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えこひいき

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人間の社会は、一部ではえこひいきが起こるし、それが重要である社会である
その現実を踏まえて、
そんなものの中で生きたくないと思うのも正しいと思う

その場合は、えこひいきのない社会の部分で生きてゆくように注意したらいい

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他人に傷つけられてくない 他人を傷つけたくないというなら なるべく他人とかかわらないのがいいだろう

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他人に傷つけられてくない
他人を傷つけたくないというなら
なるべく他人とかかわらないのがいいだろう

あくまでも心静かに暮らすのがよい

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スイスが違法ダウンロードを法的に認めた

“スイスが違法ダウンロードを法的に認めたけど、政府発表のコメントがすごい。「新技術をアドバンテージとして生かせる人が勝者となり、その進歩に取り残されて、旧来のビジネスモデルに従い続ける人は敗者となる」って。これ、消費者行動の変化に適応しなさい、さもなければ死になさいって国が言ってるわけ。”



私たちの抱える生きづらさを、進化心理学は、石器時代の脳が現代文明に適応できないからだと説明します

私たちの抱える生きづらさを、進化心理学は、石器時代の脳が現代文明に適応できないからだと説明します

日ハム大谷翔平

日ハム大谷翔平
最初は興業の目玉、客寄せパンダとして、話題作りになればいいということだったと思う
二刀流をやっているうちに自然にどちらかにしようということで
本人も周囲も納得する時が来るだろうと予想していたのではないか

それが実際には二刀流が成立してしまっている
いままでの球界での分業は何だったのだろうというくらい

今年2016年のオールスターでは
直前にピッチングで指の皮がむけたとかで
ピッチャーとしては出場せず
バッターとして出場

ホームラン競争で山田、柳田、中村を抑えて優勝
試合でもホームランを打ち、MVPをとった

いままでの優秀なピッチャーは一年に一度くらいはとても調子のいいときがあって
投げては完封、打っては決勝のソロホームランなど、
堀内、江川、桑田などがそうだった

しかし大谷は一年に一度ではなくて
常時ホームランを打ちそうだ
5試合連続ホームランとか
1番に座って先頭打者ホームランとか打っている

解説者になった稲葉がインタビューしている時に答えていたのだが
ふだんは変化球のタイミンクで待っている
すると変化球が来た時にはレフトに飛ぶ
ストレートが来るとタイミングがずれるのでライト側に飛ぶ
それでホームランになる

なんということだ
こんなにも簡単な打撃理論があるものか

ーーー
その稲葉について元ピッチャーの工藤が解説していたことがある
稲葉はストレートの時はバットを小さく回す
変化球の時はバットを遠回りに大きく回す
するとちょうどよい具合に遅れてタイミングが合うというように言っていた


あなた方一人ひとりは人間としてどう思うのか

たとえみんながイエス、イエスと言っていても、自分がほんとうにノーだと思ったら、ノーと発言することだ(岡本太郎)

いま沖縄の人たちを全国から集まった警察や機動隊の人たちが排除しているんですが
排除される側の人達は
あなた方一人ひとりは人間としてどう思うのか
それぞれの人の生活もあると思うが、自分は誰の命令で、何をしているのか、よく考えてほしいと
呼びかけをしている

戦争の時の振り返りでも
このことは言われている
個人の内面の声はどこに消えてしまったのかと

しかし軍隊というものは、命令に背けば死が待っていることもあり、
指揮命令系統に反することは容易ではない
命令を聞かせる側も必死なのだ

警察や機動隊では命令に反すれば死が待っているいうわけではないが
複雑な気持ちながら
命令に反する決意もできなくて
反対住民の排除を実行しているということだろう

みんながノート言うなら自分も言えるという事情もある
一気にクーデターや革命が成功する場合など

人間は弱いものであるが
その弱さに徹底的につけこむ汚さが人間にはある

選挙の時にお金を用意してあげているのは誰で お金をもらっているのは誰かを見極めよう

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選挙の時にお金を用意してあげているのは誰で
お金をもらっているのは誰かを見極めよう


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梅雨明けから真夏へ

例年よりも一週間遅い梅雨明け
やっとカンカン照りの真夏が始まった

梅雨から夏にかけての恒例のスポーツ大会
ウィンブルドン 男子決勝は別のことで忙しくて見られなかった
そして日本ブロ野球オールスター戦
日ハム大谷翔平には驚いた

イギリスが国民投票でユーロ離脱決定
それに伴い新首相選出
アメリカ大統領選挙の進行
フランスでテロ事件
トルコでクーデター
中国が国際裁判所判決を拒否
国内でも参議院選挙、都知事選挙
天皇生前退位問題
社会面のいろいろな事件

