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「週刊文春」一色武氏の衝撃告発第二弾。

「週刊文春」2016年2月4日号
甘利大臣事務所の嘘と「告発」の理由

安倍政権を直撃した甘利明TPP担当大臣事務所の収賄疑惑。甘利氏や事務所関係者、さらに自民党幹部は「嵌(は)められた」「罠」などと姑息な言い訳を繰り返すばかりで、確たる説明はいまだない。焦点の五十万円授受、告発の動機は……。一色武氏の衝撃告発第二弾。


「記憶があいまいなところもあります」


「いま事実関係、記憶を辿っているところであります」


 一月二十一日、参院決算委員会で答弁に立った甘利明TPP担当大臣(66)は、小誌が報じた『甘利明大臣事務所に賄賂1200万円を渡した』と題する記事に関する質問に、こう答えることしかできなかった。


 翌日の会見でも、大臣室や地元事務所で甘利氏本人が現金五十万円を受け取ったかとの問いに、「記憶と報道の違いを検証しているところなので、今まで以上のことは言うことはできない」と、授受を明確に否定しなかった。いや、否定できるはずがないのである。


始まった告発者への攻撃


「二〇一三年十一月十四日は大臣室で、一四年二月一日は甘利氏の地元である大和市の事務所で、大臣にそれぞれ五十万円をお渡ししています。大臣室では、うちの社長が、木の箱に入ったとらやの羊羹と一緒に紙袋の中に、封筒に入れた現金五十万円を添えて、『お礼です』と言って手渡しました。甘利氏は『あぁ』と言って五十万円の入った封筒を取り出し、スーツの内ポケットにしまったのです。


 大和事務所では、私が直接、大臣にやはり五十万円を封筒に入れてお渡ししています」


 こう語るのは一色武氏(62)。小誌先週号で、甘利氏と秘書たちへの千二百万円にのぼる金銭提供を実名告発した人物である。一色氏は千葉県白井市にある建設会社『S社』の総務担当者として、独立行政法人都市再生機構(UR)との道路建設を巡る補償交渉にあたってきた。一色氏は交渉を有利に進めるべく、甘利氏の公設第一秘書で、大和事務所所長でもある清島健一氏(39)に口利きを依頼。その過程で、多額の現金を甘利氏や清島氏、現・政策秘書の鈴木陵允(りょうすけ)氏らに手渡してきたのだ。


 記憶が「あいまい」という甘利氏本人の金銭授受について一色氏はこう語る。


「大臣は二十八日までに調査結果を公表されるとのことですので、それを待ちたいと思いますが、記憶を呼び起こしていただくためにも、一四年二月の大和事務所での金銭授受について、若干補足したいと思います。


 この日、私は大和事務所で甘利大臣に、URとのトラブルについて、資料を基にご説明しました。ここで大臣が、資料の中身について、私にいくつか質問をされました。そして、甘利氏は、封筒に入った現金五十万円を受け取った後、『パーティー券にして』とおっしゃいました。しかし、私が『いや、個人的なお金ですから(受け取ってください)』と言うと、大臣室の時と同様に、甘利氏は内ポケットに封筒をしまわれたのです。


 ちなみに、私との写真は清島所長が記念写真として撮って、その後、会食した時に渡してくれたものです。


 この年の十一月、横浜のホテルで、『甘利明君を囲む会』がありました。その会場で甘利大臣は、私に『その後、うまくいってますか?』と声をかけてくれたのです」


 先週号の一色氏による詳細な告発に、首相官邸は衝撃を受けた。そして、甘利氏に“調査”と称して時間稼ぎをさせる一方で始めたのが、一色氏に対するネガティブキャンペーンだった。


 発売日の二十一日夜、議員宿舎でのオフレコ取材に菅義偉官房長官は、「(一色氏は)その筋の人らしいね」と発言。二十三日には、自民党の高村正彦副総裁が公然と「(一色氏に)罠を仕掛けられた感がある」などと“援護射撃”し、ついに甘利氏本人も「先方は最初から隠し録音をし、写真を撮ることを目的とした人たち」と追随した。


 右翼団体に所属していた当時の一色氏の名刺がバラまかれ、官邸のストーリーに乗って後追いするメディアまであるという。


 一色氏は淡々とこう語る。
「実名で告発する以上、こうした攻撃を受けることは覚悟していました。その団体に所属し、三年ほど政治活動していた時期もありましたが、私は過去に逮捕されたこともありませんし、“その筋の人”でもありません。


 恐喝していたのではないかという人までいるようですが、逆に私が大臣や秘書に多額の金を渡しているのです。実名で告発することは不利益こそあれ、私にメリットなどありません。もちろん、URとの補償交渉を有利に進めるために口利きを依頼し金を渡しているのですから、ほめられたことをしているわけではないのは承知しています。


 ただ、甘利氏を『嵌(は)める』ために三年にわたる補償交渉や多額の金銭授受を行うなんて、とても金と労力に見合いません」


 実は、一色氏と甘利氏との関係は、金銭授受以前にさかのぼるという。


甘利氏の父親とも面識が


「私は二十代の頃から主に不動産関係の仕事をしており、甘利大臣のお父さんで衆議院議員だった甘利正さんとも面識がありました。明氏と初めて会ったのは、まだ大臣がソニーに勤めていらっしゃった頃かと思います。厚木の料亭『S』で、正さんらとの会食に参加させてもらったとき、そこに明氏も同席していたのを覚えています。


 当時、本厚木駅の近くに甘利氏の名前をとった通称“アキラビル”というのがあり、このワンフロアに、不動産関係の仕事をしていた正さんの弟や地元の建設関係の仲間たちが集まり、よく情報交換をしていました。


 正さんのご自宅には何度もお邪魔したことがあります。当時、厚木の依知(えち)という地区に大きな屋敷がありました。正さんは、親分気質の方で、その屋敷に不動産関係の仲間がたくさん来ていた。正さんの書生をやっておられたIさんとも親しくさせていただいていました。


 そのIさんに連れられて、一九九六年から一九九七年ごろ、既に議員だった明氏に相談を持ちかけたこともあります。ある漁業権の売買に関する相談事があり、Iさんが、『明君に相談へいこう』と言い、大和事務所を訪れ、本人に応接室で対応していただいたのです。


 甘利家とは、昔からそんなご縁があり、私は清島氏が大和事務所に来るかなり前から、甘利事務所の秘書さんたちとはお付き合いさせていただいていました。


 また、月一回行われている勉強会『甘利明アカデミー』や政治資金パーティの『甘利明君を囲む会』にも何度も参加しています。


 URの件で、清島所長に金を渡すようになった後、二〇一四年四月には安倍晋三総理主催の『桜を見る会』にもご招待いただきました。私が大和事務所で甘利大臣に五十万円を渡してから二カ月後のことです。清島所長からのお誘いでした。当時大人気だった芸人のスギちゃんもいて、大臣の親族の店に昔よく来ていた関係で招待されたそうです」


 一色氏が、録音や渡したピン札のコピーなど、多数の“物証”を残していることについて、いぶかしむ声もある。


「口利きを依頼し金を渡すことには、こちらにも大きなリスクがあるのです。依頼する相手は権力者ですから、いつ私のような者が、切り捨てられるかわからない。そうした警戒心から詳細なメモや記録を残してきたのです。そもそも、これだけの証拠がなければ、今回の私の告発を誰が信じてくれたでしょうか?


 万一、自分の身に何かが起きたり、相手が私だけに罪をかぶせてきても、証拠を残していれば自分の身を守ることができる。そして、その考えは間違っていませんでした」
 先週号で小誌は、URから補償金約二億二千万円が出た見返りとして、二〇一三年八月二十日、一色氏が清島氏に五百万円を渡したとの証言を掲載した。小誌発売後、朝日新聞などの報道によれば、清島氏はこの五百万円のうち、三百万円を一色氏に返したと後援者に説明しているという。


「三百万円を私がネコババしたという噂も流されているようです。まさに私が危惧していた通りになりました。もちろん三百万円は、返してもらっていません。


 あの日のことを正確に説明しましょう。実は、私が大和事務所に持っていったのは現金一千万円でした。一千万円を清島氏に差し出したのですが、半分の五百万円は、『これは別の機会に』と清島所長から返されたのです。ですから、清島所長が実際に受け取ったのは、当初もらった領収書の通りの五百万円です。


 私は先週号で、約千二百万円を甘利大臣や秘書たちに渡したと証言しました。ただ、それは確実な証拠が残っている分だけで、私の記憶では、渡した金銭や接待の総額は数千万円にのぼるはずです。時の権力者を告発する以上は、正確にも正確を期して、裁判にも耐えうるよう、証拠の残っているものだけに限定してお話ししたのです。


 清島所長は、最初に五百万円を返し、また別の日に三百万円を返したと言うのでしょうか? 三百万円を返したと言うなら、いつ、どこで返したのか、私の証言と同様に詳細に説明すべきです。私は、こうした事態に備えて、詳細な行動記録をつけてきました。反論する準備はできています」


 さらに、小誌が清島氏の現金授受現場の写真や甘利事務所がURとの交渉に関与している場面の写真を掲載したことについても驚きと疑問の声があがった。あまりに決定的な瞬間だけに「罠に嵌めた」のではないかというのだ。そうした誤解をとくためにも、異例ではあるが、小誌の取材経緯を明らかにしておこう。


「私を銀座一のママにして」


 小誌が一色氏から、甘利事務所への口利きに関する具体的な話を聞いたのは、昨年八月二十七日のことだ。


 一色氏が甘利事務所の秘書たちと、毎週のように昼食を共にし、夜の接待を繰り返して、URや国交省への口利きを依頼し、さらに現金まで渡しているという話は、にわかに信じがたいものだった。


