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徒然草56段:久しく隔りて逢ひたる人の、我が方にありつる事、数々に残りなく語り続くるこそ、あいなけれ。隔てなく馴れぬる人も、程経て見るは、恥づかしからぬかは。つぎざまの人は、あからさまに立ち出でても、今日ありつる事とて、息も継ぎあへず語り興ずるぞかし。よき人の物語するは、人あまたあれど、一人に向きて言ふを、おのづから、人も聞くにこそあれ、よからぬ人は、誰ともなく、あまたの中にうち出でて、見ることのやうに語りなせば、皆同じく笑ひののしる、いとらうがはし。をかしき事を言ひてもいたく興ぜぬと、興なき事を言ひても

徒然草56段:久しく隔りて逢ひたる人の、我が方にありつる事、数々に残りなく語り続くるこそ、あいなけれ。隔てなく馴れぬる人も、程経て見るは、恥づかしからぬかは。つぎざまの人は、あからさまに立ち出でても、今日ありつる事とて、息も継ぎあへず語り興ずるぞかし。よき人の物語するは、人あまたあれど、一人に向きて言ふを、おのづから、人も聞くにこそあれ、よからぬ人は、誰ともなく、あまたの中にうち出でて、見ることのやうに語りなせば、皆同じく笑ひののしる、いとらうがはし。をかしき事を言ひてもいたく興ぜぬと、興なき事を言ひてもよく笑ふにぞ、品のほど計られぬべき。 

人の身ざまのよし・あし、才ある人はその事など定め合へるに、己が身をひきかけて言ひ出でたる、いとわびし。
 

長らく会わなかった人から、その人の最近の状況を、余すところなく次々と語り続けられるのはつまらない。近くにいて慣れ親しんでいる人でも、暫く会わなければ、何となく他人のように遠慮を感じるようにならないだろうか。教養や品位に欠ける人は、ちょっとの間、外出しただけなのに、今日はこんなことがあったと言って、息継ぎもできないほどに自分ひとりで捲くし立てるように語って面白がっているものだ(そんな一方的な話を聞かされているほうは、何も面白くないんだけど)。教養と品位のある人の話は、一人に向けて語っていても、みんなが自然に耳を傾けて聞きたがるものだ。 

教養のない人は誰ともなく、大勢の中に自分から出てきて、さも今見てきたかのように話すので、みんなが同じように大笑いしてひどく騒がしくなる。面白いことを言っているのにあまり面白がらず(興趣を感じず)、面白くもない事を言っているのに周囲に合わせてよく笑うというのは、その人の品性のほどが窺い知れるというものだ。 

人の容姿の良し悪しを評したり、才能ある人の能力について論評したりしているのに、それらの人とまったく関係のない自分の身を引き合いに出して『自分語り(自分ならこうするという話)』をしようとするのは、とても聞き苦しくてつまらないものだ。

ーーーーー
出家して孤独に暮らすのが良いとか言いながら、
教養のない人はどうだとか延々と語るのはどうしたことだろう
会わなければよいし、聞かなければよいだろう
グレン・グールドのように孤独に、伴侶は犬だけ、後輩のピアニストが玄関を叩いても
居留守を使い、
それでもやかましければ玄関に出て、
しかし中には入れず、立ち話ですまそうとし、
「私はピアニストになれるでしょうか」ときかれて
極めて無責任に「自分を信じるしかない」などと答えたりする
そういう生活が良いのではないか


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徒然草57段:人の語り出でたる歌物語の、歌のわろきこそ、本意なけれ。少しその道知らん人は、いみじと思ひては語らじ。 すべて、いとも知らぬ道の物語したる、かたはらいたく、聞きにくし。 人の語り出した歌物語(和歌に関する話)では、話題になっている歌が悪いことこそ、不本意である。少しはその和歌の道を知っている人なら、悪い歌についてそれをすごいと思って語ることはない。 万事において、それほど知らない道(専門)についてあれこれ語るのは、的外れでおかしいが、(知ったかぶりは)聞き苦しいものでもある。

徒然草57段:人の語り出でたる歌物語の、歌のわろきこそ、本意なけれ。少しその道知らん人は、いみじと思ひては語らじ。 

すべて、いとも知らぬ道の物語したる、かたはらいたく、聞きにくし。

人の語り出した歌物語(和歌に関する話)では、話題になっている歌が悪いことこそ、不本意である。少しはその和歌の道を知っている人なら、悪い歌についてそれをすごいと思って語ることはない。 

万事において、それほど知らない道(専門)についてあれこれ語るのは、的外れでおかしいが、(知ったかぶりは)聞き苦しいものでもある。

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このような話で言う、感覚の優れた人は、
教育によって全員がそうなるわけではない
掛け算の九九や漢字ならば訓練すれば全員ができるようになるだろうが
感性の問題に関しては正規分布する中での偏った10%などということになるだろう

流行歌のようなものは集団心理で良いと思っているだけで
何も根拠はない


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花を育てても、動物を育てても、 すべての花や動物が素晴らしいということはない それぞれは遺伝子の違いあるのであって 大きく違いがある 価値があるかどうかは観点によって違う 色が素晴らしいとか香りがいいとか 病害に強いとか寒さに強いとか 早く咲くとか長く咲くとか いろいろな観点がある そんなふうに多様な遺伝子の我々が 魂を浄化して天国に行くなどということが容易にできるはずはない ある程度みんな出来損ないなのである 優勝劣敗の原則はあるだろうが 先頭に立つ勇者はたいていは死んでしまう ずるいことをしたか

花を育てても、動物を育てても、
すべての花や動物が素晴らしいということはない
それぞれは遺伝子の違いあるのであって
大きく違いがある
価値があるかどうかは観点によって違う
色が素晴らしいとか香りがいいとか
病害に強いとか寒さに強いとか
早く咲くとか長く咲くとか
いろいろな観点がある

そんなふうに多様な遺伝子の我々が
魂を浄化して天国に行くなどということが容易にできるはずはない

ある程度みんな出来損ないなのである

優勝劣敗の原則はあるだろうが
先頭に立つ勇者はたいていは死んでしまう
ずるいことをしたから生き残っているという場合も少なくない
そして我々はそのようにして生き残った先祖の遺伝子を受け継いでいるのだ
ずるくてせこいのが当たり前である

私は立派だなどというのは
嘘つきが甚だしいだけである

誠実な勇者の遺伝子は生物の早い段階で滅んでいただろうと思う
いまでも突然変異で発生しているのだろうが
嫉妬と誤解によって滅亡させられているのだろうと思う

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徒然草58段:「道心あらば、住む所にしもよらじ。家にあり、人に交はるとも、後世を願はんに難かるべきかは」と言ふは、さらに、後世知らぬ人なり。げには、この世をはかなみ、必ず、生死を出でんと思はんに、何の興ありてか、朝夕君に仕へ、家を願みる営みのいさましからん。心は縁にひかれて移るものなれば、閑かならでは、道は行じ難し。 その器、昔の人に及ばず、山林に入りても、餓を助け、嵐を防くよすがなくてはあられぬわざなれば、おのづから、世を貪るに似たる事も、たよりにふれば、などかなからん。さればとて、「背けるかひなし

徒然草58段:「道心あらば、住む所にしもよらじ。家にあり、人に交はるとも、後世を願はんに難かるべきかは」と言ふは、さらに、後世知らぬ人なり。げには、この世をはかなみ、必ず、生死を出でんと思はんに、何の興ありてか、朝夕君に仕へ、家を願みる営みのいさましからん。心は縁にひかれて移るものなれば、閑かならでは、道は行じ難し。 

その器、昔の人に及ばず、山林に入りても、餓を助け、嵐を防くよすがなくてはあられぬわざなれば、おのづから、世を貪るに似たる事も、たよりにふれば、などかなからん。さればとて、「背けるかひなし。さばかりならば、なじかは捨てし」など言はんは、無下の事なり。さすがに、一度、道に入りて世を厭はん人、たとひ望ありとも、勢ある人の貪欲多きに似るべからず。紙の衾(ふすま)、麻の衣、一鉢のまうけ、藜(あかざ)の羹(あつもの)、いくばくか人の費えをなさん。求むる所は得やすく、その心はやく足りぬべし。かたちに恥づる所もあれば、さはいえど、悪には疎く、善には近づく事のみぞ多き。 

人と生れたらんしるしには、いかにもして世を遁れんことこそ、あらまほしけれ。偏へに貪る事をつとめて、菩提に趣かざらんは、万の畜類に変る所あるまじくや。
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「仏道を学ぼうとする心があれば、住む所にこだわらず修行はできる。家にいても、人と交わっていても、来世の極楽浄土を願うことに何の障害があるだろうか」と言うのは、全然、来世とは何かを知らない人である。本当に、この世俗を儚んで、生死の執着を離れようとしているのに、何の意味があって、主人に仕えたり、家事に打ち込んでいたりするのか。人の心は他者との縁に引きずられて移ろうものだから、人とできるだけ交わらない静かな心境でなければ、修行に打ち込むのは難しい。 