訃報欄では有名な人が次々に亡くなったという印象がある
男性が多いなと思っていたら
ピアニストの中村紘子が亡くなったとのこと
年齢を見ると、たしかに順番だなあと思う

エレベータの制御がうまくいかないらしくて張り紙
素通りしたとか、来ない時には、その日時と症状を連絡して欲しいとのこと
実際、押して待っていたのに無視された経験がある

大して難しいアルゴリズムでもないはず
そしてもう10年以上もたっているのになぜ今ごろ問題が出るのだろう
たぶん、経年変化でハードに異常が起こっているのではないか。

エレベータ程度で不都合が露呈するのだから
他の重大局面で不都合が起こっても不思議ではない

今夜は隅田川の花火
花火を見るとしみじみとした気持ちになって涙が出てくるという人もあり
その人は散歩していて犬とすれ違うと心が動かされるとも言っていた
何かで感じやすくなっているらしい


動物愛護活動

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そもそもなぜAIは人間の敵になるのか、ということからまず考えてみたい。思うに、人間自体が殺し合っている存在で、とりわけ自分よりも知的に劣った存在には容赦ない、という事実が、AI脅威論者の不安の根源なのではないか。歴史的に、人間は自分よりも知的に劣った存在を殺し、食らい、時には絶滅させてきた存在である。その親から生まれた子(AI)も、またそのような血塗られた本性を持っていてもおかしくはない。人間の知性がその程度のレベルなのであれば、それをトレースした映し身も、その程度に野蛮なのだろう。

だがちょっとまってほしい。ここにこそ、AIに対して知的に劣ることが宿命づけられている人間の対抗手段があるのではないか。すなわち、人間自体が、その基本的な行動様式として「知的に劣った存在に対しても権利を認める」という価値観のパッケージを持てば、それをトレースするAIも、人間に対して「ちっ、下等種族め……」などと舌打ちせずに、人間を愛護の対象としてくれるのではないだろうか。上田「私の恋人」という小説では、反捕鯨運動に熱心な女性が、動物愛護活動をする理由についてこう語っている。人間は、人間以外にも共感できるようにならなければならない、そしてその共感の対象をもっともっと広げていき、自分たちよりはるかに劣る存在に対してすら権利を認めるべきだ、なぜなら、そうした倫理こそが、人間が自分たちよりも優れた存在であるAIに引継いでいくべき資質であり、人間にとって唯一の武器になるのだ、と(意訳)。……まさかの倫理ですよ。これしか勝ち筋ないのかよ。まあ、しかたないよな、だって知性で勝てないわけだし。人間側の救世主が動物愛護団体になるとは、いったい誰が想像しえただろうか。
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28兆円のバラマキ リニア新幹線投資前倒し

28兆円のバラマキ
リニア新幹線投資前倒し


“ 北村さんが高校生に講演した際「いらいらしたこと」を問うたら女子高生が自嘲して「彼氏にヤリ逃げされた」とみんなの前で言った。北村さんは「どんな気持ち?」とたたみかけた。彼女は「むかつく→二股だった→悔しい→悲しい」ときて、最後「大切にしてほしかった」と泣いた。自分でも驚いたという。 北村さんは「怒りやいらいらは2次感情」と言う。「その怒りの奥底には”わたしを認めて、大切にして、肯定して”という柔らかな1次感情がある」。言葉にできないからこそ暴力に発展する。誰が子どもの奥底の小さな悲しい声を聞くのか。親

北村さんが高校生に講演した際「いらいらしたこと」を問うたら女子高生が自嘲して「彼氏にヤリ逃げされた」とみんなの前で言った。北村さんは「どんな気持ち?」とたたみかけた。彼女は「むかつく→二股だった→悔しい→悲しい」ときて、最後「大切にしてほしかった」と泣いた。自分でも驚いたという。

北村さんは「怒りやいらいらは2次感情」と言う。「その怒りの奥底には”わたしを認めて、大切にして、肯定して”という柔らかな1次感情がある」。言葉にできないからこそ暴力に発展する。誰が子どもの奥底の小さな悲しい声を聞くのか。親が、子どもの悲しさや弱さを受け止めないと、行き場がなくなる