 小誌は長期にわたり裏付け取材を進めた。特に重視したのは、証言だけでなく、第三者にも分かる写真などの客観的な証拠をおさえることだった。


 まず、一色氏や甘利事務所の秘書たちの行動確認を始めた。彼らがほぼ毎週昼食をとるという店で張り込んでいると、九月七日、一色氏が清島氏や鈴木氏と連れ立って現れた。


 その後も、行動確認を続けると、ほぼ彼らの行動パターンがわかってきた。行きつけの居酒屋からフィリピンパブへと流れる彼らの姿も複数回確認できた。ある日、記者が店内に入ると、清島氏は満面の笑みを浮かべ、隣の女性と談笑していた。清島氏の席についていたホステスのY嬢を呼び、話を聞いてみると、「あの人? 清島さんね。よく来るよ」


 そして、十月十九日、一色氏と清島氏が毎週ほぼ同じ時間に現れる喫茶店『F』で張り込んでいたところ、ついに現金授受の瞬間をカメラでとらえることに成功したのである。


 一色氏が述懐する。
「この頃から、私は甘利事務所に不信感を抱くようになっていました」


 二〇一三年に清島氏に相談したことがきっかけで進展したURとの交渉。この時、約二億二千万円の補償金を得たことで、一色氏は甘利事務所への信頼を深めた。しかし、この後の産廃撤去を巡る約三十億円規模の補償交渉は難航する。


「六十を過ぎた私が、年の離れた彼らに何度も何度も頭を下げてきましたが、情けないことに、結局騙されていたことにようやく気づき始めたのです。彼らにとって、私はキャッシュディスペンサーにすぎなかった。彼らはフィリピンパブやキャバクラ、銀座に行きたくなると、『URの件で打ち合わせしましょう』と私を呼び出し、金を払わせるのです。


 清島所長は、数百円のコーヒー代や、車のコインパーキング代すら自分で支払ったことはありません。鈴木さんも、事務所に持って帰るからと、メロンパンまで買わせる始末です。私は彼らにバカにされていると自覚しつつも、URとの交渉のためにじっと耐えてきました。


 しかし、いくら彼らを接待し、金を渡しても、URとの交渉はいつまでたっても前に進まない。私にも我慢の限界があります。もう甘利事務所とは決別することにしたのです」


 一色氏が、録音やメモなどの詳細な記録を小誌に提供したのは今年一月のことだった。


 記録には、一色氏に決別を決意させた清島氏らの“タカリ”の様子が克明に残っている。


 昨年九月十七日、清島氏は、居酒屋でウーロンハイを飲みながら、一通り料理を食べ尽くすと、おもむろにこう切り出した。


〈今日も一色さん行きそうなんで、『行くかも』ってメールを打ってるんで。(D店の)Aさんと、S(店)のYさんに。でも、行くかも、にしてるんで。一色さんが心変わりしてB(店)に行きたいとか始まったらハハハ。どこでどうなるかわからない。だって蛇口は一色さんが握ってるんですよ。この辺の蛇口は〉(アルファベットは仮名、以下同)


 金の“蛇口”である一色氏に、フィリピンパブ接待をおねだりする清島氏。この日、居酒屋も二次会の多国籍クラブ、三次会のフィリピンパブも、支払いは全て一色氏だった。


 清島氏は、フィリピンパブ好きが高じて、一色氏と店を共同経営する話に乗り気になっていた。店のママを誰にするかについて、清島氏はこう熱く語っている。


〈(候補は)いますよ。政治の関係で知り合ったんですけど、四十過ぎてますけど、経営的には、経営学がしっかりしています〉


 鈴木氏も負けていない。
「鈴木さんとは、URの件が無事に決着したら、その見返りに銀座でクラブでも経営しようという話になっていました。彼は、入れあげていた高級クラブ『B』のホステスから、『私を銀座一のママにして』と言われたそうなのです。鈴木さんは、甘利氏の後援会の人脈で大手ゼネコンの顧問や大手飲料メーカーの幹部と昵懇だといい、そうしたVIPを店に連れてくれば、売り上げも見込めるし、ホステスを銀座で一番にできるねとも話していました」(一色氏)


「顔立てるっつったよな」


「銀座ホステス」の件は、鈴木氏にとって、口利きの大きな“モチベーション”になっていたようだ。清島氏は昨年十一月十三日、鈴木氏をこう鼓舞したと一色氏に説明している。


〈URの件、(鈴木に)がんばれがんばれっていう会話をしてたわけ。してたの。鈴木君が握ってるんだよ。いま仕事で大きな案件があってね、それによってママの夢を叶えられるかが決まってるんだよ、みたいな話をしたんです〉


 もちろん、タカリだけでなく、あっせん利得処罰法に触れかねないURへの口利き、謝礼の授受現場の発言も多数録音が残っている。


 前出の昨年九月十七日には、いつものように清島氏は“経費”十五万円を受け取った後、こんな会話を交わしている。


一色氏〈いろいろ経費かかると思いますがURの件で何卒よろしくお願いします〉
清島氏〈がんばります〉


 清島氏と鈴木氏から、口利きのために、金銭提供を要求することもあった。


「昨年三月頃、鈴木さんが国交省の局長に口利きを依頼し、商品券五万円を渡したと言うので接待費とあわせて計十万円を渡しました。翌月には、さらに『三十万円くらい経費が必要だ』と言われ、清島所長に渡しました。昨年七月にも同じ局長に口利きをお願いしたようですが、この時は『何か逃げた雰囲気があって、今回は渡さなくて良かった』と言っていました」(一色氏)


 この局長は小誌の取材に、「(昨年三月と七月に甘利氏側から)問い合わせがあった。商品券は受け取っていない」と回答した。


 ただ、この“国交省ルート”によるURとの交渉はうまく進まなかった。


「そこで昨年九月十七日、清島所長に改めて相談したのです。そうすると『もう一回仕切り直しましょう。甘利事務所で根回しして、決裁権のある人を出してもらいましょうかね』と言われました」


 この日、清島氏は二通りの方法を提案した。


〈正規ルートでは、鈴木の方から現場の担当に上の人間を紹介しろと。で、S(社)さんが直接話をするからと。それが一つ。で、もう一つは、こちらから、どうなりました? っていう確認を入れると。本社に〉


 甘利事務所が関与して、“正規ルート”と“本社ルート”の二方向でURへ話を通すというのだ。ここから、甘利事務所の口利きは一層露骨になっていく。


 昨年十月五日、“正規ルート”によって、UR総務部の国会担当職員が大和事務所に呼び出された。


 交渉直前、清島氏は一色氏に〈こっちも(URを)追い詰めていかないと〉と意気込みを語っている。


 国会担当職員が大和事務所に姿を見せると、まず鈴木氏がこうまくし立てた。


〈ご相談事というのは、用地買収の部分で御社役員の方とお話をしたいっていうのが主なんですけど〉


 一色氏がこれまでの事情を説明すると、鈴木氏がURに圧力をかける。


〈千葉のURの理事か何かいるよね。あのへん出してもらって、会社としてどのように現状を把握しているのか、というのを聞いていただいて。そういうのは可能ですかね〉


 先週号でも紹介したように、補償交渉の資料に目を通した鈴木氏が、〈私、前向きだと思ったんだけど〉と尋ね、国会担当職員が〈後ろか前かで言ったら、前かと〉と応じる一幕もあった。


 十月二十七日、一色氏はUR側から連絡を受け、UR千葉ニュータウン事業本部を訪れた。この時、一色氏が、今回の交渉がセッティングされた経緯を尋ねると、URは次のように答えている。


〈(一色氏が)甘利事務所の鈴木秘書に会われて、今回の補償の案件について、ちょっと要望されたというふうに伺っておりまして。それは鈴木秘書が仲立ちしていただきまして、ちょっと業者の人に会っていただけないかということで〉


 同じ日、議員会館の甘利事務所にURの総務部長と前出の国会担当職員が姿を見せたと、清島氏は一色氏に説明したという。


 清島氏は、この日の鈴木氏のURへの“威圧”ぶりを自慢気に語っている。


〈開口一番威圧したんですよ。私たちは、今までこれほどこじれた話なんだから、現場ではなく、ちゃんと本社に持って帰る話だろうという話をしてたんです〉


〈最初にガツンと会った瞬間に「あんたたち、俺たちの顔立てるっつったよな、わかんなかったの?」って言ったから。たぶん(UR側は)「いや、違います」と言い訳(をしていた)〉


〈こっちが威圧したから取り繕うような話になったんですけどね〉


大臣の名前をチラつかせて


 さらに、清島氏は一色氏に対し、補償金額を具体的に要求するようアドバイスしている。甘利事務所が補償交渉により介入しやすくするためにも、大まかな数字を出すべきだと言うのだ。


〈一応推定二十億かかりますとか、そういうなんか言葉にして欲しいんですよね。実際の金額について細かいとこまで絡めないんですよ。こういうところは今だったらギリギリ絡めるんで〉


〈今回(甘利事務所が)出ることによって、少しでも話がつきやすくなるのであればと思って、ギリギリの線出たんで〉


 十一月十二日には、鈴木氏が、千葉で行われた一色氏とURとの交渉にも同席した。
「この日、鈴木さんに結婚祝い五万円、車代三万円を手渡しました」(一色氏)