その器は昔の人には及ばない。山奥に一人で籠もっても、餓えと雨風を凌ぐ手段が無ければ生存を維持することができないので、世俗の人と同じように貪欲になることがどうして無いと言い切れるだろうか(場合によっては貪欲になってしまうこともあるだろう)。だから、「世俗を捨てた意味がない。(餓えや寒さに耐えられない)その程度ならどうして世俗を捨てたのか」というのは、無茶なことである。しかし、さすがに一度は仏の道を志した者である、たとえ僅かな望みがあろうと、世俗の貪欲な者の望みには遠く及ばないのである。紙の布団に、麻の着物、一杯の飯に、藜の汁、こんなものがどれだけ他人のものを浪費するというのか。遁世者の求めるものは得ることが容易く、その心は簡単に満足してしまう。粗末な格好をしているので、見た目を恥じるところはあるが、その生活ぶりは悪事からは遠く離れており、善・仏に近いことが多い。 

人として生まれた証を立てるためには、どうにかして世俗の欲望を捨て切るということ(煩悩を捨てて遁世すること)が望ましいのである。ただ利益や欲望を貪ることばかりに努めて、悟りを得ようとしないのであれば、(その生き方は本能のままに生きる)畜生(動物)と変わる所が無いのではないだろうか。
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現代では出家して修行しようというのは、ある種の新興宗教だろうと思う。そして出家してやっていることといえば、無駄なことばかりである。
出家して修行した先に何があるのか、自分で見ないで、妄想しているだけである。

本能のままに生きる動物は卑しいというようなことが昔から言われているのだが、
本能のままに生きる動物は高貴であるというのが最近の考えだろう。

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むしろ、普通に働いて、家族と交わりつつ、より良い生き方を求めるのが良いと思う。
煩悩は煩悩で観察していればよい。煩悩を捨て去るのは不自然でもあり、無駄な努力でもある。


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徒然草59段:大事を思ひ立たん人は、去り難く、心にかからん事の本意を遂げずして、さながら捨つべきなり。「しばし。この事果てて」、「同じくは、かの事沙汰し置きて」、「しかしかの事、人の嘲りやあらん。行末(ゆくすえ)難なくしたためまうけて」、「年来(としごろ)もあればこそあれ、その事待たん、程あらじ。物騒がしからぬやうに」など思はんには、え去らぬ事のみいとど重なりて、事の尽くる限りもなく、思ひ立つ日もあるべからず。おほやう、人を見るに、少し心あるきはは、皆、このあらましにてぞ一期は過ぐめる。 近き火などに

徒然草59段:大事を思ひ立たん人は、去り難く、心にかからん事の本意を遂げずして、さながら捨つべきなり。「しばし。この事果てて」、「同じくは、かの事沙汰し置きて」、「しかしかの事、人の嘲りやあらん。行末(ゆくすえ)難なくしたためまうけて」、「年来(としごろ)もあればこそあれ、その事待たん、程あらじ。物騒がしからぬやうに」など思はんには、え去らぬ事のみいとど重なりて、事の尽くる限りもなく、思ひ立つ日もあるべからず。おほやう、人を見るに、少し心あるきはは、皆、このあらましにてぞ一期は過ぐめる。 

近き火などに逃ぐる人は、「しばし」とや言ふ。身を助けんとすれば、恥をも顧みず、財をも捨てて遁れ(のがれ)去るぞかし。命は人を待つものかは。無常の来る事は、水火の攻むめるよりも速かに、遁れ難きものを、その時、老いたる親、いときなき子、君の恩、人の情、捨て難しとて捨てざらんや。

大事(出家など重要なこと)を思い立った人で、何かに囚われて離れがたかったり、心のどこかにひっかかることがあって本意を遂げられないでいるなら、その全てを捨てたほうが良い。 

『もうしばらくしたら。この事が終わったら』、『同じように時間がかかるならば、あの事もきちんとし終わってから』、『しかし、これは人に笑われるだろう。笑われないように確実に準備してからでないと』、『いや待て。長年の経験の蓄積があるのだから、その結果を見届けてからにしよう、波風が立って騒がしくならないように』などと考えていると、やり終えていない事ばかりが山積みになり、それらをやり終えることはできず、大事にかかる本意(本当に重要でやるべき出家など)を遂げる日はいつまでもやってこない。 

いつか出家して仏門に励もうとしている大抵の人は、みんなこのような物事に追われた状態で死(臨終)を迎えてしまう。隣の家が燃えているのに、『暫く待ってから逃げよう』なんて言うだろうか。生命が助かりたいならば恥も忘れて、財産も捨てて家事から逃げるはずだ。寿命は人の都合など待ってくれない。無常の変化が押し寄せるさまは、大火のように大水のように凄い速さであるから、その無常から逃げることなんて出来ないんだよ。死ぬ時には、捨てがたいはずの親や我が子、恩義や情愛すら、みんな捨てざるを得ないのだから。

ーーー
出家しなさいという話である。当然のことであるが、現代の我々の考えでは、出家してもしなくても、何も変わりはない。
その人の人生にとって本当に大事なこととは何か、出会えた人は幸せである。
しかしそのような場合にも、その大事なことのためにすべてを捨てるようでなければならないというのであるが、「捨てがたいはずの親や我が子、恩義や情愛」のほうが大事とも思える。家族を守るために仕事をしているのだとはよく聞く話である。

大事なことと思い定めて、そのことに専念しようと思ったのだが、実際には世間の評判も悪く、思ったほどに大事なこともはかどらず、やめてしまったという場合も多いだろうと思う。
世の中は、普通に生きる人が生きやすいようにできているものだと思う。

思い切った人のひとりとして、中島敦「山月記」の中に描かれている。
私は個人的には虎になったほうがいいと思う。


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この僧都、みめよく、力強く、大食にて、能書・学匠(がくしょう)・辯舌(べんぜつ)、人にすぐれて、宗の法燈なれば、寺中にも重く思はれたりけれども、世を軽く思ひたる曲者にて、万自由にして、大方、人に従ふといふ事なし。出仕して餐膳(きょうぜん)などにつく時も、皆人の前据ゑわたすを待たず、我が前に据ゑぬれば、やがてひとりうち食ひて、帰りたければ、ひとりつい立ちて行きけり。斎(とき)・非時(ひじ)も、人に等しく定めて食はず。我が食ひたき時、夜中にも暁にも食ひて、睡たければ、昼もかけ籠りて、いかなる大事あれども、人の

この僧都、みめよく、力強く、大食にて、能書・学匠(がくしょう)・辯舌(べんぜつ)、人にすぐれて、宗の法燈なれば、寺中にも重く思はれたりけれども、世を軽く思ひたる曲者にて、万自由にして、大方、人に従ふといふ事なし。出仕して餐膳(きょうぜん)などにつく時も、皆人の前据ゑわたすを待たず、我が前に据ゑぬれば、やがてひとりうち食ひて、帰りたければ、ひとりつい立ちて行きけり。斎(とき)・非時(ひじ)も、人に等しく定めて食はず。我が食ひたき時、夜中にも暁にも食ひて、睡たければ、昼もかけ籠りて、いかなる大事あれども、人の言ふ事聞き入れず、目覚めぬれば、幾夜も寝ねず、心を澄ましてうそぶきありきなど、尋常ならぬさまなれども、人に厭はれず、万許されけり。徳の至れりけるにや。徒然草60段の一部

この僧都は、外見・容姿が良くて、力が強く、大飯ぐらいである。書道、学問、弁論、全ての分野にも優れていて、寺でも重く用いられていた。しかし、どこか世間をバカにしている曲者でもあった。すべて好き勝手に自由にやって、人の言うことなど聞くことがない。寺の外の法事のときにも、自分の目の前にお膳があると、他の人のお膳が準備されていなくても、さっさと自分一人だけで食べてしまう。帰りたくなれば、一人で立ち上がってそのまま帰ったという。寺での食事も、周囲に配慮することもなく、自分の食べたい時には、夜中でも明け方でも食事をする(食欲を我慢することがない)。眠たい時には、昼間でも部屋に籠って寝てしまう。どんな大切な用事があっても自分が起きたくないなら起きない。目が冴えてくると、真夜中でも歌など詠みながら散歩をする。普通ではない有様であるが、人に嫌われることもなく、すべての我がままは許してもらっていた。きっとこの僧侶の徳が高いからなのだろう。