科学が進歩すると 決定論的になる

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科学が進歩すると
決定論的になる
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医者の教科書はどんどん厚くなっているのに 宗教者の経典は昔と変わらないのは何故なのだろう

医者の教科書はどんどん厚くなっているのに
宗教者の経典は昔と変わらないのは何故なのだろう

他人のために施しをすることはその人のためになるだけでなく、その人を通して世の中のためになり、ひいては自分自身のためにもなる。たとえば、他人のために灯をともせば、その人の前だけではなく自分の前も明るくなるようなものだ。

他人のために施しをすることはその人のためになるだけでなく、その人を通して世の中のためになり、ひいては自分自身のためにもなる。たとえば、他人のために灯をともせば、その人の前だけではなく自分の前も明るくなるようなものだ。

アメリカ民主党

アメリカ民主党大会でヒラリー・クリントンが大統領候補として指名され、受諾
ビル・クリントン、バーニー・サンダース、オバマなど次々に登場し
それなりに素晴らしい演説をしていたと思う

一方、共和党は見劣りがしたと思う

何か構造的な問題があるとの指摘もあるがはっきりしない

アメリカの二軍

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気持ちがすっきりしないのは
アメリカ大リーグに行って
うまく行かなかったから帰ってきて
和田のように10勝したり
阪神西岡、福留や、オリックス中島のように中軸を打ったりしていることである

日本球団にはプライドがないのだろうか
大リーグの二軍扱いでどうする

これは学者でもあることだ
アメリカの大学で何かしたということにして
日本に帰って威張る

経済界でもアメリカ有名大学のMBAとか
アメリカ有名企業に在籍していたこととかで
日本で出世したり

どこの世界でもアメリカの二軍に甘んじていて恥じるところがない
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松坂の処遇も問題だと思う

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全国大会というのは 日本全都道府県大会のこと

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全国大会というのは
日本全都道府県大会のこと

ミス・ユニバースは
ミス・アースのことです

アメリカ野球のワールドシリーズは別に世界大会ではないし

いずれにしても大きめにさばをよむわけです

なんで日本全国と言うんでしょうね
安房国とか備前の国とか、そういう言い方の名残なんでしょうか
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なぜ I だけいつも大文字なんですか?

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なぜ I だけいつも大文字なんですか?
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"僕は強くなりたいのでいっぱい食べます"

"僕は強くなりたいのでいっぱい食べます"

魔法少女まどかマギカ

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夫が「人に勧められて」と、珍しくアニメのDVDを借りてきました。それは「魔法少女まどかマギカ」。ネタバレになるのであまり詳しくは書きませんが、ストーリー設定が非常に仏教的で、見れば見るほどその世界観に引きずり込まれるのだと、お坊さん仲間の間でもかなりの評判になっていた作品です。
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今から二〇年後、あなたはやったことよりも、やらなかったことに失望する マーク・トウェイン

今から二〇年後、あなたはやったことよりも、やらなかったことに失望する マーク・トウェイン

人生の勝ち負けは、勝率ではなく、勝ち数で決まる。いくら負けても良い。

人生の勝ち負けは、勝率ではなく、勝ち数で決まる。いくら負けても良い。

“やってくるこの毎日が人生だと知っていたら!” 出典:スウェーデンのことわざ

“やってくるこの毎日が人生だと知っていたら!”
出典:スウェーデンのことわざ 

知っているけれども、どうしようもできません

“天職を探さず、与えられた場で、覚悟を決めて、くさって気分や精神を落ち込ませたりせずに、せいいっぱい仕事をすること。”  『覚悟さえ決めれば、たいていのことはできる』  

“天職を探さず、与えられた場で、覚悟を決めて、くさって気分や精神を落ち込ませたりせずに、せいいっぱい仕事をすること。”
 『覚悟さえ決めれば、たいていのことはできる』  

“生きるために働いているのに、働くせいで死んだら何の意味もない” あっという間に逆転して あっという間に追いつめられる

“生きるために働いているのに、働くせいで死んだら何の意味もない”