 交渉を終え、鈴木氏は一色氏にこう感想を漏らした。


〈こういうのなんだなってのが分かったし、次、打開策じゃないですけど、やり方も出てくると思います〉


 一色氏が〈今日夜(URから)また電話来ますよ〉と言うと、鈴木氏は〈そしたらまた教えて下さいよ。これこれこうで、と進め方も考えられるんじゃないですかね〉と応じた。


 そして十二月一日、清島氏は再びURの総務部長を大和事務所に呼び出した。清島氏は交渉の様子を一色氏に後にこう報告した。


〈「駄目なら駄目なりにね、なんで値段上げられないのかね」って言ったら、「そうですよね」と〉


 金の話をした上で、大臣の名前をチラつかせて、圧力をかけたと言うのだ。


〈「大臣もこの案件については知っているんで、こっちもちゃんと返事を返さなくちゃいけないんですよ」と言ったら、(UR側は)大臣のポスター見て「そりゃすぐやんないと駄目ですね」とか言って〉


 この頃になると、清島氏は「甘利事務所」の名前を公然と出すことをためらわなくなっていた。


〈あんだけ(自分が)「甘利事務所の名が出るのが嫌だ」って言いながら、もうここまで出たからいいやって、開き直ったんですけど、ハハハ。まだどう転ぶか、向こうから返事ないんで。でも、もうかなりこれは向こうを追い詰めたというか〉


 十二月十六日、清島氏はまたもURの総務部長を大和事務所に呼び出した。


〈雑談をした時、(UR側は)「これ以上、甘利先生のところが深入りするのは、自分としても良くないと思います」と、そこから始まりました。そうはいっても、(私は)「うちは(一色氏とは)縁は切れませんよ」と。「だから、ちゃんと結論としては何かを出していただくしかないですよ」と言ったんです〉


 清島氏は、先週号で、URへの口利きについて質した小誌にこう答えた。


「うちとしては頼まれればどういう経緯なのか、問い合わせをするのは確かなんですよ」


 しかし、録音記録は、甘利事務所の行為が単なる「問い合わせ」ではなく、「口利き」であることを物語っている。


 一連の交渉について、URに確認を求めたが、「調査中」との回答だった。甘利事務所にも、質問状を送ったが、先週同様、回答はなかった。


 国民の血税から多額の給与を受ける国会議員とその公設秘書が、権力を金に換えていたとすれば、これまさしくゲスの極みというほかあるまい。


内輪喧嘩

『二〇一三年に清島氏に相談したことがきっかけで進展したURとの交渉。この時、約二億二千万円の補償金を得たことで、一色氏は甘利事務所への信頼を深めた。しかし、この後の産廃撤去を巡る約三十億円規模の補償交渉は難航する。』…こがポイントだよ。
’13年~’14年に跨る「補償金交渉=二億二千万円ゲット」ってのがそもそもの発端であり、千葉県有地の<薩摩興業>による不法占拠(300平米とも300坪とも言われているが…)に対する“立ち退き料"だったってことだ。当時の不法占拠・地権者が<薩摩興業>だったかどうかは未だ不明だが、借地権は有していただろうから、建物撤去の“補償金"を強請ったのであろう。いずれにしろ“二億二千万円"ってのはアンマリに法外でであり、法的に極めて不明朗且つオカシナことなのである。千葉県もURも国交省も全員変だよ。
ここが、今回の“ユスリ・タカリ・汚職事件"の始まりなのである。

で、結局の所、“二億二千万円"をせしめた<政治ゴロ><ブローカー><ヤクザ>連中が、更なるユスリ・タカリを狙って『産廃撤去を巡る約三十億円規模の補償交渉』をデッチアゲようと目論んだってことなのさ。この産廃撤去要求の土地は、そもそもが立ち退き代替の隣接地であり、地権者が誰かは未だ不明だが、千葉県もURも国交省もいくら何でもそこまでは付き合いきれないよ!ってお断りした…その結果、<政治ゴロ><ブローカー><ヤクザ>連中の金目・内輪喧嘩が始まったってことさ。

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分かりませんが、国民の代表のお仕事がこういうことですか。

大好きな日本なのに

大相撲で琴奨菊が優勝して久々の日本人力士の優勝だというので
街頭インタビューでは、やっぱり日本人が優勝してくれると嬉しい
などの声が紹介されていた

日本が大好きなんだね

そんなにも大好きな日本が
こんな政治家にこんなことをさせておいて
残念なのではないのかな
日本のために残念ですよね

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最近は日本代表のスポーツ選手で混血の人が多い
量的に少子化も食い止められない
質的にも日本人の遺伝子はもう行き止まりなのかもしれない

日本は全体に嫉妬の社会という事情もあるのだろう
残念なことだ

いい人だけ付き合っているだけでは選挙に落ちてしまう 甘利

(甘利明・前経済再生相の「いい人だけ付き合っているだけでは選挙に落ちてしまう」との発言に)びっくりしました。いい人じゃない人もどんどん事務所に来るんですか。大臣室まで来るってことですか。しかも甘利さんは「小選挙区制だから」と言っているが、ではなんで千葉の人が来るのか。本当にたがが緩みきっているというか、安倍自民党政治のおごりが表れている。(記者会見で)小池晃・共産党

高浜原発再稼働

高浜原発再稼働
プルトニウム・ウラン混合酸化物(MOX)燃料を使用するプルサーマル発電
ところが使用済燃料の最終処理については日本には施設もなく、これから考えるということのようだ
途方もないことのように思えるが、これで普通なのだろうか?

公務員の給料

国家公務員の給与と賞与を引き上げる改正給与法が2016-1月20日の参院本会議で可決、成立した。一般職の月給を平均0.36%アップし、夏と冬を合わせたボーナス(期末・勤勉手当)は0.1ヵ月分増やして月給4.2ヵ月分となる。

実はこれ、あと2ヵ月余りを残すところとなった2015年度の給与・賞与である。昨年4月に遡って適用されるため、引き上げ分はまとめて追加で支給される。ちょっとしたボーナスをもう1回もらうようなものだ。

給与とボーナスの引き上げは2014年度に続いて2年連続。2年連続の引き上げは24年ぶりだという。1991年度以来なので、まさにバブル期以来である。

これによって一般職の平均年間給与は666万5,000円と、5万9,000円増える。もっともこれは一般職の場合である。本省の課長のモデルケース(配偶者と子ども2人)の場合、年間給与は1,195万7,000円と14万8,000円も増える。事務次官は2,270万円と21万円の増加だ。もちろん安倍晋三首相や大臣など政府の役職に就いている国会議員の給与も増える。

第2次安倍内閣になって公務員給与は大幅に増え続けている。実は、この2年間での引き上げは10%を超えている。最も大きかったのは、東日本大震災による減額措置を白紙に戻したことだ。

民主党政権の時に起きた東日本大震災では、復興財源を確保するために所得税などに上乗せする復興特別税を創設した。その際、国家公務員も「身を切る」として、給与を平均7.8%、賞与も約10%減額したのである。2012年度と2013年度の事だ。それを安倍内閣は2014年4月にすっかり元に戻したのだ。

7.8%減を元の水準に戻せば、8.4%の増加になる。ボーナスも10%減が元に戻ったので11%以上増えた。

それに加えて、2014年度は月給の0.27%アップと、賞与の0.15ヵ月分引き上げも実施したため、人によっては2割近くも年収が増えた。

減額措置を元に戻したことで年間3,000億円の人件費が増えた。ちなみに復興特別税での所得税上乗せ分も約3,000億円。国民が負担する復興税の方は白紙に戻されるどころか2037年まで続く。

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一方で、URは2000万円の補償金を2億2000万円に増額したという。これは税金。しかし厳しい監視はないらしい。

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もういっそのこと、公務員の給料を1億円くらいにすればいいのではないか。
そうすればおかしなお金を受け取っておかしな口利きをする理由もなくなるだろう。
またそうすれば公務員はどんどん自分のお金をつかうだろう。
そして優秀な人材が集まるかもしれない
(お金だけがほしい人が集まるかもしれないが、それはよくわからない)

こんなにお金をばらまいておいて、なぜか、インフレにならないので不思議なのである

また一方で、詐欺事件で問題になるお年寄りの例で言うと、なぜか皆さんお金持ちで
何千万という現金をすぐに用意することができることがわかる

そういったお年寄りは、すぐに換金できるお金を持っているが、使わないらしい
その結果のデフレである

甘利氏辞任会見

2016年1月28日甘利氏辞任会見

美学とか矜持とかでごまかしているけれども
法律違反だということですよね、ごまかしてはいけない

最初2000万円だといったのが甘利事務所が介入して
2億2000万円になったというのがすごいじゃないですか
これだと議員になったら二世でも三世でも続けて維持したいと
議員の周囲はみんな思うでしょうね

秘書さんは行方不明だと書いてあります

ーーー
さっき決断しましたとか言ってましたけど
それですぐに後任が石原氏に決まるなんて無理ですよね

ーーー
「大臣室で50万円をスーツの内ポケットに入れた」なんてありえない
人間としての品位の問題だと言うんですが、さて。

ーーー
この人、TPPの交渉の経過で意味不明の表情が多くなってましたね

後任の石原氏はさらに普段からの表情が不思議さんですね

最近の政治家は安倍、麻生、などを代表として、こんなタイプの人達が出世するんですね

良い世の中です
こんな日本が大好きだ
いつまでもこのままでいてください
そして
こんなアメリカ様が大好きです

2億2000万円

詳細は定かではありませんが、当初、URはS興業に対して2000万円の補償金を提示したといいます。それがいつの間にか2億2000万円に跳ね上がったらしい。もし、甘利大臣の事務所の口利きがあったとすれば、・・・・・