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“ぼくは生きたいから、論理に逆らってでも生き続けるんだ。いかにものの秩序を信じないといっても、春にほころんでくるねばっこい小さな芽をぼくはまだ愛する。蒼空を愛するんだ。よくあるだろう、時々わけもなくだれかを好きになることが。そんな人たちをぼくは愛するんだ。とっくに信仰なんか失くしたらしいけど、古い習慣から心ではまだ畏敬の念を抱いているといった偉大な人間の業績をぼくは愛するんだ。ぼくはねえアリョーシャ、ヨーロッパ旅行がしたくて、これから出かけるところなんだ。ぼくは、自分が行こうとしているところがただの墓場に

“ぼくは生きたいから、論理に逆らってでも生き続けるんだ。いかにものの秩序を信じないといっても、春にほころんでくるねばっこい小さな芽をぼくはまだ愛する。蒼空を愛するんだ。よくあるだろう、時々わけもなくだれかを好きになることが。そんな人たちをぼくは愛するんだ。とっくに信仰なんか失くしたらしいけど、古い習慣から心ではまだ畏敬の念を抱いているといった偉大な人間の業績をぼくは愛するんだ。ぼくはねえアリョーシャ、ヨーロッパ旅行がしたくて、これから出かけるところなんだ。ぼくは、自分が行こうとしているところがただの墓場にすぎないってことは百も承知のつもりだ。しかし、それは尊い墓場なんだ─まったくそうなんだよ。そこに眠っている死者たちは尊い。彼らの上にのっかっているどの墓石も、燃えるような生涯や、彼らのなしとげたことへの熱烈な信念、彼らの真理と彼らのたたかいを、物語っている。だからぼくは、自分が地面にくずおれてこれらの墓石に接吻し、その上で泣いてしまうだろうってこと、そして─そして同時に、それがずっと昔からただの墓場でしかないのだってことを自分が十分に確信しているだろうっていうこと、それは前もってわかるんだ。そして、ぼくは絶望のために泣くんじゃない、泣くことが幸福に感ずるから泣くだけなんだ。自分の感情に酔ってしまうんだ。ぼくは春のねばっこい小さな葉と蒼空が好きなんだ─ああ、そうだよ。それは理知や論理の問題じゃないのさ。内側で、腹の中で愛するのさ。初めて生まれでてくる自分の若い力を感じるために愛するんだ……”
ドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟」から、イワン・カラマーゾフ

ボリス・クズネツォフ 「アインシュタインとドストエフスキー 十九世紀の主たる倫理的・美的問題と現代物理学の関係にかんする研究」第6章「ドストエフスキーの問いかけとアインシュタインの答え」からの孫引き。
小箕俊介 訳 れんが書房新社 1985年


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一番最後の為替とかやる前に、「古館さんちょっと」と篠塚報道局長がサブスタジオかなんかにスタッフを呼んで、「こういう事(『古賀さんのコメントには承服しかねます』を読め」と書いた紙を古館さんに渡した。(古館キャスターはそれを読んだ。)

田中:番組が終わってテレビ朝日から外に出てくるまで大変長い時間がかかっていましたが。


古賀:つるし上げっていうか、帰してもらえなかった。まず、最初のCMの時、現場で一番偉い人(若林統括プロデューサー)が来て、「古賀さん、なんでそんな打ち合わせにないことを言うんですか?」って言うから、「打ち合わせにないことを言っちゃいけないんですか?」(と言い返した)。


紙に「打ち合わせにないことを話してはいけないと若林プロデューサーは言ったということでいいですね」と(書いて)聞いた。


途中で、「こういうことやめましょう」とか古館さんがワーワー言うわけです。「こんなことやってたって視聴者の方わかりませんよ」と(古館キャスターが)言うから、「いや分かる人とわかんない人がいる」(と古賀氏は言った)。


一番最後の為替とかやる前に、「古館さんちょっと」と篠塚報道局長がサブスタジオかなんかにスタッフを呼んで、「こういう事(『古賀さんのコメントには承服しかねます』を読め」と書いた紙を古館さんに渡した。(古館キャスターはそれを読んだ。)


田中:古館さんが番組最後に言った「古賀さんのコメントには承服しかねる」の一節が間違いなく局から出たなと思ったのは、翌日テレビ朝日が会社としてコメント出したが、あれとまったく一緒。


古賀:だから、彼は言わされてるわけなんです。彼のほうが弱いんですよ。(テレビ朝日)早川会長とかから比べれば全く弱い立場。

普通は、あんな大看板のメインキャスターだったら相当ワガママを言える。僕を出すかどうかはたいした問題じゃなくて、テレ朝の最大の問題はプロデューサーを変えるということ、恵村さんというコメンテーター(朝日新聞編集委員)を変えること。


去年からそういう動きがあって、1月の初めには全部決まってたんです。(にもかかかわらず)こないだの木曜日か金曜日まで隠してた。後ろめたいからですね。


裏では安倍政権からいろいろあるし、早川会長というのは安倍政権べったりですからね。佐藤会長は古館プロダクションを仕切っている人で、古館さんはほぼ言いなりになっている。


古館さんは前回(出演の時)楽屋で平謝りだったんですよ。要は、自分は何にもしませんでしたと。


何を謝ったかというと、僕(古賀)を出さないことじゃなくて、「自分(古館)は言いなりになってる。局がやろうとしていることに一切異論を唱えなかった」と。


それは「議論して負けたんじゃない、彼はわざと知らないふりした」と言ったんですよ。プロデューサーを首にすることとか、恵村さんを変えるということとか局側に一言も(異論を)言わなかったんですよ。とにかく軍門に下ったんですね。


一番アタマに来たのは(古館さんが)「結構我々もいい番組やってるでしょう」と。あれはぜんぜん逆でいい番組を作っているのはプロデューサーなんです。


ビデオはプロデューサーが戦って戦って、いろんな横やりを全部蹴飛ばして(作った)。逆に古館さんはなんだかんだとケチつけて「こんなことはやりたくない」(と言う)。毎日トラブルですよ。


だから、4月に入っても(古館キャスターは)しばらく政府を批判したようなこと言いますよ。批判されるから。


報道ステーションの特集企画、村山談話、川内原発、沖縄とかすばらしい特集はプロデューサーが頑張ってやってる。だけど古館さんは村山談話の時なんかビビっちゃって。「やっぱり村山さんと反対意見の人もちゃんと呼んでやるべきでしたね」とか。


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2015年3月30日、気象報道の言う通り、桜が満開になっている 徐々に咲くのではなくいきなり満開になる 桜自体の性質にもよるだろうが 咲き始めてからの気温の具合にもよるのだろう 今年は咲き始めてからずっと高温で あっという間に満開になってしまった 朝日に輝いている こんなにも急いで咲いて急いで散るものかと 人間の青春の早送りビデオを見るようだ 確かに短いものであった 桜は花は楽しんでも実を楽しむということがない 種で自然に増えるものではないところが人工的で未来的である 遺伝的に同一なので一斉にぱっ

2015年3月30日、気象報道の言う通り、桜が満開になっている

徐々に咲くのではなくいきなり満開になる
桜自体の性質にもよるだろうが
咲き始めてからの気温の具合にもよるのだろう
今年は咲き始めてからずっと高温で
あっという間に満開になってしまった

朝日に輝いている

こんなにも急いで咲いて急いで散るものかと
人間の青春の早送りビデオを見るようだ
確かに短いものであった

桜は花は楽しんでも実を楽しむということがない
種で自然に増えるものではないところが人工的で未来的である
遺伝的に同一なので一斉にぱっと咲いてぱっと散ることになるが
それは弱さにも通じるのだろう



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発達障害は幼形成熟と言い換えてもいいでしょう

発達障害は幼形成熟と言い換えてもいいでしょう
http://shinagawasn.blog.so-net.ne.jp/2014-01-27-2



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宮澤喜一bot 昭和15年、大戦の一年前に有名な反軍演説をした斎藤隆夫は、国会から除名されました。ここにいたって、自由と批判精神は、完全に失われていたのです。あとは、言いなりだったのです。そうでなければあんな戦争に国民がこぞって協力するなんてあり得ない。(21世紀への委任状』pp.14-16)

宮澤喜一bot 昭和15年、大戦の一年前に有名な反軍演説をした斎藤隆夫は、国会から除名されました。ここにいたって、自由と批判精神は、完全に失われていたのです。あとは、言いなりだったのです。そうでなければあんな戦争に国民がこぞって協力するなんてあり得ない。(『21世紀への委任状』pp.14-16)

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日本にとっての沖縄が、アメリカにとっての日本という位置づけだからだ

日本が表立って戦争できる国になることについては
アメリカの弱体化の結果と思えるのだが

アメリカは日本をこれまで上手に操作できた
市民の無差別焼夷弾殺人と二度に渡る一般市民への原爆使用により
無条件降伏にまで追い込んで
そのあとは軍を持たないという革新的画期的な未来型憲法と、裏でのアメリカからの操縦を確立し
ロシア戦争以来の借金を返還させるために労働を押し付ける
表向きは所得倍増政策である
勤勉な国民だとか言っておけばいい

