。"

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発達障害の診断 特徴的成育史 WAISなどで言語性と動作性の乖離が証明されること 基本的な問題と二次障害の組み合わせを想定しながら現状の病理を考えて診断 ロールシャッハなどの投影法もschとの鑑別に役に立つ

発達障害の診断

特徴的成育史
WAISなどで言語性と動作性の乖離が証明されること
基本的な問題と二次障害の組み合わせを想定しながら現状の病理を考えて診断
 
ロールシャッハなどの投影法もschとの鑑別に役に立つ

ーーー
発達障害は増えたのか?なぜ増えたのか?
診断知識の増加か?単なる世間の流行か?
 
学校の先生の能力低下、学校に対する厳しい視線 
家庭の養育能力の低下、親の未熟さ、などなど 
薄いPDDが問題化するようになったのは社会の問題
薄いPDDが青年期以降になって事例化するのは社会の問題

不明の身体的原因
未熟児の救命率の上昇
食事内容の問題
子供の睡眠環境
ゲームなどの脳への影響
社会の要求水準の高度化
学校や会社での教育力の低下
化学物質、放射能、その他、昔はなかった要因 


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新生児に語りかける

“新生児にミルクをあげてて、誘惑に駆られるのですよ。スマホ、見てぇな、と。
もしかしたら誰かがFacebookで「いいね」してくれてるかも。誰かがリツイートしてくれてないかな。ミルクあげてる時、ぶっちゃけ暇だし。

しかし、これはイカンのですよ。
というわけで、自分に言い聞かせる意味も込めて、トッド・リズリー(Tod Risley)とベティ・ハート(Betty Hart)の研究(http://p.tl/m8Ka-)についてご紹介します。

研究者のリズリーとハートは、生後2年半までの子どもに、親の語りかけが与える影響を調査したところ、親は1時間に平均1500語の言葉を幼児に語りかけることが分かりました。また「おしゃべりな(talkative)」親(大学出や専門職が多かった)が、平均2100語を語りかけるのに対し、言語環境が貧しい親(低学歴の人が多かった)は、1時間に平均600語しか語りかけないことも分かりました。

そうすると、その差は生後30ヶ月間の累積で、おしゃべりな親の子どもは平均4800万語を語りかけられたが、不利な環境の子どもはその3割弱の1300万語しか語りかけられない、ということになるわけです。

で、リズリーとハートは、その子どもたちが学校にあがってから追跡調査をかけました。すると乳幼児期に子どもたちに語りかけられた言葉の数は、成長してからの読解力の試験の成績と、強い相関があったのです。

ここまででも結構すごい発見なのですが、更に面白いのは、彼らが「語りかけの質」に注目した点です。実はただ単に何かを語りかければ良い、というわけではなかったのです。彼らは研究の途中で、親と子どもの間で行われる会話には、大別二種類あることに気づきました。ひとつは彼らが「仕事の話(business talk)」と名付けたもので、例えば「やめなさい、危ないでしょ」「早く車に乗りなさい」等と言ったようなもの。

もう一つは、彼らが「言葉のダンス(language dancing)」と呼ぶもの。くだけた感じで思ったことを口にし、まるで大人と話しているような言い回しで話し、問いかけます。「今日は青いシャツが良い、それとも赤いシャツにする?」「ママったら、前にあなたの哺乳瓶を間違ってオーブンに入れちゃった時があったよね」というように。

実は後者の方が圧倒的に子どもたちの認知発達に大きな影響があったのでした。意外なことに「余計なおしゃべり」の方が勝ったわけです。「仕事の話」は、「直接的で時制は今、場所はここ」に限定されていて簡素すぎ、言語的「豊かさ」に欠けている一方、余計なおしゃべりに見える「言語のダンス」は、現在形だけでなく過去形や仮定形、場所もここだけでなくそこかしこであるため、言語的に非常に豊かであるためというのが彼らの分析です。

さて、私達親が受け取るべき示唆は、子どもたちは、親と喋れるようになるずっと前から、親の語りかけの影響を受けている、ということです。

更にここから社会的に重要なレッスンを導き出せます。リズリーとハートの研究は、認知的優位性の鍵が「言葉のダンス」にあるのであって、収入や民族性、親の学歴などにあるのではないことを示しています。