というのですが2億2000万円という金額に驚きました。
文字通りケタ違いのお金が動いているんですね。

ホロコーストとモーツァルト

ナチスドイツによるユダヤ人絶滅計画
バッハやモーツァルトを聴きながら立案して実行

最近の男子プロテニス

最近の男子プロテニスは見応えがある
サーブはすごいスピンですごい速さだけど
それをものすごいコースにリターンを決める
それをさらに返してラリーが続いたりして
本当に超人である
ボルグ、マッケンローの頃は見ていて楽しくて
レンドルとかベッカーの頃は高速サーブを打ち返せないことが多くて
見ていてあまり面白くなかったような記憶がある
自分が他のことで忙しくて興味がなかった頃かもしれない

母性は自立心を奪うことがある

母性は自立心を奪うことがある

ふるさとは忘れがたし

ふるさとは忘れがたし
ちちははのぬくもり故に忘れがたし
編んでもらったセーターの柄などもまた懐かし

そうか、甘利さんは巨大な陰謀に巻き込まれた被害者なんだ

そうか、甘利さんは巨大な陰謀に巻き込まれた被害者なんだ、
本人の釈明を聞く前から、自民党が甘利さんを守ると言っているのは当然だ、

と思う人が国民の大部分なんだと思って、そういう発言をしているのだろうか
高村副総裁や山東昭子参院議員は

とても不思議さんたちである

伏線はTPPの話なのか、2015年末の日韓合意の話なのか、自民党内の抗争なのか
諸説出ている

NHKスペシャル 新・映像の世紀「第4集 世界は秘密と嘘(うそ)に覆われた」

NHKスペシャル 新・映像の世紀「第4集 世界は秘密と嘘(うそ)に覆われた」

アメリカ政府高官がソ連のスパイ
ソ連政府高官がアメリカのスパイ

ソ連のスパイが原爆と水爆の情報をアメリカから盗み出し実験に成功
キューバ危機ではスパイからの情報で決定的危機を回避

ターゲットとなった国の反政府組織を援助したり
軍事教育援助したり
しかしその中から過激な反米主義者が育ったり

ーー
そういえば日本の場合は
総理大臣もスパイで大手新聞社の中にもスパイがいて
コードネームまで明らかにされている
そしてそのことがちっとも昔のことではなく
直接に現在を規定しているのだと思うと暗い気持ちだ

映画 アンナ・カレーニナ

映画 アンナ・カレーニナ
主演 キーラ・ナイトレイ

アンナが音楽会でボックス席で聞いていた時、
同じボックスで隣りに座っていたのが、
ドラマ、ダウントン・アビーの伯爵家の長女メアリーだった

若い時、翻訳で読んだ時は、風景の文章がやたら長くて、
物語がちっとも進まないので閉口。

いまだに何が名作なのか、私には謎。

“スキルに応じて違う景色が見える”

“スキルに応じて違う景色が見える”

一生独身だとしても

“一生独身だとしてもしっかり仕事して、おいしいご飯を食べて、芸術に触れて、大切な人達を想う。これを死ぬまで貫こうと腹を据えました。”30代女性

出来事の意味

結局、私たちはイベントの一つ一つを眺めていても、何も見えてはいないのだ
その出来事の意味をテレビやネットで指示されることを待っているようだ
意味を自分で発見することは難しくなっている

夢が感情を耕す

今朝起きて、夢が不思議だとまた実感
日本列島は記録的な寒波で
沖縄に降雪が記録されたという
九州でも降雪

大相撲で日本人力士が10年ぶりに優勝、琴奨菊
錦織は今日ジョコビッチと対戦
サッカーもオリンピック出場のかかる大事な試合
SMAP解散騒ぎとジャニーズ事務所
ベッキーとゲスの極み乙女の男性のLINE流出、文春をセンテンス スプリングと表現
甘利氏は疑惑の釈明に追われ週刊文春の追加記事に注目
株価は大幅安、しかし絶好の買い場、ダウの変動大きい
日銀筋は追加対策を示唆
ココイチ廃棄カツの横流し問題、それ以外にも横流し続々、3分の1ルール

寒いのでさっさと寝て睡眠時間を確保しておこうと思ったら
夢をたくさん見る
感情が耕される感覚だ

その感覚があると現実の生活でも
体験や感覚や認識を大切に出来るような感じがする
現実に圧倒されなくなる

夢が宗教への大切な入り口であったことも理解できるような気がする

北極の寒気団が南下して、日本列島は雪に包まれ、人々は夢を見て、心を耕している

改憲の重要項目に掲げる緊急事態条項 世界に類を見ない悪法になると厳しく批判

元最高裁判事の浜田邦夫さんは安倍政権が改憲の重要項目に掲げる緊急事態条項について、「正気の人が書いた条文とは思えない 」新設されれば世界に類を見ない悪法になると厳しく批判した。

宜野湾・八王子・岩国市長選と与党勢力が3連勝

宜野湾・八王子・岩国市長選と与党勢力が3連勝

安倍晋三氏のランセット掲載記事「世界が平和でより健康であるために」

安倍晋三氏のランセット掲載記事

 2015年12月12日号の国際医学ジャーナル『ランセット』に「安倍晋三」という署名で、「世界が平和でより健康であるために」と題する文章が掲載された。被ばく地域に住まわされ続けている人々や避難地から帰還させられつつある人々にとっては、期待の持てるメッセージと読むべきだろうか。

 たとえば、次の点である。「日本は、『保健』を、人間の安全保障の中心的な要素と考えている」、「日本が国際保健分野で重要と考えているのは次の2点である。①公衆衛生危機に対応する体制を構築すること、②強靭で持続可能な保健システムの構築を、日本の経験と専門知識を活用することにより推進すること」「2016年のG7サミットを通じ、私はこれらの点の重要性を強調し、簡明で関連性の高い議論を促したい」。

 外国政府に対して「強靭で持続可能な保健システムの構築」を要請する前に、被ばくによる健康被害に対応する「保健システム」の構築を2016年G7サミットまでにはするのだと期待したい。安倍氏は2013年にも「我が国の国際保健外交戦略—なぜ今重要か―」(注67)と、被ばく者である3.11後の私たちに期待を持たせる題名の記事を同じく『ランセット』に寄稿している。

 「女性などを含めた脆弱層を含む国民全体の健康改善」を訴え、アフリカでの「保健分野に20万人の人材育成を含めた500億円を投入することを表明した」「我が国は、国際保健の研究開発のためのグローバルヘルス技術振興基金という新たな支援モデルを立ち上げた。新たな技術は、すべての人の健康に生かされるべきである。世界経済の持続可能な発展に貢献していくため、このような国際保健課題の解決に向けた諸外国への援助を、日本政府は民間セクターと共に取り組む」。

 この「健康改善の取り組み」に日本の子どもたちや市民は入っているのだろうか。先に紹介した「世界原子力協会」のホームページには、「公衆を放射線源から守る4つの方法」として、「職業被ばくの場合、被ばくの時間を制限する」「放射線は放出源からの距離で減る」「ガンマ線は鉛、コンクリート、水などで防げる」「高濃度放射性物質は環境から隔離すること」である。原子力推進派にとっても、距離と時間で被ばくを防ぐことは常識なのだ。福島第一原発から毎時1000万ベクレルも永続的に降り注ぐ放射性物質から遠ざかることしか「健康を保つ」方法はないのだから、安倍氏が「保健システム」をおそまきながらでも構築して、G7サミットでリーダーシップを発揮してもらいたい。

 『ランセット』掲載のアピール文書(2015年12月12日)に「私は日本国総理大臣である。利害衝突がないことを宣誓する(I am the Prime Minister of Japan. I declare no competing interests.)」と署名したのだから、原子力産業を守るために、被害住民を切り捨てることはしないと世界に誓ったことになる。
 
ーーーーー
Lancet 安倍総理寄稿
(仮訳)
我が国の国際保健外交戦略-なぜ今重要かー
国際保健は岐路に立っている。これまでの約 10 年間、保健分野の援助額は増加し、新しい
官民のパートナーシップが設立され、効果的な支援を実現した。輝ける 10 年間であった。
日本は 2000 年の G8 九州沖縄サミットで議論を主導して、世界エイズ・結核・マラリア対
策基金に大きく貢献してきた。しかし、疾病構造は大きく変化し、非感染性疾患は世界的
脅威になりつつある。今後もこれまでと同じ疾患別の縦割りの援助を続ければ、疾病負荷
と資金配分との不均衡が大きくなるだろう。疾患別アプローチはわかりやすいが、包括的
な対策の必要性は明らかである。
2008 年の G8 洞爺湖サミットにおいて、日本は疾患別アプローチを補完する保健システム強
化をはじめとする包括的な取り組みを提唱した。武見敬三氏が主導した作業部会は、G8 保
健専門家会合の具体的提言策定に貢献した。残念ながら、その後に起こった経済危機によ
って保健分野への援助を維持する事が困難になった。
この国際保健の現状を前に、そしてポスト 2015 の開発課題の議論が本格化するにあたり、
ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)を目指すことが必要である。UHC を目指すこと
は次の3つの目的の実現に役立つからだ。
第一に、特に女性などを含めた脆弱層を含む国民全体の健康改善。ミレニアム開発目標
(MDGs)は国内格差の是正に主眼をおいておらず、富裕層と貧困層間における保健医療サ
ービスへの格差を是正することが重要である。
第二に、疾患中心のアプローチから人間中心のアプローチに転換し、すべての人々の保健
ニーズに応える。UHC は個々人の幅広い保健需要を満たす事ができる。これら二点は相互に
関連し、個人の保護と能力強化を通じて、人間の安全保障を実現するものである。
第三に、被援助国が自ら保健課題を検討し、限られた予算で多様化したニーズを満たす保
健政策を実施する事である。UHC によって被援助国はオーナーシップを高め、効率的かつ効
果的に政策及び予算の優先順位付けができるようになるであろう。
しかし、UHC を目指す取組みは始まったばかりであり、強い政治的イニシアティブが必要で
ある。そのため、私は本年5月、国際保健外交戦略を打ち出した。
この戦略で第一に、私は UHC をポスト 2015 開発目標における保健の重要課題にすべく努力
する。基盤は整いつつある。第 67 回国連総会では外交政策・国際保健イニシアティブ(FPGH)
が主導した UHC の決議が採択された。私は、FPGH イニシアティブを主導する仏のオランド
大統領と UHC を推進することで合意した。
第二に、私は途上国と共に UHC を実現するため、日本の開発援助を強化する。UHC は保健分
野の援助を減らすことにはならないし、未達成の MDGs への取組みを放置することでもない。