途中で対共産主義勢力のために多少の方針変更はあったけれども
日本が「不沈空母」であることは変わらない

アメリカとしては、他国の支配の方式として、イギリス式植民地支配に代わるスタイルを
いくつか試みた中で、うまくいったものと日本方式を考えていて、
その後も、いくつか戦争をして、同じように大量殺戮、無条件降伏、民主主義を装った裏からの支配、
ということを考えたのだが、どの地域も、無条件降伏などしなかったわけだ

資本主義というものは新しい植民地がないと旨味がないらしいので
アメリカもだんだん行き詰っていて
あとのことはよく見通しも立たないけれども
とりあえず中国とのことを考えると、日本と中国を喧嘩させておいて、
アメリカは両者の良心的な友人という立場をとりたいらしい

中東で平和維持軍の段階になったら日本にやって欲しいとか言っているが
やりたがるはずはないだろう
それでもぬけぬけといえるのは
日本にとっての沖縄が、アメリカにとっての日本という位置づけだからだ

アメリカにとって、日本は政治家支配とマスコミ支配、そして選挙支配と民衆支配の成功例なのだろう
それを永続させることにも関心があるのだろうが
いまはそれよりも中国とどのような関係を築くかが問題なのだろう
その観点から、アメリカと日本の関係が、日本と沖縄の関係と、フラクタルなもの、
つまり縮小反復構造にしろとアメリカが日本に無理難題を言ったら、
日本がアメリカに同じようなことをされるのだと承知していながら、
日本は沖縄に対してむごい仕打ちをしているのである
多分、アメリカの人たちは「ああ、この国の民主主義は偽物のままだった、そして流産してしまったのだ」と考えているのではないだろうか
そして、日本国が沖縄を圧殺しているのと同じように、アメリカが日本国を圧殺するとして、
たいして文句も言わないだろうと思い、そしてコントロールしきれると思っているのだろう

嫌だったら沖縄から本土に引っ越しすればいいし、
嫌だったら日本からアメリカにでもカナダにでも引っ越しすればいいだろうという程度に思っているか
そんなに嫌ではないからそこにいて働き続けるのだろう程度に思っているか



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左翼勢力はなぜ仲間割れして右翼を助けるのか 左翼の人達は往々にして正義のためとか人々のためとか本気で思っているところがあって そうなるとなかなか妥協できないわけです 一方で、お金とか権力のために政治をやっているという人たちは 容易に妥協ができます 表で妥協する分、裏で補ってもらえばいいわけだから 普通、正義とか理想を求めるならば、 政党は議会の過半数すれすれまで分裂するはずですね そしてさらに自民の内部派閥としては半数になるまで分裂して 昔から言われる4分の一民主主義が成立する 全体の1/4の数を握

左翼勢力はなぜ仲間割れして右翼を助けるのか

左翼の人達は往々にして正義のためとか人々のためとか本気で思っているところがあって
そうなるとなかなか妥協できないわけです

一方で、お金とか権力のために政治をやっているという人たちは
容易に妥協ができます
表で妥協する分、裏で補ってもらえばいいわけだから

普通、正義とか理想を求めるならば、
政党は議会の過半数すれすれまで分裂するはずですね
そしてさらに自民の内部派閥としては半数になるまで分裂して
昔から言われる4分の一民主主義が成立する
全体の1/4の数を握れば自民党の過半数を制して
つまりは議会の過半数を制することができる

それをしないのは、お金のせいです

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『報道ステーション:古舘キャスターと古賀氏のやりとりは…毎日新聞 2015年03月28日

昨日27日に古賀茂明氏が、報道ステーションに最後の出演を行なったのだが。その時に古館氏とこんなやりとりがあった。(@@)

『元経済産業省官僚の古賀茂明氏(59)が27日、テレビ朝日系「報道ステーション」に生出演し、番組を“ジャック”した。古舘伊知郎キャスター(60)と自身の番組“降板”を巡って、口論のような形に発展した。

 番組中盤、緊迫する中東情勢を伝える場面で、古舘が古賀氏に解説を求めると、この日が最後の出演になるという古賀氏が切り出した。

 古賀氏 ちょっとその話をする前に。テレビ朝日の早河(洋)会長と、古舘プロジェクトの佐藤(孝)会長の意向で今日が最後ということに(なりました)。

 これまで古賀氏は同番組で、「I am not Abe」などと安倍政権に批判的な発言を繰り返していた。

 古賀氏 これまで本当に多くの方に激励していただいた。一方で菅官房長官をはじめとして、官邸のみなさんのバッシングを受けてきた。それを上回る応援で楽しくやらせていただきまして、本当にありがとうございました。

 降板した理由を話すと、古舘も「ちょっと待ってください。今の話は承伏できません」と対抗したが、古賀氏は「古舘さんもその時におっしゃりました。『この件に関してはお役に立てなかった。本当に申し訳ない』と。全部録音させていただきましたので、そこまで言われるなら全て(データを)出させていただきます」と引かない姿勢で、いったん収束した。

 しかし、その後も「自分で作ってきました」と、「I am not ABE」と書かれた手製の紙を広げた。古舘は「番組ではこれまで川内原発に対する指摘や、辺野古の問題についても取り上げてきたじゃないですか」とたしなめると「私もツイッターでぜひ見てほしいと書きました。でも、それを作ってきたチーフプロデューサーが更迭されます」と反論。これには古舘も「更迭ではない。私は人事のことまでわからないけど、それは違う」と否定した。

 さらに古賀氏は安倍政権について「原発復権・官僚復権・行革埋没」と指摘するフリップを見せたが、古舘が「ちょっと時間もないので」と制止すると、古賀氏は「そういうことは言ってほしくなかったのですが」と渋々フリップを降ろした。続けてマハトマ・ガンジーの言葉をフリップで出し、「私が言いたかったのは、言いたいことはそのまま自然に言いましょうということ。裏で圧力をかけたりはやめましょう」と話した。(日刊スポーツ15年3月28日)』

* * * * *

 この古舘氏と古賀氏のやりとりの詳報(書き起こし)を、何と毎日新聞が出していたので、それもアップしておきたい。(・・)

『報道ステーション:古舘キャスターと古賀氏のやりとりは…毎日新聞 2015年03月28日 

 テレビ朝日の27日夜のニュース番組「報道ステーション」で、古舘伊知郎キャスターと、コメンテーターを務めた元経済産業省官僚の古賀茂明氏とが激しく応酬するハプニングがあった。古舘キャスターとコメンテーターの古賀氏とのやりとりは次の通り。

古賀氏 ……今日が最後ということで、テレビ朝日の早河会長とか古舘プロダクションの佐藤会長のご意向ということで私は今日が最後なんですけど、これまで非常に多くの方から激励を受けまして、一方で菅官房長官はじめ官邸のみなさんにはものすごいバッシングを受けてきましたけれども、それを上回るみなさんの応援のおかげで非常に楽しくやらせていただいたということで、お礼を申し上げたいと思います。本当にありがとうございました。

古舘氏 古賀さんちょっと待ってください。今のお話は私としては承服できません。古賀さんが金曜日に時折出てくださって、大変私も勉強させていただいている流れの中で、番組が4月から様相が変わっていく中でも、古賀さんに機会があれば、企画が合うなら出ていただきたいと、相変わらず思っていますし。

古賀氏 それは本当にありがたいことです。もし本当であれば、本当にありがたいこと。

古舘氏 古賀さんがこれで、すべて、なにかテレビ側から降ろされるということは、ちょっと古賀さん、それは違うと思うんですよ。

古賀氏 いや、でも古舘さん言われましたよね。私がこういうふうになることについて「自分はなにもできなかった、本当に申し訳ない」と。

古舘氏 はい、もちろん、それは。この前お話ししたのは、楽屋で。古賀さんにいろいろ教えていただいている中で、古賀さんの思うような意向に沿って流れができてないのであるとしたら大変申し訳ないと、思ってる今でも。それは極端過ぎる。

古賀氏 (さえぎって)いや私全部録音させていただきましたので、もしそういうふうにいわれるんだったら全部出させていただきますけれども。

古舘氏 いやこちらもそりゃ出させていただくことになっちゃいます古賀さん。

古賀氏 いやいいですよ。

古舘氏 だから、それはおいて、私は違うと思ってますが、ではイエメンのお話に戻っていただけますか。(下につづく)

☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆

(22時32分ごろ)

古賀氏 ……今日もですね、さっきああいうやりとりがありましたけれども、やっぱり、我々は批判されたから言っちゃいけないというふうになっちゃいけないので、そういう意味ではですね、テレビ朝日では作っていただくのは非常に申し訳ないと思ったから自分で作ってきました。(フリップを示す)「アイ アム ノット アベ(I am not ABE)」というのをですね。でこれは、単なる安倍批判じゃないです。日本人がどういう生き方をしようかということを、考えるうえでの一つの材料にしていただきたい、一つの考え方を申し上げたと。それはもちろん批判していただいてもいいですし、そういうことをみんなで議論していただきたいなと思ってましたんで、まあこれはもちろん、官邸の方からまたいろんな批判が来るかもしれませんけれども、あんまり陰で言わないでほしいなと思っているので、ぜひ直接ですね、菅官房長官でも、ごらんになっていると思いますから、私のところにどんどん文句言ってきていただきたいと思います。