リズリーとハートによると、低所得労働者でも、子どもにたくさん語りかけた人は子どもの成績が非常によく、裕福な実業家でも子どもにほとんど語りかけなかった場合、子ども成績はとても悪かったそうです。

説明が長かったですが、「ながら授乳」の良くない点は、子どもの認知的発達を促す「言葉のダンス」を阻害するから、ということになります。

逆に、この僕の一語一語が、この子の心の栄養になっているのか!と思えば、たとえ反応が返ってこなかろうが、へっちゃらさ。

なんて思いながら、今日も僕はマシンガントークでミルクあげをするのでした。
「なぁ、息子よ。俺と『言葉のダンス』を踊るかい?」

参考図書
日本語だと、「教育×破壊的イノベーション」(クリステンセン)に上記研究について言及があります。http://p.tl/uN6t-


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覚者涅槃の書先生「あなたの人生はどのような光景だろう。躍動感に溢れているならエクセレントだ。不幸に染まっているなら、そこにもっと入り込みなさい。逃げ腰だからそれが不幸に見えるだけだ。出来事には何の力もない。あなたがそこにいるか、いないかだ。」 ロバート・シャインフェルド氏のメソッドと言っていることは同じですね。 最近思うんですが、出かけなければいけない日に雨が降ってくるのも、株を買っら翌日に日経平均が暴落するのも、出来事そのものは出来事そのものは中立なのですが、それが「誰か」、つまり「私」に起きると思

"覚者涅槃の書先生「あなたの人生はどのような光景だろう。躍動感に溢れているならエクセレントだ。不幸に染まっているなら、そこにもっと入り込みなさい。逃げ腰だからそれが不幸に見えるだけだ。出来事には何の力もない。あなたがそこにいるか、いないかだ。」

ロバート・シャインフェルド氏のメソッドと言っていることは同じですね。

最近思うんですが、出かけなければいけない日に雨が降ってくるのも、株を買ったら翌日に日経平均が暴落するのも、出来事そのものは出来事そのものは中立なのですが、それが「誰か」、つまり「私」に起きると思うときにだけ問題になるということです。
なぜなら、雨が降るということは出かける「私」には問題かもしれませんが、カリフォルニアなんかでは雨が振らなくて渇水になっていることが問題だからです。
一方で、日経平均が暴落するのも「私」がウリポジをとっていたら幸福に思えたでしょう。
つまり出来事そのものに快感や苦痛はあっても、「問題」はありません。
問題は、それが誰かに起きていると個人的に感じる時にのみ問題になるのです。
「私」という感覚は強烈に強い錯覚であるため、これを実感するためには涅槃の書先生やロバート氏が言うように、その不快な感覚にどっぷり入り込まないといけません。そうすればただ不快な感覚だけがあるだけで、それを感じている「私」はいないとわかる時が来るかもしれません。
そうすれば、「私」が問題そのものであったことが突然ひらめくこともあるかもしれません。
すると不思議なことに、問題となった不快感を生じさせていた出来事も消えてしまうことがあるかもしれません。
見かけの私にとっては妹との人間関係が不快感を産み、それが人生最大の問題だったのですが、その不快感にどっぷりはまりこんだらなんということでしょうか。今では20台のセックスレスの恋人みたいな関係になってしまいました。"

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負けないこと、投げ出さないこと、逃げ出さないこと、信じ抜くこと。 鬱になりそうなとき、それが一番マズい。

負けないこと、投げ出さないこと、逃げ出さないこと、信じ抜くこと。
鬱になりそうなとき、それが一番マズい。


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オバマ大統領

“ 「私たちはなぜ広島に来たのか、よく考えるために来たのです。そう遠くない過去に、この恐ろしい力が使われたことを。今後このような苦しみを減らすために、何をしないといけないか考えるべきです。いつの日か被爆者の皆さんの声、目撃者の人たちは消えてしまう。1945年8月6日の事実は消えない、その記憶があるから。我々はモラルや想像力を持ち、自らを変えていく勇気を持たなければなりません。誰も戦争など望んでいません。科学は人類の生活を豊かにするべきで、人間を殺す手段になってはいけないのです。国々の選択は、また指導者の選択は、広島の過去に立ち返ることが重要なのです。ここから世界は大きく変わりました。しかし今、広島の子どもたちは平和な日常を過ごしています。何とすばらしいことでしょうか。これは守る価値がある。そして、全ての子どもたちに広げていくものなのです。広島や長崎が被爆地として覚えられるのでなく、私たちに新たな倫理観が芽生えた地として、記憶される日が来ることを望みます」(アメリカ オバマ大統領)”