アフリカでは、MDGs への取り組みから UHC が始まる。第5回アフリカ開発会議(TICADⅤ)
では、UHC の促進を呼びかけ、保健分野に 20 万人の人材育成を含めた 500 億円を投入する
ことを表明した。ASEAN は、本年、日本との友好協力 40 周年を迎える。ASEAN は多様な課
題が凝縮する国際保健分野の縮図であり、すべての人の健康のために保健医療関係者が共
に取り組む機会を提示している。今後、UHC を効果的に推し進めるため、ASEAN との協力を
深化させていきたい。
日本の国際保健外交戦略は外交上の戦略環境の変化に対応するものである。21 世紀は、20
世紀型のハードなパワーを背景にした政治力学を動かす力とともに、国際社会の共通問題
を解決していく指導力が、重要になっている。スマートパワーの時代とも呼ばれる。日本
はそれにふさわしい力と意志を持っている。
日本は国民皆保険によって、医療格差を減らし、医療費抑制を実現した。日本での経験が
示すように、UHC への投資は社会へ大きなリターンをもたらす。UHC を推し進めることで、
国の発展段階に応じた国内の所得再分配を促し、社会の安定にも大きく寄与することが出
来るであろう。
我々の保健分野への努力はここでは終わらない。UHC 達成の先に、日本は今、健康的な長寿
社会の実現に向けて戦略を進めている。日本は、公的介護保険制度を導入し、高齢者が地
域の中でより自立して生活できるよう取組んでおり、高齢者の社会参加が推進されている。
私は国を挙げて、そして必要に応じて規制緩和を通して研究開発を推進し、健康長寿産業
の発展に取り組んでいく。このように官民が手を取り合い、寿命の伸びを上回る健康寿命
の大きな伸びをもらたす事が、急速な超高齢化社会への処方箋となるであろう。ポスト 2015
に向けた持続可能な開発の視点からも、世界規模の急速な高齢化を見過ごす事はできない。
多くの貧困層が非感染症疾患と感染症疾患による二重の苦しみを受けており、新しい技術
がこの解決に貢献している。我が国は、国際保健の研究開発のためのグローバルヘルス技
術振興基金(GHIT)という新たな支援モデルを立ち上げた。新たな技術は、すべての人の
健康に生かされるべきである。世界経済の持続可能な発展に貢献していくため、このよう
な国際保健課題の解決に向けた諸外国への援助を、日本政府は民間セクターと共に取り組
む。
日本は岐路に立っている。2012 年、日本は問われた。一流国家たる意思はあるのか。私は
今、強い意志を持って答える。当然だ。我が国は、責任ある成熟国家として、自らの経験
に基づき国際社会が抱える課題解決に貢献する用意がある。国際保健外交はまさしく、我々
のビジョンと意志を実現するための重要な戦略である。 (了)  
 
ーーーーー
Shinzo Abe, “Japan’s strategy for global health diplomacy: why it matters”, 14 September 2013,
http://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(13)61639-6/abstract
外務省が保存した原文のpdf版 
http://www.mofa.go.jp/files/000014304.pdf
外務省の日本語訳 
http://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000014804.pdf
 

告発した事業者のあり方も『ゲスの極み』だそうです

「政治家自身も身をたださなければならないが、(週刊文春に)告発した事業者のあり方も『ゲスの極み』。
まさに『両成敗』という感じでたださなければならない」

自民党山東昭子

ーーーーー
告発した事業者は
渡した1万円札のNoを含めて全て写真に記録している
また、面談した際の音声をすべて録音している
交流があった時間と場所の記録も詳細であるらしい

そして「金品を取られただけで、何もしてくれなかった」ので告発したと言っている

政治家の立場からすれば、
最初から政治家を陥れるための罠だったのではないかと
疑うということのようだ

自民党の高村副総裁「甘利大臣は罠を仕掛けられた感がある。攻撃側が周到にストーリーを作っている」

一方
金銭をせびってタカリをやっていたのは甘利の事務所側だ
業者側はタカリが余りに酷いので自衛のために証拠を残していた
中小の命がけの経営側が憎さを憶えたから証拠を取られたと思う
との意見も

ーーーーー
女性タレント(ベッキー)が既婚男性歌手(「ゲスの極み乙女」のボーカル川谷)と
不倫関係になっていることが暴露された
その後、1月13日にリリースされた最新アルバムが「両成敗」なんだそうです
そんな背景誰も知らないって

ーーーーー
で、話によれば、日本国内で販売されているコピー機とかスキャナーではお札のコピーとかスキャンは出来ないんだとか
ではどんな機械でコピーしたのかなどの指摘
そうなの?
カラーコピーは出来ないが白黒コピーなら出来るかもとの意見もあり

無限の濃度についてはやはり問題にせざるを得ない。 意志の働きを考えるとき、意志の選択に応じて、どれだけの数の未来が成立するのかと考えるとき、 濃度の問題が発生する。

無限の濃度についてはやはり問題にせざるを得ない。
意志の働きを考えるとき、意志の選択に応じて、どれだけの数の未来が成立するのかと考えるとき、
濃度の問題が発生する。

謙虚

優秀な人はときどき傲慢であり、それでも世間は許している
優秀でもない人が傲慢な場合は、友人は離れてゆくだろう

優秀な人が傲慢になるのは、優秀な友人が少ないからだろうと推定できる
現実の友人が少なくても書物の世界で優秀な人と交流があれば
謙虚になる機会もあるだろう

神と心の交流があれば
常に謙虚でいられる、かもしれない

はな

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「タエガタキヲタエ、シノビガタキヲシノビ」

テレビの編集で
第二次大戦の敗戦の部分に来ると
「タエガタキヲタエ、シノビガタキヲシノビ」の玉音放送が
必要もないのに流れることがとても多いような気がする。

著作権とか使用料とかの関係なのか
あの放送を使えばなにかいいことでもあるのか
どうなんでしょう

甘利氏の件についてのネットでの解説例

http://newscrap.net/archives/692
http://zoot.blue/news20160121-1/

千葉県白井市の建設会社S一色武が甘利明大臣に渡した賄賂1200万円の全貌。週刊文春の写真画像に衝撃

甘利明TPP担当大臣(66才)と
その公設秘書で大和事務所所長の清島健一氏(39才)ら
が賄賂で1200万円を受け取ったとして問題になっています。

千葉県白井市の建設会社Sの総務担当者、一色武さん(62才)が
実名告白をして週刊文春が報じたのですが、
掲載された写真画像がその信憑性を語っていると感じます。

ーーーーー
甘利明大臣に1200万円の賄賂疑惑 登場人物

賄賂疑惑メンバー
・甘利明TPP担当大臣(66才)
・公設第一秘書で、大和事務所所長の清島健一(39才)

大学は国士舘大学を卒業、
2002年から江田憲司衆議院議員の
事務所で秘書として働きます。
2003年に江田議員が落選したあとは甘利事務所に移りました。
2011年、甘利事務所で公設秘書となり
現在は地元で大和事務所の所長として活動中です。
2012年、甘利大臣の母親が死去した際は遺産処理を手伝ったほど
大臣からの信頼が厚い人物です。
一方で、「甘利大臣への遺産があまりなかった」と周りに漏らすなど
口の軽い人物でもあります。

・政策秘書、鈴木陵充(すずき りょうすけ)

甘利事務所とは別の自民党議員事務所で働いていましたが
基本的に運転手でした。
甘利事務所に来てからは、大臣夫人に気に入られて
昨年夏に甘利夫婦が温泉旅行に行くときに運転手として同行しています。

・政策秘書、宮下忠士

告白した側
・千葉県白井市の建設会社Sの総務担当者、一色武(62才)

その他
・UR:独立行政法人「都市再生機構」のこと。
 S社に隣接する道路建設工事をめぐってトラブル
・S社が土地を借りた地主

●●●URとトラブル発生●●●

2013年までの間、千葉県白井市にある建設会社Sと隣接する
道路建設工事を行うUR(都市再生機構)とでトラブルになっていました。

S社が地主から借りていた道路建設予定地の一部を
地主が勝手にURに売ってしまったからです。
また、工事の影響で地中から硫化水素が発生したり、
工事の振動でS社の建物が歪んだりしました。
その後も問題は絶えなかったといいます。

2013年、S社はURと補償の話し合いをしますが交渉は難航したので
S社総務担当者の一色武さん(62才)は、甘利事務所の力を借りることに。

●●●清島健一氏に相談して、URから補償交渉に成功●●●

2013年5月9日、
一色武さんは、数ヶ月前に知人の紹介で知り合った、
甘利明大臣の秘書の、大和事務所所長の清島健一氏(39才)
に力を貸してれるよう相談しました。

このとき清島健一氏は真剣に耳を傾け「私が間に入ってシャンシャンしましょう」と
言って、URに内容証明を送って事実関係を明確にすることに。
おかげでS社とURの交渉は進展することになりました。