古舘氏 あの、古賀さんのいろんなお考えは共鳴する部分も多々あるんですが、一方で、はっきり申し上げておきたいなという一点はですね、マスコミの至らなさ、ふがいなさももちろん認めるところはありますが、例えば私が担当させていただいているこの番組でいえば、数日前に川内原発に関する地震動に対する不安の指摘、あるいは、3.11には核のゴミがまったく行き場がない問題、あと沖縄の辺野古の問題ですね、こういうところも、北部でのアメリカの海兵隊の思惑があると、批判すべきところはやらせていただいているんです。

古賀氏 すばらしいですね。それ私も昨日ツイートしたんですよ。こんな立派なビデオを作ってますよと。(テレビ朝日の)サイトに行って特集のところをクリックしてくださいと。並んでますよ、ぜひ見てくださいとツイートしたんです。すごく反響もありました。で、あれを作っていたプロデューサーが今度更迭されるというのも事実です。

古舘氏 更迭ではないと思いますよ。私は人事のことは分かりませんが。

古賀氏 (さえぎる)いや人事のことを……

古舘氏 (さえぎる)人事異動、更迭、やめましょう古賀さん。これ、見てる方よく分からなくなってくるんで。

古賀氏 やめましょう。僕はそんなこと言いたくないので。(用意されたフリップを示して)いま安倍政権の中でどんな動きが進んでいるのかなと……。

古舘氏 ちょっと、ごめんなさい、時間が……

古賀氏 だからそういうこと言わないでほしかったんですよ。では最後にぜひこれを古舘さんにお贈りしたいんですけど(ガンジーの言葉を引用したフリップを示して読み上げ)つまり、圧力とか自粛に慣れていって、何もしない、独りでやったってしょうがない、たたかれるだけだ、ということでやっていないと、知らないうちに自分が変わってしまって、本当に大きな問題が起きているのに気がつかないってことがあるんですよと。私も今すごく自分に言い聞かせて生きているんですけど、ぜひこれはみんなが考えていただきたいと思っています。いろいろね、申し訳ない、口論みたいになっちゃって申し訳ないけれども、私が言いたかったのは、言いたいことはそのまま言おうと。自然に言って、もちろん違う意見の方は違う意見を言っていただいていいし、古舘さんだって私の考えがおかしいと思えばどんどんおかしいと言っていただいて、まったく何の問題もないんですけれども、なにか言ったことについて裏でいろいろ圧力をかけたり、官邸から電話をかけてなんだかんだと言ったりとか、そういうことはやめていただきたいと、そういうふうに思っただけです。

古舘氏 ……はい。それではいったんコマーシャルを挟みます。』

* * * * *

 報ステ広報部や古館氏は、古賀氏の降板を否定。古館氏は古賀氏が語ったことを承服できないとのコメントも出していたようなのだけど・・・

『テレビ朝日広報部は「そもそも古賀さんもその(各分野の)中の1人。降板ということではない」と話した。
 番組最後には古舘キャスターが、「トークの中でニュースとは関係ない話も出ましたが、私としては一部承服できない点もありました。古賀さんのお考えは尊重しますが、とにかく来週も真剣に真摯(しんし)にニュースに向き合っていきたい」と締めた。(日刊スポーツ15年3月28日)』


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【〈"私はシャルリー"っていうプラカードを持ってフランス人が行進しましたけど、まぁ私だったら"I am not ABE"(私は安倍じゃない)というプラカードを掲げて、『日本人は違いますよ』ということを、しっかり言っていく必要があるんじゃないかと思いましたね〉  時間にしておよそ7分。この"演説"に官邸がどれほど激怒したことか。放送中から番組関係者の元には数分と置かず抗議と思しき電話が入った。しかしオンエア中なので出られず、着信だけがずらりと残り、官邸のイラつきの激しさがわかったという。そして、あまりに電

【〈"私はシャルリー"っていうプラカードを持ってフランス人が行進しましたけど、まぁ私だったら"I am not ABE"(私は安倍じゃない)というプラカードを掲げて、『日本人は違いますよ』ということを、しっかり言っていく必要があるんじゃないかと思いましたね〉

 時間にしておよそ7分。この"演説"に官邸がどれほど激怒したことか。放送中から番組関係者の元には数分と置かず抗議と思しき電話が入った。しかしオンエア中なので出られず、着信だけがずらりと残り、官邸のイラつきの激しさがわかったという。そして、あまりに電話に出なかったため、最後は怒りのメールで締めくくられた。テレビ朝日関係者がこう話す。

「官邸からダイレクトに局の上層部にも連絡があったと聞いています。さまざまなルートでプレッシャーをかけてきた。『古賀に何を言わせてるんだッ』『発言を止めろ!』って。いつもは番組終了後に反省会があるのですが、あの日はそれどころではなかったですね」(リテラ15年2月16日)】

【実は、今回の古賀氏"更迭"は、本サイトがしばしば指摘してきた官邸による「報ステ潰し」の一環のようなのだ。というのも、"粛清"は古賀氏だけではなさそうなのだ。いま局内で囁かれているのが、メーンキャスターの古舘伊知郎の信頼が厚く、これまでの『報ステ』路線を支えてきた番組統括の女性チーフプロデューサー、そして古舘と絶妙なコンビネーションワークで視聴者に人気のあったコメンテーターの恵村順一郎氏(朝日新聞論説委員)の2人が、古賀氏と同時に4月から"粛清"されることが決まったという。先のテレ朝関係者が言う。

 「チーフプロデューサーは『報ステ』の前身の『ニュースステーション』時代からディレクターを務めてきた人で、安倍政権に限らず歴代与党からの圧力にも臆することなく『報ステ』路線を貫いてきた。古舘さんや恵村さんが自由にコメントできたのも、彼女の存在が大きかった。それだけに、上層部が官邸サイドから『あの女プロデューサーをなんとかしろ』と言われているという噂はずっとあった。その意味で、今回の人事はあまりにわかりやす過ぎ。4月以降、番組の雰囲気はガラリと変わるかもしれません」


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「局幹部はみんな顔面蒼白でしたよ。番組終了後、4月人事で交代するプロデューサーやスタッフ、コメンテーターの恵村順一郎さんらを囲んだ送別会があったんですが、重要な関係者が顔を見せない。もちろん古賀さんも来ない。別室に呼ばれて“事情聴取”を受けていたんです」

「局幹部はみんな顔面蒼白でしたよ。番組終了後、4月人事で交代するプロデューサーやスタッフ、コメンテーターの恵村順一郎さんらを囲んだ送別会があったんですが、重要な関係者が顔を見せない。もちろん古賀さんも来ない。別室に呼ばれて“事情聴取”を受けていたんです」

 古賀氏はそこで「ニュースと関係ないことを話しては困る」「なんで事前に言ってくれなかったのか」などとなじられたという。だが、ここには古賀氏の深謀遠慮があった。というのも、前回「I am not ABE」とやったときは事前にスタッフにも相談し、フリップもつくってもらっていた。ところがオンエア後、首相官邸から抗議を受けたことで現場スタッフは上層部から「何で止めなかったんだ」と責められた。そこで今回は誰にも言わず、自前のフリップを用意して本番に臨んだ。これで、末端の責任が問われることはなくなった。

 古賀氏がここまでやらなければならなかったのには訳があった。親しい知人はこう打ち明ける。

「古賀さんのターゲットはズバリ菅官房長官です。番組中も何度も何度も繰り返し、菅さんの名前を口にしていたでしょ。菅さんは本気で古賀さんを潰そうと、裏で相当なことをやっていた。古賀さんだけではありません。安倍政権に批判的なコメンテーターを個人攻撃したり、逆に懐柔したりが目に余るようになってきた。一方、古賀さんの話によれば、テレ朝に対しても『(古賀氏の発言は)放送法違反に当たるかもしれない』と、免許取り消しをほのめかしながらプレッシャーをかけてきたと言うんです。これはもう看過できない。古賀さんはこう言っていました。『テレ朝には申し訳ないけど、ここで私が沈黙したら言論が権力に屈することになる。古舘さんら番組関係者は相談もなくいきなり言い出したので、私に裏切られたと思っているかもしれないが、時間が経てば理解してくれるはず』と。あれはいわば宣戦布告。戦いはこれからですよ」


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僕と古舘さんとわーっとやり合って、CMに入りまして、そこで(番組の幹部W氏が)来るんですよ。「打ち合わせに無いことをしゃべるな」と言ってきたんです。だから僕は「えっ?」と驚いて、「打ち合わせしたこと以外は、しゃべっちゃいけないんですね、もう一回言ってください」と言ったら、「だから打ち合わせに無いことを言わないでください、古賀さん」と言ったから、僕はそれを紙に書いたんです。

採録
ーーー
 放送中に一体何が起きていたのか、そして、古賀氏はなぜ発言したのか。テレビ朝日の報道局員は、「報道フロアはもう騒然となってましたよ。報道局幹部は、激怒してましたが、番組のスタッフや局員からは、よく本当のことを言ったという称賛の声や、普通のことを言っただけじゃないかという冷静な声、激論はあってもいい、面白い、視聴率が取れるといった様々な声が出てました。幹部の前では言えませんけどね」と話す。局内も古賀批判一色ではないようだ。

 放送から一夜明け、古賀氏が、彼に非常に近い新聞記者に語った内容を我々は独自ルートで入手した(古賀氏本人に確認したところ「ノーコメント」ということだった)。
 生々しい証言のため、ほぼ全編を掲載する。


●あの時、スタジオでいったい何が起きていたのか!?