あっという間に逆転して
あっという間に追いつめられる

バイキン鬼

鬼ごっこというのは
仮想的に誰顔に、と決めて、
その人がタッチすればどうとか、そんな話で
鬼という性質を想定するところがまず可笑しくて
誰かがルールを理解せずにだって俺は鬼じゃないものとか言っていると成立しない
人間同士で遊ぶときにそれが成立しているのが不思議である
そして「一応そう思うことにしている」ということの延長に
鬼という性質が固い実体として感じられるようになり
自生思考とか強迫観念とか妄想とかに繋がることになる

バイキン鬼なんてとても強迫症的な遊びである
どの子も遊べるのだから
強迫症の素質はみんなあるんですね

“先ほど息子の秘密を知った…。隣の隣のクラスの子と、二人だけの壮大な鬼ごっこを一学期から今日までずっと続けてるらしい。二日に一回くらいうっかり顔を合わせるので捕まえて鬼を交代するという。今は向こうが鬼の状態だと。「恐怖の鬼ごっこ」と呼んでるらしいが老人になるまでぜひ続けてほしい。”

“毎日を機嫌よく暮らすのって、昔は「常に好きな漫画や音楽のことを考えて、それにどっぷりつかってテンション上げてること」なのかと思ってたけど、全然ちがうよね。 淡々としたテンションで、にこにこしてる感じに近い。 小さな幸せを、ちょっとずつ集めておく。誰かが幸せにしてくれるのを待つんじゃなくて、日頃から自分の好きなもの、楽しいものを知っておいて、毎日ちょっとずつ楽しくなれるようにして、淡々と暮らす。”

“毎日を機嫌よく暮らすのって、昔は「常に好きな漫画や音楽のことを考えて、それにどっぷりつかってテンション上げてること」なのかと思ってたけど、全然ちがうよね。
淡々としたテンションで、にこにこしてる感じに近い。
小さな幸せを、ちょっとずつ集めておく。誰かが幸せにしてくれるのを待つんじゃなくて、日頃から自分の好きなもの、楽しいものを知っておいて、毎日ちょっとずつ楽しくなれるようにして、淡々と暮らす。”

“ 若者よ、この地球へようこそ。夏は暑く、冬は寒い。 地球は丸く、水も人間も豊富だ。 ジョー、ここでの寿命はたかだか百年くらいじゃないか。 私が知っている決まりはたったひとつだ。ジョー、人にやさしくしろ! カート・ヴォネガット『国のない男』 ”

若者よ、この地球へようこそ。夏は暑く、冬は寒い。
地球は丸く、水も人間も豊富だ。
ジョー、ここでの寿命はたかだか百年くらいじゃないか。
私が知っている決まりはたったひとつだ。ジョー、人にやさしくしろ!


カート・ヴォネガット『国のない男』


メンタライゼーション メンタリゼーション を勉強しよう MBT mentalization-based treatment

勉強素材を採録

 境界性パーソナリティ障害に対する精神力動的精神療法と普通の治療の比較
 
  境界性パーソナリティ障害(BPD)は、自傷行為などの衝動的な自己破壊的行動を繰り返すことや、本人の苦痛感がひどく強いこと、対人関係が不安定で混乱しがちなこと、など数々の症状が慢性的に続くために本人にとっても周囲の人たちにとっても重大な問題になっていることが多いものです。 さらに、その他のパーソナリティ障害に比べて本人が比較的自主的に医療機関に治療を求めてくる一方で、治療はなかなか難治であることもあって、BPDは多くのパーソナリティ障害の中でも特に注目を集め、これまでにも多くの研究がなされてきたものです。

  これまでの研究で、BPDに対しては薬物療法は対症療法的で付加的な意味合いしかなく、むしろ治療の中心は長期におよぶ精神療法(心理療法)であるべきことが示唆されてきました。 その中でも、リネハンらによる認知行動療法(弁証法的行動療法DBT)や、フォナギーとベイトマンらによる「メンタライゼーション機能に焦点づけられた精神療法MBT」という精神力動的精神療法、そしてカーンバーグとクラーキンらによる「転移に焦点づけられた精神療法TFP」という精神分析的(精神力動的)精神療法などが、特にその治療効果についてしっかりとした科学的根拠を示していました。

  今でも、特に日本国内では、BPDというと治らない性格の病であると思っている人がまだ大勢いるような印象があります。 しかし、上記のようなしっかりとしたエビデンスを示している精神療法(心理療法)が現実に存在することからおわかりのように、本当は(長い時間と労力をかければ)治りうる疾患であると考えるべきでしょう。

  今回とりあげるのは、「メンタライゼーションに焦点づけられた精神療法MBT」に関連した研究で、これまでに何度も出てきているフォナギーとベイトマンらによる英国からの研究論文で、

Bateman A & Fonagy P. Randomized controlled trial of outpatient mentalization-based treatment versus structured clinical management for borderline personality disorder. Am J Psychiatry, 2009; 166: 1355-1364.