2013年6月14日、
清島健一氏はベテラン秘書の宮下忠士氏をUR本社に向かわせて
そのとき対応した担当者の名刺コピーと経過を一色武氏に報告しました。

2013年8月(相談から3ヶ月後)
S社はURから補償金およそ2億2,000万円を手にすることに成功しました。

●●●清島健一氏にお礼500万円 不可解な領収書●●●

2013年8月20日
一色武氏は大和事務所を訪ね、清島健一氏にお礼として500万円を持参しました。
清島健一氏は大きな声で事務所にいた男女数人に
「一色さんは約束を守る人だね」と言って現金を見せびらかしました。
渡された領収書はなぜか
・自民党神奈川県第13選挙区支部 100万円 宛名はS社
・自民党神奈川県第13選挙区支部 400万円 宛名はS社
というように2つに分かれていていました。

2013年8月20日の後日
清島健一氏は100万円の領収書を替えるよう要請してきます。
・自民党神奈川県第13選挙区支部 100万円 宛名はS社
・自民党神奈川県大和市第2支部 100万円 なぜか9月6日付け
 (この支部の代表は、甘利明大臣の元秘書、藤代優也県議)

※政治資金収支報告書によると
 ・8月20日付 自民党神奈川県第13選挙区支部 100万円 宛名はS社
 ・9月6日付 自民党神奈川県大和市第2支部 100万円 宛名はS社
と合計200万円だけになっていて、
500万円のうち、残り300万円が闇に消えています。
 

●●●甘利明大臣にお礼として50万円●●●

2013年11月14日、
清島健一氏の計らいで、一色武さんは甘利明大臣に面会することに。
議員会館を訪れ、まずは国会を見学ということで、甘利事務所の女性Mさんが
案内してくれましたが、清島健一氏から「Mさんに商品券3万円分」を用意するよう
頼まれていました。しかし一色武さんはうっかり忘れていたので
現金を封筒に入れて渡したといいます。

大臣室で甘利明大臣に会ったときには、
紙袋に「とらやの羊羹」と「現金50万円の入った封筒」を入れて、お礼として渡しています。
甘利明大臣は「ありがとう」と受け取り、50万円の入った封筒をスーツの内ポケットに入れました。
このとき一色武さんは甘利明大臣と記念写真を撮っています。


この50万円は一色武さんが3日前に銀行でピン札に変えて、ナンバーがわかるように
すべてコピーをとってあります。


●●●S社とUR 新たなトラブル●●●

URの道路工事によって、隣接するS社の敷地のコンクリートに亀裂が入ってしまいました。
ここからまた賄賂も絡んできます。

一色武氏は、自分を守る手段として、賄賂のやりとりの証拠を残しています。
・いつどこで会ったかを記録
・領収書はメモといっしょに保管
・50時間以上にもおよぶ会話の録音データ
・ピン札のコピー
など、甘利明大臣や秘書に渡した賄賂や接待で
確実な証拠が残っているものだけでも「1,200万円」になるといいます。
 
●●●S社とUR 新たなトラブル●●●

補償金も入り、落ち着いたかと思ったら今度は、
URの道路工事によって、隣接するS社の敷地のコンクリートに亀裂が入ってしまいました。
これではS社の業務に支障をきたすため、一色武さんはURに抗議しました。
しかし、割れたコンクリートを補修するには、コンクリすべてを剥がす必要があったのです。

コンクリートの地面の下には、実は
地主の父親が登記した大量の産業廃棄物が埋まっていて、
すべて剥がす場合は埋まっている産廃を全て取り除くよう行政指導を受けていたからです。
ちなみにURが工事する道路予定地の下にも同様の産廃が埋まっていました。

本来は不法投棄した地主が責任を持つべき産廃です。
しかしURは自分たちが工事する場所は、30億8000万かけて処理するといい
S社には1億3000万の補償金しか払わないといいます。
面積はS社のほうが広いのにです。
一色武さんは、また甘利事務所を頼ることにしました。

●●●甘利明大臣に相談したものの進展せず。●●●

2014年2月1日10:30すぎ
甘利明大臣の秘書の清島健一氏が所長を務める大和事務所の応接室で
一色武さんは甘利明大臣と会い、詳しい資料を渡しました。
説明や質問などが終わったあとで、清島健一氏から「例のものを」と言われ
一色武さんは甘利明大臣に50万円が入った封筒をわたし、大臣は「ありがとう」と受け取りました。
この50万円もピン札でコピーを取ってあります。

2014年7月半ば
相談から5ヶ月が過ぎても事態は進展しませんでした。
そして一色武さんの誕生日が近いという理由で、清島健一氏から会いたいといわれ
居酒屋で会うと大臣からのメッセージが書かれた色紙を渡されます。
そこには「得意淡然失意泰然」と書かれていました。焦らずに時期を待つべきという意味です。
「誕生日が近いという理由」で会いましたがこの日の会計は一色武さんが払いました。
この頃一色武さんと清島健一氏は毎週会うようになっていて
毎回、一色武さんが支払っています。

●●●賄賂に鈴木陵充氏が加わる●●●

2014年7月17日
甘利明大臣と清島健一氏が関わっていたURとの補償交渉に、新しいメンバーが。
政策秘書、鈴木陵充(すずき りょうすけ)氏です。

2014年9月25日17:30
鈴木陵充氏の提案で環境省の役人を議員会館に呼んで話をすることに。
このとき鈴木陵充氏は机を叩きながら環境省の課長ら2人に迫っていたといいます。
そしてその後、清島健一氏・鈴木陵充氏との3人で赤坂で食事、
錦糸町のキャバクラなどを2軒ハシゴしてます。

2014年11月20日
一ヶ月後に衆院選が迫った頃、清島健一氏から金銭提供を求められました。
S社名義50万円、一色武さん個人の名義で50万円を寄付しています。
※収支報告書には、S社名義50万円の記載しかありません。
 一色武さん個人の名義50万円は、政治団体として届け出のない
 「甘利明事務所」という手書きの領収書を清島健一氏が発行。

2015年
国交省の局長に口利きをするから商品券5万円を要求され、渡しました。
ほかにも
国交省の役人に商品券30万円を要求され、渡しています。
「口利き経費」として2人に渡したのは210万円にもなるといいます。

清島健一氏・鈴木陵充氏の要求は次第に露骨になっていき
鈴木陵充氏からはトヨタの高級車レクサスを要求されています。
清島健一氏とは毎週いっしょに食事をし
フィリピンパブにもよく行き、
その経費はすべて一色武さんが支払いました。
こうした「飲食費」は160万円になります。

甘利明大臣は、週刊文春に掲載された一色武さんの賄賂告白について
「お騒がせしている。今朝、記事を読んだ」
「会社の社長一行が大臣室を表敬したのは事実だ。
記憶があいまいなところがあるので、きちんと整理をして説明したい」
とコメントしていて、
一色武さんと面会したことは認めているものの、
賄賂についてははっきりしていません。

秘書のことについても「事実関係が不透明」としていて
正確に把握してから説明すると言っていますが・・・
果たしてどうなるのか。


甘利明氏の件 週刊文春記事

「週刊文春」2016年1月28日号
「甘利明大臣事務所に賄賂1200万円を渡した」 TPP立役者に重大疑惑〈実名告発〉 口利きの見返りに大臣室で現金授受。〈現場写真〉〈音声〉公開!

難航したTPP交渉を大筋合意に導き、評価を高めた甘利明TPP担当大臣。今国会では承認が控えるが、そんな矢先、その適格性が問われる重大な疑惑が発覚した。甘利大臣や秘書が、口利きのお礼として多額の金を受け取ったというのだ。衝撃告発の中身とは――。


 神奈川県大和市にある古びた喫茶店『F』。昨年十月十九日、薄暗い店内の片隅でワイシャツ姿の中年男性二人が向かい合っていた。


 この数カ月間、二人は毎週月曜日、近くの回転寿司でランチを済ませると、この店でコーヒーを飲んでいる。男たちは小声で十分ほど話しこんだ後、手前に座った年配の男が周囲を気にしながら、テーブルの上に二つの封筒を差し出した。


「ウフフフ……」


 封筒を見た窓際の男が、突如笑い声をあげ、年配の男が冗談めいた口調で「本物でしょ?」と語りかけた。


 窓際の男が躊躇なく封筒を受け取ると、もう一方の封筒を手にしながら、「ウフフフ。あ、私がお預かりしておきます」


 そう言って、傍に掛けていた自身のジャケットの内ポケットに二つの封筒をねじ込んだのだった。


「甘利大臣に直接手渡した」


 封筒を受け取った男の名は清島健一(39)。実はこの男、地元ではちょっとした実力者だ。甘利明TPP担当大臣(66)の公設第一秘書で、甘利氏が地元に構える大和事務所の所長でもある。


 年配の男性が、この日のことをこう振り返る。


「清島所長に渡した二つの封筒の中には現金が十万円ずつ入っています。知人に頼まれて、ある外国人のビザ申請で便宜を図ってもらおうと、甘利事務所の力を借りていました。秘書が動くには経費がかかると所長から言われたため、この日、十万円を所長に、もう一つの封筒は政策秘書の方に渡してくださいという意味で預けたのです。


 実は、清島所長や甘利事務所の方にお金を渡したのは、このビザの件だけではありません。ある案件では、所長や他の秘書に金銭を渡したり、飲食の接待をして、千万単位の金をつぎ込んできました。しかも、現金を甘利大臣に直接手渡したこともあるのです」


 そんな衝撃的な告発をするのは一色武氏(62)。千葉県白井市にある建設会社『S』の総務担当者だ。自身でも会社を経営しており、甘利氏の支援者でもある。その一色氏が告発に至った経緯をこう語る。