 僕と古舘さんとわーっとやり合って、CMに入りまして、そこで(番組の幹部W氏が)来るんですよ。「打ち合わせに無いことをしゃべるな」と言ってきたんです。だから僕は「えっ?」と驚いて、「打ち合わせしたこと以外は、しゃべっちゃいけないんですね、もう一回言ってください」と言ったら、「だから打ち合わせに無いことを言わないでください、古賀さん」と言ったから、僕はそれを紙に書いたんです。
『打ち合わせに無いことを喋らないでくださいと(番組の幹部W氏は)言いましたので、私はこの番組の中では打ち合わせたこと以外しゃべれなくなってしまいました』って、(CMのあと)最初にそれを言ってから、私はしゃべりますからと言ったんです。CM中のことです。
 そしたら(番組の幹部W氏)は、すごいあせっちゃって、「なんでそんなこと言うんですか」と言うから、だってあなたが今言ったでしょ、と。
 僕の立場としては言いたいことを全部言いたいけど、でも、それを言わないんだったら、何で言わないか説明しなければならないじゃないですか、と話をして、あなたは名前を出さないで裏でそういうふうに圧力かければすべて済むからいいですけど、僕は名前出してやっているんですよ、と。だからあなたも正々堂々と言えると思っているんだったら、名前を言っても何も困らないでしょうと言ったら、それは困ると言って。
 そして今度は何か「いきなりあんなことをしゃべるのはフェアじゃない」と言い出して。結局、(番組の幹部W氏は)その時に何を心配しているかというと、そういう「圧力がかかった」とか、あるいは「言うなとか言った」とか、そういうことを言われることだけを一生懸命気にしているわけ。というのが一回やりとりがありました。
 古舘さんが何で怒ったのかよくわからなかったんです。最初は。僕は、古舘さんのことを悪く言うつもりはなかった。それなのに古舘さんが急に怒ったんですね。それが、ちょうど古舘プロの佐藤(孝)会長の名前が出た時だったんです。もう顔色が変わったんですね。私がその名前を言ったとたんに。何か古舘さんは一生懸命に、それでも「正しいものを作っているんです」、とか言ったんです。
 だから僕は、全部、Mプロデューサーとかディレクターが一生懸命やったからで、そのプロデューサーを更迭しちゃってどうするんですかって話をしたんです。そしたら古舘さんは「更迭じゃない」と言ったんです。

●Mプロデューサーの更迭、コメンテーターの恵村氏、古賀氏の降板

(Mプロデューサーは)もう去年の暮れか年明け早々には異動を言われていたはずです。もちろん、古舘さんはそれを知ってました。一方、局側は、それを3月26日木曜日まで隠していた。何でかというと後ろめたいからなんですよ。
 古舘さんはとにかく僕に対して、前回出演したときに謝っているんですよ。謝った理由は何かというと、要するに「自分はわざと知らないフリをしてきました」と、Mプロデューサーが代わるとか、コメンテーターの恵村(順一郎)さんが代わるとか、僕も出さないということは、もちろん、彼だって知ってはいるんですよ。知ってはいるんだけどテレビ局側にはわざと聞かないで、知らないフリをしました、と。自分は単なる出入り業者に過ぎないから、とか卑下して言うんですよ。
 もちろん、彼には正式な意味での人事権はない。だけど実際は、これは、古舘プロダクションの関係者に聞いた話だけど、古舘氏の番組人事への事実上の影響力はすごく大きくて彼自身これまでもそれを行使してきたんです。形としては佐藤会長を通してかもしれないけど。それなのに彼はMプロデューサーも恵村さんも守らなかった。守ろうとして諦めたのではなく、最初から逃げたんです。だから僕のところに謝りに来たんです。
 楽屋に来て、「本当に古賀さん申し訳ありません」と頭を下げて、そしたら僕としたらもうどうしようもないですよね。だって、古舘さんはもう認めちゃっているわけですから。もう僕には何にも言う言葉がない。古舘さんはそういう方だったんだと扱うしかないな、と。要するに闘う人間ではなくて、ただ、自分の保身だけの人間なんだということだとわかったんです。
 それなのにあそこの場(27日生放送中)で、如何にも自分が戦っている、こんなに自分はがんばっているみたいなことを言い、且つ、(Mプロデューサーは)更迭じゃないと言い、公共放送を使って、自分の立場を守るために言わば嘘を言ったわけですよ。

●番組の最後、番組と古舘氏がやったこと

 番組の最後の最後で、古舘さんが「一部承服しがたいことがあった……」とか言いましたよね。一部承服しがたいというのは、他のかなりの部分を承服しているのか、よくわかりませんが、あの時は、最後に、お詫びの原稿が古舘さんのところに回ってきて、彼は、最後に何十秒でこれを読む、最後終わるぎりぎりでそれを読んで、番組が終わりというのを狙った。つまり、僕が反論できないようにした。
 それもおかしくて、その前の議論では、「もうこういう話をするのはやめましょうよ、視聴者に分からないんですから」と古舘さんは散々言っていて、私も、やめましょうと言って、ニュースの中身の話だけになったんですよね。それなのに、そういうように議論を切っておきながら、やりとりしたら自分が負けちゃうからなのか、一番最後の最後に、もう僕が反論できないような時間に言っているんです。だから全然言っていることとやっていることが違うんです。

●放送終了後、報道局長が仁王立ちで……

 そして放送が終わったらスタジオに番組幹部らが来て「おかしいじゃないですか」とずっと言いながら、私が楽屋に戻るのにもずっとついてきて、楽屋から出ると、通路の真ん中に仁王立ちした報道局長がいて、通路を通さない感じで、彼はおそらく僕にきっちり抗議した、と、周りに分からせようというのもあるのか、みんなの前で見せるように、「何であんなことを言うんだ」「あれはおかしいじゃないか、ニュースの中身と関係ないじゃないか」とかそんなことを色々言いながら、私についてきて、私は無視して、でもエレベーターまでついてきて、地下のハイヤーの乗り口までずっとついてきて、そういうことをずっと言うわけです。
 だけど、僕が途中から、あなたの仕事はこういうことが仕事なの? 違うでしょ、なんで(Mプロデューサーを)更迭したの?」と。
 そしたら報道局長は「更迭じゃない」と最初は言い張っていたんだけど、僕が「じゃあ、なんで(Mプロデューサーを)代えるの? 古舘さんにしても(Mプロデューサーを)代えたいわけじゃないでしょ。(Mプロデューサーを)守るのがあなたの仕事でしょ」と、ずっと僕は色々言ったら、報道局長は途中から黙ってしまった。完全に何も言えなくなっていました。

●テレビ朝日が古賀氏を訴えるとの見方も流れているが……

(訴訟してくるかどうか)それはわかりません。もちろんその可能性はあると思いますよ。だから、訴訟になっても絶対に大丈夫だというだけの証拠を揃えて、発言の内容もその範囲を絶対に超えないように事前に一言一句考えてましたし、相手の出方も複数のシナリオを考えてましたから。
 本当は、もう少し言えたんですけど、やはり古舘さんとの今までの関係を考えるとそこまでは言えませんでした。時間もなくなって、ガンジーの言葉をどうしても言いたかったから、あれ以上は言えませんでした。
 まあ、冷静に考えれば、そんなことをして、わざわざ寝た子を起こすようなことをするのが得なのかどうか、と考えるかもしれませんが。1週間も経てば、静かになりますよね。今のマスコミの状況では。