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キリスト者は本来の宗教者のあり方から言えば嘘つきである 非倫理的である 非宗教的である

キリスト者は本来の宗教者のあり方から言えば嘘つきである
非倫理的である
非宗教的である


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意見というものは様々にあるだろう

"
意見というものは様々にあるだろう

しかしそれはその発言者が誰に影響されたかを示すのみである
あるいはその発言者がどのグループに属するかが分かるだけで
何も新しいことはない

"

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終わった恋の相手を忘れるためによいことは、相手の知らない道をあるきはじめることです。

終わった恋の相手を忘れるためによいことは、相手の知らない道をあるきはじめることです。



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Wang

https://www.youtube.com/watch?v=85IkZ0SvEyw

https://www.youtube.com/watch?v=PoTnZBcTQyA

https://www.youtube.com/watch?v=4jmpXFXsJdA

https://www.youtube.com/watch?v=SbMZV4Kuh_4

https://www.youtube.com/watch?v=wSbCmSOGLaQ

https://www.youtube.com/watch?v=qkzTT2q0vUs

https://www.youtube.com/watch?v=ACWMJb2Q0_I

https://www.youtube.com/watch?v=JVMpgZZjKpI


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フランシスコ法王はカトリック教会は貧しい人々の支援にもっと携わるべきだと述べ、世界の不平等の高まりが「爆発」して衝突が発生しかねないと警告した。

“子供を喜ばせるのは難しい。何をしても不満そうな顔をする。
それに比べて、親を喜ばせることは何と簡単なことだろうか。
それほど簡単なことを私はしてこなかった。”

ーーー
“「2時間飲み放題」と口にするとき、誰もが意図せず「菅野美穂」の名を口にしているのである。”

ーーー
【11月27日 AFP】ローマ・カトリック教会のフランシスコ(Francis)法王は、26日に発表された文書で、バチカン(ローマ法王庁)から権力を排除するための改革を呼び掛け、法王の権限をどのように改革すべきか「提案を受け付けている」と述べた。

また、フランシスコ法王はカトリック教会は貧しい人々の支援にもっと携わるべきだと述べ、世界の不平等の高まりが「爆発」して衝突が発生しかねないと警告した。

■法王改革を呼び掛け

フランシスコ法王は初めての「使徒的勧告」の中で、法王の役割をどのように改革すべきか「提案を受け付けている」と述べ、前法王のベネディクト16世(Benedict XVI)からの変革を示した。

さらに法王は「法王の転換」時期が来たと述べ、「過度の集権化は、役立つよりも、カトリック教会の在り方を複雑にしている」と付け加え、「それだけでなく私は、教会や世界に影響を及ぼすあらゆる疑問に対して、法王の教導権が、絶対的な、あるいは完全なことばを提供すると期待されるべきだとは信じていない」と述べた。

■経済システムのもたらす不公平に警告

また、フランシスコ法王は世界経済と現代資本主義のもたらす不公平を非難し、「貧しい人々による暴力行為が非難されている。だがしかし、均等な機会がなければ、さまざまな種類の攻撃性や対立が自らを成長させるための肥えた土壌を見つけ、そしてやがて爆発するだろう」と警告した。

法王は、伝統的にキリスト教国だった国々に多くのイスラム教徒が移住してきていることから、イスラム教との関係がカトリック教会にとって「大きな重要性」を持つようになったとし、「われわれキリスト教徒は、イスラム文化の国々でわれわれが受けることを望み、求めるのと同じ方法で、親愛と敬意を持ってイスラム教徒の移民を受け入れるべきだ」と述べた。

■「教会の門戸は常に開いておくように」と助言

勧告には、聖職者らへの実用的なアドバイスも含まれており、フランシスコ法王は、「われわれの教会の門戸は常に開かれているべきだ。そうすれば、聖霊に導かれ、神を求めて教会を訪れた人が、閉ざされた門に出会うことはないだろう」と述べた。

「私は、カトリック教会が、中心にいようと気にして、強迫観念や手続きの網の目にとらわれる結果になってほしくない」とフランシスコ法王は述べ、「われわれのドアの外では人々が飢えているにもかかわらず、誤った安心感を与える機構」を非難した。AFP


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