「利益供与をしたわけですから、真実を話すことで自分が不利益を被ることは承知しています。


 しかし安倍政権の重要閣僚で、TPP交渉の立役者と持て囃された甘利大臣や、それを支える甘利事務所の秘書たちが、数年もの間、金をとるだけ取って、最後は事をうやむやにしようとしている姿に不信感を抱くようになったのです。『うち(甘利事務所)が間に入りますから』というような甘い言葉を私にかけては、金をタカってきましたが、それは支援者に対する誠実な態度といえるのでしょうか。私は、彼らのいい加減な姿勢に憤りを覚え、もう甘利事務所とは決別しようと決心したのです。


 私は、自分の身を守る手段として、やり取りを録音しています。また、毎回いつ誰とどこで会ったかなどを記録に残し、領収書はメモと一緒に保管してきました。口利きの見返りとして甘利大臣や秘書に渡した金や接待で、確実な証拠が残っているものだけでも千二百万円に上ります」


 そう言って、彼は膨大な資料やメモ、五十時間以上にも及ぶ録音データなどを小誌に提供したのだった。


 甘利氏は、安倍政権の閣僚の中でも別格の存在だ。第一次政権では経産大臣、第二次政権が発足するとアベノミクスの司令塔として経済再生担当大臣、さらに成長戦略の柱であるTPP担当を任ぜられるなど安倍首相の信頼は厚い。


「一次、二次の安倍政権を通じてずっと大臣の職にあるのは甘利氏だけです。TPP交渉では、アメリカの担当者と怒鳴りあい、席を蹴って退席したこともあった。そんな交渉ができたのは、安倍首相の“全権委任”とも言うべき信頼があってのことです。第二次政権における甘利氏は、菅義偉官房長官、麻生太郎副総理兼財務相と並ぶコアメンバーなのです」(政治部記者)


 予算編成を終えた昨年十二月二十三日の夜には、安倍首相、菅官房長官、麻生財務相と四人で赤坂の中華料理店で食事。「アベノミクスはうまくいっている。本当によかった」などと盛り上がったという。


 甘利氏が担当するTPPは、大筋合意を受け、今後各国の承認手続きが控える。


「二月上旬にも担当閣僚が参加して署名式が開かれます。署名で協定の文言が固まり、各国が協定を批准・承認する国内手続きに入ります。政府は通常国会にTPP協定の承認を求めるとともに関連法案を提出する方針で、予算成立後の後半国会は“TPP国会”となりそうです」(同前)


 そんな重要課題を担う甘利氏や秘書に、適格性に疑問を抱かせる重大疑惑が浮上したのだ。


 一九七〇年、千葉県企業庁は、「千葉ニュータウン」の開発に伴い、「県道千葉ニュータウン北環状線(清戸地区)」の道路用地買収を始めた。現在、道路建設は、千葉県企業庁から委託された独立行政法人都市再生機構(UR)が行っている。この道路建設を巡り、隣接するS社との間で度々トラブルが生じてきたのだった。S社の総務担当である一色氏が経緯を語る。


「工事が始まると、もともと当社が地主から借りている道路建設予定地の一部を、地主が勝手にURへ売却してしまい、URとトラブルになってしまいました。さらに、工事によって地中から硫化水素が発生したり、工事の振動で当社の建物がゆがんだりと、その後も次々と問題が起きたのです」


 二〇一三年頃、URとS社の間で補償の話が持ち上がった。しかし交渉は難航するばかり。そこで一色氏が頼ったのが甘利事務所だった。


大臣室でとらやの羊羹と一緒に


「二〇一三年五月九日、私は大和事務所を訪ね、『清島所長の力で何とかしていただけませんか』と、相談したのです。所長とは数カ月前に知人の紹介で出会っていました。所長は、真剣に話を聞いてくれ、『私が間に入ってシャンシャンしましょう』と言い、まずはURに内容証明を送ることを提案してくれました。内容証明を送って事実関係がはっきりすれば、甘利事務所も介入しやすいと思ったのでしょう。結果、所長の提案がきっかけで、URとの交渉が進展していくことになるのです」


 一色氏によれば、清島氏はまず、ベテラン秘書の宮下忠士氏をUR本社(横浜市)に向かわせたという。


 このとき対応したURの担当者の名刺のコピーを清島氏は持参し、一色氏に経過報告をする。依頼から約一カ月後の六月十四日のことだ。


 結局、清島氏が提案した内容証明をきっかけに補償交渉をすすめたS社は、三カ月後の八月、URから補償金を手にしたのだった(URによると約二億二千万円)。


 清島氏の尽力に一色氏は、さっそく八月二十日に大和事務所を訪れた。決着がついたお礼を言い、現金五百万円を持参した。


「事務所を入った右手に応接室があり、そこで現金を出すと、所長はスタッフがいる広い部屋に行き、大きな声で『一色さんは約束を守る人だね』と、現金を見せびらかしていました。当時、男女数人が事務所にいたことを覚えています。応接室に戻ると、所長が領収書を持ってきてくれたのですが、なぜか百万円と四百万円に分けていました。発行元はいずれも自由民主党神奈川県第十三選挙区支部で、宛名はS社でした」


 ところが、清島氏は後日不可解な行動をとる。


「所長が、先日の百万円の領収書をコレに替えてほしいと、自民党神奈川県大和市第二支部が発行する百万円の領収書を持ってきました。この支部の代表である藤代優也県議は甘利氏の元秘書です。


 所長が新たに発行した領収書の日付は九月六日になっていました。不思議に思ったものの、何か特別な事情があるのだろうと思い、所長の言うままに領収書を受け取りました」


 政治資金収支報告書によれば、S社名義で自民党神奈川県第十三選挙区支部には八月二十日付で百万円、神奈川県大和市第二支部には、九月六日付で百万円の政治献金がなされている。


 一色氏が渡した五百万円のうち、少なくとも三百万円は闇に消えたのだ。


 この“お礼”の後、清島氏の計らいにより、一色氏とS社の社長は、甘利大臣と面会することになった。


 十一月十四日、一色氏らは議員会館を訪れる。


「まずは甘利事務所のMさんという女性とともに国会内を見学することになっていました。清島所長からは事前に、『Mさんにも三万円くらい商品券を用意してくださいね』と頼まれていたのですが、うっかり忘れてしまい、仕方なく、現金を封筒に入れ、議員会館の地下にある売店の側で、所長に『Mさんに渡してください』と預けました。そして国会見学を終えると、十三時過ぎから議員会館で昼食を取りました」


 そして、一色氏らは清島氏に大臣室へ案内された。


「うちの社長が、桐の箱に入ったとらやの羊羹と一緒に紙袋の中に、封筒に入れた現金五十万円を添えて、『これはお礼です』と言って甘利大臣に手渡しました。紙袋を受け取ると、清島所長が大臣に何か耳打ちしていました。すると、甘利氏は『あぁ』と言って五十万円の入った封筒を取り出し、スーツの内ポケットにしまったのです。そして羊羹が入った紙袋は、椅子の横に置きました。事前に面会は十五分だけと清島氏から言われていたのですが、結局四十分くらい大臣室で雑談をしました。そして全員で記念写真を撮りましょうということになったのです。大臣に渡した五十万円は、三日前に横浜銀行東海大学駅前支店でピン札に替えて、札のナンバーがわかるようにコピーもとっておきました」


甘利事務所ぐるみで関与


 ところが、S社とURとのトラブルはこれだけでは終わらなかった。しかも、それはより巨額な補償交渉へと発展し、甘利事務所もこの問題への関与を深めていく。


 新たなトラブルのきっかけは、URの工事により建設中の道路に隣接しているS社の敷地のコンクリートに、いくつもの亀裂が入ったことだった。


「業務に支障がでる恐れがあるためURに抗議しました。ただ、コンクリを補修するとなると、敷地全てのコンクリを剥がす必要があるのです。なぜかというと、実はコンクリの下に大量の産業廃棄物が埋まっており、当社は二〇一四年に、行政機関から、“コンクリを剥がした場合は地中に埋没する全ての産廃を取り除くこと”と文書で指導されているのです。つまり、コンクリを打ち直すということは、当社が借りている敷地一帯に埋まっている産廃を全て撤去しなくてはならない。それには百億円以上かかるのです。


 実は、産廃を投棄したのは地主の父親です。産業廃棄物処理法にもある通り、産廃は本来、不法投棄者が責任を負うべきもの。にもかかわらず、URは、地主の父が撤去すべき産廃が埋まる道路予定地は約三十億八千万円もかけて処理をするというのです。一方、隣接する当社の敷地の方が広いにもかかわらず、私たちには、約一億三千万円の補償金しか支払わないというのです」


 ここでも一色氏が頼ったのは甘利事務所だった。


 二〇一四年二月一日の午前十時三十分。一色氏は、大和事務所の応接室で甘利大臣の到着を待っていた。


「この日は、大臣に新たなURとのトラブルを説明するために伺いました。数センチ程の厚みがある青いファイルに資料を挟み、事前に清島所長から指示されていた通り、要点をまとめたA4用紙二枚を持参しました。十時半を過ぎたころ大臣が現れ、挨拶をすませると、所長が、『この資料を見てください』と言って、私のファイルを大臣に手渡したのです。真剣に目を通していただき、『これはどういうこと?』と、いくつか質問もされました。すぐに要点を理解されたようで、やはり頭のいい方ですね。大臣は、『一色さん、ちゃんとやってるんだね。わかりました』と言い、所長に『これ(資料)、東京の河野君(現・大臣秘書官の河野一郎氏)に預けなさい』と指示しました。