●古賀氏はなぜ、降板問題を告発したのか

 僕がなぜあの発言をしたかというと、最大のポイントは菅(義偉)官房長官が、僕を個人攻撃してきているんですね。菅さんが会見でやや間接的に、さらに記者らにオフレコで、僕のことと分かるような言い方で、頭に来たとか、放送法に違反しているのではないかとか、記者らに言っていて、それは耳に入ってきている。複数の記者がいるところでの発言なので、僕の耳にも入ることを分かった上での発言で、つまり、それは脅しになると計算して言ってきているので、それをやられているときに、私は黙れないんです、やっぱり。
 そこで私が黙っていたら、前にあったテレビ局への自民党からの圧力文書の時、テレビ局が何も抗議しなかったことと同じになってしまう。だから私は黙っているわけにはいかない。菅さんが脅してくるなら、私はそれを言いますからねと、だから申し訳ないけど私はああいうことを言わせてもらった。
 しかも、菅さん一人じゃ『報道ステーション』を転向させることはできないので、テレビ朝日の早河(洋)会長や古舘プロダクションの佐藤会長なども巻き込んでやっているという話も入ってくるわけです。
 でも、その戦いの中で、古舘さんは、ずっと下のほうにいるんですよ。古舘さんは早河会長に従うしかない立場に落ちているんです。だから、僕の戦いの中で、古舘さんは関係ないんです。
 僕は番組中に古舘さんに言ったんです。「僕は古舘さんを攻撃しているわけじゃないんですよ」と言っていたんですけど、彼は何故か最後まで私を攻撃しようとした。何故なのかなと考えました。自分がかっこ悪く見えるのが嫌だったので言い訳したのか。でも、彼のあの言い訳はかえって彼の姿を惨めなものにしてしまいました。
 あとは、佐藤会長や早河会長の手前、それはもう思いっきり反論しておかなければならないということだったのかな、ということくらいしか僕には思いつきませんでしたね。


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蟻の如くに集まりて、東西に急ぎ、南北に走る人、高きあり、賤しきあり。老いたるあり、若きあり。行く所あり、帰る家あり。夕に寝ねて、朝に起く。いとなむ所何事ぞや。生を貪り、利を求めて、止む時なし。 身を養ひて、何事をか待つ。期する処、たゞ、老と死とにあり。その来る事速かにして、念々の間に止まらず。これを待つ間、何の楽しびかあらん。惑へる者は、これを恐れず。名利に溺れて、先途の近き事を顧みねばなり。愚かなる人は、また、これを悲しぶ。常住ならんことを思ひて、変化の理を知らねばなり。 徒然草 第七十四段 ーーー

蟻の如くに集まりて、東西に急ぎ、南北に走る人、高きあり、賤しきあり。老いたるあり、若きあり。行く所あり、帰る家あり。夕に寝ねて、朝に起く。いとなむ所何事ぞや。生を貪り、利を求めて、止む時なし。
身を養ひて、何事をか待つ。期する処、たゞ、老と死とにあり。その来る事速かにして、念々の間に止まらず。これを待つ間、何の楽しびかあらん。惑へる者は、これを恐れず。名利に溺れて、先途の近き事を顧みねばなり。愚かなる人は、また、これを悲しぶ。常住ならんことを思ひて、変化の理を知らねばなり。
徒然草 第七十四段

ーーー
生を貪り、利を求めて、止む時なし。
の一節は現在と未来のグローバル資本主義の形容としてふさわしいと思うが
一方でグローバリゼーションには、遠く離れた人と人とが理解し合い、
愛しあい、場合によっては家庭を築くという面もある
その意味で国境も文化も言葉も超える

グローバリゼーションが人類の融和をもたらすまである程度時間がかかると思うが
それより先に破壊的なグローバル資本主義が収奪を進行させてしまうか
それとも人類の融和が先に進行するかの問題がある
融和が先に進行してほしいものだ

融和が進行するには明治維新のように外敵が出現するのがわかりやすいのだが
しかし明治維新を見ても、実際には融和ではなく、領域内の支配と抑圧が
長州と会津でできあがっただけ
さらには長州の内部でも支配と抑圧が完成しただけとも見える

ーーー
吉田松陰の話を大河ドラマで演じているが
演出の都合もあるのだろうが
いつも怒鳴って、狂えとか、行動だとか、決行だとか、なにか普通でないものを見ている気分になる

ーーー
昔から有名なものに
「吉田松陰シンドバットひらく」というものがある

このことが頭にあると「なぎさのシンドバット」や「勝手にシンドバット」も
更に広がりのあるイメージとなる


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惑ひの上に酔へり。酔ひの中に夢をなす。 徒然草第75段 ーーー この世の人間の有り様は、 問題に突き当たり思いまどい、 その上に酒を飲んで酔い、 さらにその上に夢を見ているようなものだ

惑ひの上に酔へり。酔ひの中に夢をなす。
徒然草第75段
ーーー
この世の人間の有り様は、
問題に突き当たり思いまどい、
その上に酒を飲んで酔い、
さらにその上に夢を見ているようなものだ

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徒然草第78段:今様の事どもの珍しきを、言ひ広め、もてなすこそ、またうけられね。世にこと古りたるまで知らぬ人は、心にくし。 いまさらの人などのある時、ここもとに言ひつけたることぐさ、物の名など、心得たるどち、片端言い交し、目見合はせ、笑ひなどして、心知らぬ人に心得ず思はする事、世慣れず、よからぬ人の必ずある事なり。 ーーー 珍しい最近の事柄を、もてはやして、言い広めるのも、また納得できないことだ。世間で言い古されるまで、知らないでいる人は魅力がある。 今、新しく来た人がいる時に、仲間内で話し慣れ

徒然草第78段:今様の事どもの珍しきを、言ひ広め、もてなすこそ、またうけられね。世にこと古りたるまで知らぬ人は、心にくし。 

いまさらの人などのある時、ここもとに言ひつけたることぐさ、物の名など、心得たるどち、片端言い交し、目見合はせ、笑ひなどして、心知らぬ人に心得ず思はする事、世慣れず、よからぬ人の必ずある事なり。

ーーー
珍しい最近の事柄を、もてはやして、言い広めるのも、また納得できないことだ。世間で言い古されるまで、知らないでいる人は魅力がある。 

今、新しく来た人がいる時に、仲間内で話し慣れている話題や物の名前などを話し、そのことを良く知っている仲間だけに分かるように、話の一部分だけを語り合ったり、顔を見合わせて笑ったりする。(そうやって内輪向けの話に終始して)事情を良く知らない人に嫌な思いをさせるのは、世間知らずの立派ではない人たちがよくやることである。



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何事に関しても素人のふりをしていれば良い。知識人であれば、自分の専門だからと言って得意げな顔で語り出すことはない。中途半端な田舎者に限って、全ての方面において、何でもかんでも知ったかぶりをする。聞けば、こちらが恥ずかしくなるような話しぶりだが、彼等は自分の事を「偉い」と思っているから、余計にたちが悪い。 自分が詳しい分野の事は、用心して語らず、相手から何か質問されるまでは黙っているに越したことはない。 徒然草 第七十九段 何事も入りたゝぬさましたるぞよき。よき人は、知りたる事とて、さのみ知り顔にやは言ふ

何事に関しても素人のふりをしていれば良い。知識人であれば、自分の専門だからと言って得意げな顔で語り出すことはない。中途半端な田舎者に限って、全ての方面において、何でもかんでも知ったかぶりをする。聞けば、こちらが恥ずかしくなるような話しぶりだが、彼等は自分の事を「偉い」と思っているから、余計にたちが悪い。
自分が詳しい分野の事は、用心して語らず、相手から何か質問されるまでは黙っているに越したことはない。
徒然草 第七十九段

何事も入りたゝぬさましたるぞよき。よき人は、知りたる事とて、さのみ知り顔にやは言ふ。片田舎よりさし出でたる人こそ、万の道に心得たるよしのさしいらへはすれ。されば、世に恥づかしきかたもあれど、自らもいみじと思へる気色、かたくななり。
よくわきまへたる道には、必ず口重く、問はぬ限りは言はぬこそ、いみじけれ。

ーーーーー
知識や思考というものは他人を傷つけるところがあるから、注意が必要である。
テストでバツをもらうのと似たような体験をさせてしまい、
あとあとまで恨まれることもある。


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オーロラの写真はだいたいいつもピントが甘いように感じるが ピントは無限大に決まっているし 山などはきちんと写っているのだから ピントの問題ではないようだ

オーロラの写真はだいたいいつもピントが甘いように感じるが
ピントは無限大に決まっているし
山などはきちんと写っているのだから
ピントの問題ではないようだ

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戦争をしたい人の一部は儲かるから戦争をしたいのだ ただそれだけである

戦争をしたい人の一部は儲かるから戦争をしたいのだ
ただそれだけである

我々、現在生きている人間は、とにかく、生き残ったわけだ
DNAの観点から言えば結局戦争が好きに決まっているのかもしれない
その点ではただ戦争が好きで勝負が好きで勝ち負けを決めたい生き物だとも言える