  です。 今回のこの研究では、フォナギーらは彼らの推進する「メンタライゼーションに焦点づけられた精神療法MBT」と、「普通の精神科的マネージメントによる構造化された治療SCM」との比較を行っています。

  (ここで若干注意が必要なのは、「普通の治療」といっても週1回くらいの支持的精神療法を中心とした個人面接と集団療法が組み合わされ、治療の方向付けもかなりしっかりしており、日本国内で一般的に行われている「普通の治療」とはだいぶ違うということです。 これに対して「メンタライゼーションに焦点づけられた精神療法MBT」はメンタライゼーション、つまり「自分や相手の気持ちにしっかり気づいていくこと」に焦点づけられた精神力動的精神療法であり、これまた週1回の個人面接と集団療法を組み合わせているものです。) 

  治療期間は治療開始から1年半まで追跡調査をし、その間の症状的な変化を見ています。 その結果、どちらの治療でもほとんどすべての症状(自傷行為の頻度、入院を要してしまう頻度、全般的な生活の質、症状の苦痛度合い、抑うつ症状、社会適応、対人関係機能など)は改善傾向を示しています。 そして図に示すように(図では症状のうちで「自傷行為の頻度」と「対人関係機能」のみを取り上げています)、やはり予測通りに、ほとんどすべての症状項目において「普通の治療SCM」に比較して、「メンタライゼーションに焦点づけられた精神療法MBT」の方がより早く確実に良くなっている様子が示されています。全般的な生活の質、あるいは症状の重症度の指標となるGAFスコアは、治療前ではどちらの群も40くらいであったものが、治療開始1年半で「普通の治療」でも53にまで上昇していますし、「メンタライゼーションに焦点づけられた治療」では61まで上昇しています。 さらに注意すべきなのは、BPDを治療していくのには通常もっと長い治療期間が必要ですから、1年半というのは治療の途中段階でありまだまだ通過点にしか過ぎないということです。 つまり、これらの患者はこれからもっともっと良くなっていく可能性が高いのです。

  フォナギーとベイトマンが提唱する「メンタライゼーションに焦点づけられた精神療法」は、精神力動的精神療法、つまり精神分析学を基礎においているものの、ややこしい背景理論があまりありませんし、特殊な治療技法があるものであもりません。 このため専門家の教育訓練が比較的楽にできるだろう、と彼らは言います。 そして、BPDという放っておくと非常に難治な問題に対してしっかりと治療的に対応できる専門家を必要とされるだけたくさん育成していくためには、習得があまりに難しい治療理論や治療技法を要するものではだめであって、一般的に行うことができ普通に広めることができるような治療法がなくてはならないのだろう、というようなことを議論しています。
  確かにそうでしょう。

  しかし、上記のような「普通の治療」さえ満足に行き渡らせることができていない日本国内の現状を考えると、そんな議論はまだまだ10年も20年も先になってしまうかもしれません。


どうしてそんなに早く結論が分かってしまうのだろう

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自分というものはどんな人にとっても
他人より重大問題ではあるが
小さな自分が実際に小さいことは
何も問題ではない
そういう人もいるということで
自分はそういうタイプの人間だというだけの話だ
それを簡単に受け入れられていれば
むしろ話は単純だろうと思う
本当は自分はもっと大きいなどと錯覚して思うと難しくなる
しかし自分としても親としても
なるべくなら自分の本来の才能を伸ばしたいと思うものではないだろうか
最近の人はどうなのだろう

明治生まれの人などは
分を知れということを言っていて
身分不相応な希望は持たないほうがいいという人も多くいた
農家の子に学問はいらない
農家の子は農家に決まっているという考えだ

昭和の時代にはスポーツ根性物語など多く
大きな夢を持てという時代だったように思う

最近は情報も豊かなので
見ても仕方のない夢など見ないほうがスマートなのかもしれない
勉強も習い事も一通りやれば
才能がありそうかどうか分かるのだから
才能がないと分かっていて
頑張るのは不合理だという考えらしい

どうしてそんなに早く結論が分かってしまうのだろう
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