 そして所長が『一色さん、例のものを』と小声で言うので、私は現金五十万円が入った封筒を大臣に差し出しました。甘利さんは『ありがとう』と言って、封筒を受け取りました。そして最後に、所長がシャッターを押し、私と大臣の写真を撮ってくれたのです」


 この三日前、一色氏は前回同様、現金をピン札に替えてコピーをしている。


 しかし、URとの補償交渉は、甘利氏に事情を説明してから約五カ月半が経っても進展しなかった。


「七月半ば、私の誕生日が近いからという理由で所長から会いたいと連絡がありました。『大臣から預かっているものがある』と。居酒屋で所長と会うと、大臣が私に書いてくれた色紙を持ってきてくれました。私の名前を入れて『得意淡然 失意泰然』とありました。物事が上手くいっていなくても、焦らずに時節の到来を待つべきという意味だそうです。これを読み、私はじっと待つことにしたのです。甘利大臣がきっと動いてくれると信じながら」


 この日の会計も一色氏が支払った。実はこの頃、一色氏は清島氏との関係を深め、毎週のように会うようになっていた。


 さらに、甘利事務所の鈴木陵允(りょうすけ)氏(現・政策秘書)も補償交渉に加わった。


 清島氏の紹介で、鈴木氏と一色氏が初めて酒を酌み交わすのは二〇一四年七月十七日のことだ。


「鈴木氏が環境省の役人を議員会館に呼び、産廃の処理をどうするのか話してみましょうと提案してくれたのです。九月二十五日、私は十七時半に環境省の課長ら二人と議員会館で面会しました。もちろん鈴木氏と所長が同席してくれました。このとき鈴木氏は、机を叩きながら、環境省の役人に迫っていたので、『なかなかのやり手だな』と感じていました。話し合いが終わると、私と所長と鈴木氏は赤坂で食事をし、錦糸町のキャバクラなどを二軒ハシゴしました」


 清島氏や鈴木氏とは一体どんな人物なのか。


「清島氏は、国士舘大学を卒業し、〇二年から江田憲司衆院議員(現・維新の党)の事務所で秘書になりました。江田氏が〇三年に落選すると、甘利事務所に移り、一一年には公設第一秘書となり、今では地元の大和事務所の所長を務めています。甘利氏からの信頼は厚く、一二年、大臣の母が亡くなった際、遺産処理を手伝ったほどです。ただ、周囲に『(甘利氏への)遺産があんまりなかった』と漏らすような軽い男です」(地元政界関係者)


「鈴木氏は別の自民党衆院議員の事務所にいましたが、もっぱら運転手でした。甘利事務所に移ってからは、甘利氏の夫人に気に入られ、去年の夏、夫婦で箱根の温泉へ旅行をしたときは、彼が運転手として同行しています」(別の地元政界関係者)


 二〇一四年十一月二十日、一色氏は清島氏から金銭提供の依頼を受ける。一カ月後には衆院選が迫っていた。


「URとの交渉に尽力してくれる清島所長の頼みとあって、S社と私の名義で五十万円ずつの寄付をすることにしました」(一色氏)


フィリピンパブで度々接待


 ところが、収支報告書に記載があるのはS社からの五十万円のみ。一色氏の五十万円には、清島氏が、政治団体として届け出のない「甘利明事務所」と書いた手書きの領収書を出した。


 さらに二〇一五年になると、清島氏と鈴木氏は、驚くべき提案を持ちかける。


「国交省の局長に“口利き”を依頼するので、商品券五万円を用意してほしいと言うのです。清島所長は『商品券は鈴木を経由して国交省の局長に渡った』と私に説明しました。また、他にも国交省の役人に渡す商品券が必要だと言うので三十万円を所長に渡しています」(同前)
 次第に清島氏と鈴木氏は、一色氏に露骨に“タカる”ようになっていたという。


「鈴木氏からは、高級車レクサスを要求されたこともあります。清島所長とは毎週のようにメシを食い、フィリピンパブにもよく行きました。経費はすべて私持ちです。メモに残しているだけでも昨年、所長と鈴木氏に口利きの“経費”として渡したのは二百十万円。飲食費は百六十万。二〇一四年は“経費”が四百五十五万で飲食費が二百十一万、その前の年もあるわけですが、彼らはこの金を何に使ったのでしょうか……」


 小誌は疑惑の中心人物である清島氏を直撃した。


――一色氏から何度も現金をもらっていますよね。


「いや、もらってないです」


――現金をもらいURに働きかけをしていたか?


「問い合わせという形で、やっている形なんですよ」


――大和事務所で大臣が五十万円を受け取った?


「それはですね、私たち介入していないことなので」


――では、渡したのはご存じなのですね?


「渡したのは封筒ですか? それはパーティ券として使ってくださいと渡されていますので」


――大臣室でとらやの羊羹と五十万円を受け取った?


「S社の社長が献金という形で持ってきたのではないですか」


――国交省の局長に話をつけるからと言って一色氏からお金を受け取った?


「それは知りません」


――外国人のビザ申請で二十万円を受け取った?


「それは私、知りません」


――大臣は一色氏の産廃の件は知っている?


「知らない」


 と、終始動揺しながら否定してみせた。さらに、二〇一三年の三百万円の不記載について尋ねると、「パー券で処理している」と答えたが、再度質問すると「計上ミスかもしれない」と説明。


 四百万円の領収書の写しを見せると、慌てた様子で「エッ…これ、撮っていいですか」と言い、スマホで撮影したのだった。


 一色氏から飲食のたびに受け取っていた十五万円については、「パーティ券で処理している」「領収書も発行している」と答えるのだ。


 だが、清島氏の回答は小誌の把握している事実と大きく異なっている。


「お金が釣り上がることだよ」


 まず、冒頭の現金授受の場面は、小誌記者の目の前で行われたものである(下記参照)。

 また、「URへは問い合わせをしただけ」と言うが、昨年十一月十二日、鈴木秘書は、千葉県にあるURの事務所を一色氏と訪れている。さらに、この日、鈴木氏がURの会議に同席している録音もある。また、大和事務所にURの国会連絡担当職員を呼び出し、一色氏、清島氏、鈴木氏と四名で産廃撤去について話し合った昨年十月五日の会合についても写真と録音がある。


鈴木氏〈私、前向きだと思ったんだけど〉


UR職員〈後ろか前かで言ったら、前かと〉


 国交省への口利きについては、録音によれば清島氏は昨年九月十七日、居酒屋でこう語っている。


〈(何もしてくれないなら局長も商品券を)返せばよかったですよね、五万。ヘヘヘ〉(局長は、小誌の取材に受け取りを否定)


 清島氏の発言に矛盾はまだまだある。まず、大臣室で受け取った五十万円は、収支報告書に記載はない。たとえパーティ券であったとしても二十万円を超えれば、記載義務がある。


 飲食の度に現金を受け取っているという疑惑についても、「パーティ券として処理している」と言うのだが、「確かにパーティ券は昨年も約四十万円ほど買っていますが、大臣への五十万円や秘書への“経費”は別に渡しています」(一色氏)


 甘利氏の関与についてはこう明言している。


〈『大臣もこの案件(URの件)は知ってるんで、こっちもちゃんと返事返さなくちゃいけないんですよ』って(URに)言った〉(二〇一五年十二月七日)


〈『大臣さえ納得してれば、うちが納得すれば、お金を釣り上げるわけないでしょ』って(UR総務部長に言った)。『うちが納得するのは、ある程度、お金が釣り上がることだよ』と今日も言った〉(同年十二月二十二日)


 交渉の当事者であるURは次のように回答する。


「十月五日、十二月一日、十六日に状況の確認との名目で、当機構の職員が大和事務所に呼び出されたのは事実です。清島氏や鈴木氏からは『前に進めるようなことを考えてほしい』という話がありました。『大臣にも報告しています』という発言もあった。秘書からの問い合わせはよくありますが、(三回も四回も呼ばれることは)あまりありません。ただ、口利きだと感じたことはありません」


 元東京地検特捜部検事で弁護士の郷原信郎氏は次のように指摘する。


「寄付を受け取りながら、収支報告書に意図的に記載しなかったとすれば、虚偽記入で政治資金規正法違反にあたります。


 また国会議員や秘書が、国が資本金の二分の一以上を出資する法人が締結する契約などについて、請託を受け、権限に基づく影響力を行使して、当該法人の職員にその職務上の行為をさせるように、あっせんして、報酬を得ることは、あっせん利得処罰法違反です。URは国交省のほぼ全額出資ですし、安倍政権の中枢にいる甘利大臣であれば、国会議員の権限に基づく影響力が十分にある。議員や秘書が、URとの契約に関して、業者から依頼を受けてUR側に働きかけ、報酬を受け取ったとすれば、違反が成立します」


 甘利氏は、この案件にどう関わったのか。一月十六日、地元に戻った甘利氏本人を直撃した。警察官に守られ、自宅マンションに入っていく甘利氏。「五十万円を受け取ったのは事実ですか?」と記者が大声で問うと「知らないで~す」と一言だけ、語尾を伸ばして答えた。


 甘利事務所に事実関係を詳細に尋ねたが、締め切りまでに回答はなかった。


 強大な権力を金に換える政治家や秘書にTPPのような国政の枢機を任せられないことは言うまでもない。
 

甘利明氏の件

甘利明氏は、問題になっている企業の社長と面会したことを認めているが、
週刊誌が指摘する現金の受領については、記憶が定かでないと述べている。

そのような現金受領は一切行わない、と言うなら、
この事案についても、現金受領はない、と断言できるはずだ。

しかし、記憶があいまいではっきり答えられないということは、
少なくとも、類似した事案が多数存在することを想起させるものである。

この程度の金額の受領は、日常茶飯事であるから、
いちいち覚えてはいられない、ということなのだろう。