古い人骨に残る痛々しい傷跡

歴史上何人かいた、
税金を払うなら生きていてもよいとした征服者はやはり一段進歩した脳を持っていたのだろう
普通征服者は殺す、奴隷化する、混血児を産ませるなどをして、時間がたつごとに
乱暴者が文化人になりたくなり、一時的におとなしくなり、
そのすきに、別の野蛮人が戦いを挑み、王国は滅ぼされ、
しかし文化は継承される

平家のあとの源氏とかもそんなふうだろう

ーーー
法師のみにもあらず、上達部・殿上人・上ざままで、おしなべて、武を好む人多かり。徒然草第八十段

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見る機能、あるいは感覚全般は不思議なもので たとえば桜を見たら、つぎに柳に、沈丁花に、さらにはあじさいにと心をつなげている しみじみと見ることも見ることであるが 一目見て終わり、あとは見ることを夢見て待つことが 見ることの主成分と言っていい部分もあるのではないかと思う 感覚の総合の一つの形は恋愛であるが それもまた実際に見る前の、夢見て待つ時間が主成分かもしれない そのあとは生活の中で愛を育てるなどというのであるが 簡単ではない

見る機能、あるいは感覚全般は不思議なもので
たとえば桜を見たら、つぎに柳に、沈丁花に、さらにはあじさいにと心をつなげている
しみじみと見ることも見ることであるが
一目見て終わり、あとは見ることを夢見て待つことが
見ることの主成分と言っていい部分もあるのではないかと思う

感覚の総合の一つの形は恋愛であるが
それもまた実際に見る前の、夢見て待つ時間が主成分かもしれない

そのあとは生活の中で愛を育てるなどというのであるが
簡単ではない

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“ある結論に飛びついてしまうと、人はそれを支持する情報に注目し、それを否定するものや、最初の判断と合致しないものはすべて無視してしまう。”

“ある結論に飛びついてしまうと、人はそれを支持する情報に注目し、それを否定するものや、最初の判断と合致しないものはすべて無視してしまう。”

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しやせまし、せずやあらましと思ふ事は、おほようは、せぬはよきなり。

徒然草第98段:尊きひじりの言ひ置きける事を書き付けて、一言芳談(いちごんほうだん)とかや名づけたる草子を見侍りしに、心に合ひて覚えし事ども。 

一、 しやせまし、せずやあらましと思ふ事は、おほようは、せぬはよきなり。 

一、 後世を思はん者は、糂汰瓶(じんだがめ)一つも持つまじきことなり。持経・本尊に至るまで、よき物を持つ、よしなき事なり。 

一、 遁世者は、なきにことかけぬやうを計ひて過ぐる、最上のやうにてあるなり。 

一、 上臈(じょうろう)は下臈(げろう)に成り、智者は愚者に成り、徳人は貧に成り、能ある人は無能に成るべきなり。 

一、 仏道を願ふといふは、別の事なし。暇ある身になりて、世の事を心にかけぬを、第一の道とす。 

この外もありし事ども、覚えず。

ーーーーー
尊い僧侶(聖)が言い残した言葉を集めた『一言芳談』とかいう本を見つけたので、心に残って覚えた言葉を書き留めておこう。 

一、するかしないか、しないのもいいかなと思う事なら、大体しないほうが良い。(明禅法印の言葉) 

一、後世のことを考えるなら、糠味噌を入れる瓶の一つすらも持ってはいけない。お経や仏像に至るまで、良いものを持っている理由など無い。(俊乗房の言葉) 

一、遁世者は、何も無い事を欠かさないように過ごす、何も無いのが最上である。(解脱上人の言葉) 

一、身分の高い貴族は下郎になり、賢者は愚者となり、長者は貧者になり、能ある人は無能になるというのが煩悩が無くなって望ましい。(聖光上人の言葉) 

一、仏の道は特別なものではない、暇人になって、世間の雑事を気に掛けないというのが第一の道である。(松蔭の顕性房の言葉) 

その他にも色々書いてあったが、忘れた。

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何もしないとか無能になるとかを目標として生きている人を
養っていけるだけの剰余生産があったということか

人生も長くなったし
いろんな情報も増えたし
なにかやってみても良いと思う


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ぼろぼろ

宿河原といふ所にて、ぼろぼろ多く集まりて、九品の念仏を申しけるに、外より入り来たるぼろぼろの、「もし、この御中に、いろをし房と申すぼろやおはします」と尋ねければ、その中より、「いろをし、こゝに候ふ。かくのたまふは、誰そ」と答ふれば、「しら梵字と申す者なり。己れが師、なにがしと申しし人、東国にて、いろをしと申すぼろに殺されけりと承りしかば、その人に逢ひ奉りて、恨み申さばやと思ひて、尋ね申すなり」と言ふ。いろをし、「ゆゝしくも尋ねおはしたり。さる事侍りき。こゝにて対面し奉らば、道場を汚し侍るべし。前の河原へ参りあはん。あなかしこ、わきざしたち、いづ方をもみつぎ給ふな。あまたのわづらひにならば、仏事の妨げに侍るべし」と言ひ定めて、二人、河原へ出であひて、心行くばかりに貫き合ひて、共に死ににけり。
ぼろぼろといふもの、昔はなかりけるにや。近き世に、ぼろんじ・梵字・漢字など云ひける者、その始めなりけるとかや。世を捨てたるに似て我執深く、仏道を願ふに似て闘諍を事とす。放逸・無慙の有様なれども、死を軽くして、少しもなづまざるかたのいさぎよく覚えて、人の語りしまゝに書き付け侍るなり。
徒然草 第百十五段

宿河原という所に、ぼろぼろという無宿渡世人が大勢集まって、死んだら地獄に堕ちないように念仏を唱えていた。外から入って来たぼろぼろが、「もしかしてこの中に、いろをし房というぼろぼろはいらっしゃいますか?」と尋ねた。中から「いろをしはここにいるが、そう聞くお前は何者だ?」と尋ね返したので、「私は、しら梵字という者です。私の師匠の何某が、東京でいろをしと名乗る者に殺されたと聞いたので、その人に会って恨みを晴らそうと尋ねたのです」と答えた。いろをしは「それは、ようこそ。そんなこともあったかも知れないが、ここで向かい合ったら道場が汚れる。表の河原に出ろ。周りの野次馬ども、助太刀無用。大勢の迷惑になると折角の法事も台無しだ」と話を付けて、二人は河原に出て、思い切り刺し合って共倒れた。
昔は、ぼろぼろなどいなかった。最近になって、ぼろんじ、梵字、漢字と名乗る者が現れて、それが始まりだという。世捨て人のように見えて、自分勝手で、仏の下部のふりをしているが、戦いのエキスパートだ。無頼放蕩で乱暴者だが、命を粗末にし、いつでも死ねるのが清々しいので、人から聞いた話をそのまま書いた。


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古舘伊知郎VS古賀茂明 2015年3月27日報道ステーション

NHKの9時のニュースでドイツの副操縦士に医師が操縦禁止の書類を出していたとか聞いて
そのあとで大越、井上、広瀬の各氏がお別れのあいさつをして
いつかまたテレビで会いましょうと語った

そのあと副操縦士はどうしたんだろうかと思いつつ
テレビ朝日の報道ステーションをみたら
副操縦士についての新しい情報は特になく
サウジアラビアがイエメン空爆と伝え
キャスターの古館氏が解説の古賀氏に話を振ったら
古賀氏がいろいろ攻撃されてやめることになったとか挨拶を始め
古館氏はそれを遮り、とりあえず解説しろとかいう場面があり、
とても感情的なやりとりで見ている方は驚き

古賀氏は、辞めさせられるのは、官邸からの電話と、
テレ朝会長と古館プロジェクト会長のせいだと語り、
「ちょっと待ってください!古賀さん!ちょっと待ってください!
私は今のお話、承服できません」
というようなエモーショナルな話に展開
楽屋で「古賀さんの思い描いているような事にならなくてもうしわけない」と
という意味のことで古館氏は謝罪したという、
「しかし、もうテレビに出られないとか、そうじゃないと思いますよ」というと
古賀氏は「録音がありますから出してもいいですよ」と言い
古館氏も「それならこちらもそうするしかありませんが」
などといい
結局最後のほうで古賀氏が「裏で圧力を掛けるのはやめて欲しい」と言っていた

何が起こっているんだろう
古賀氏が降板するのはもうずいぶん前から言われていたことだし
直接の原因は「I am not ABE」だろう。

今日も、テレ朝の人に作ってもらうのは申し訳ないので自分で作ってきたと言って
「I am not ABE」の白黒の印刷物を広げて見せていたくらいだ

番組上層部の決定として、結局菅官房長官とは喧嘩できない、官邸の言うとおりにしよう、
となったとして、それが目立たなくなるように、特別番組での起用とか、時間をおいてまたご活躍を、
とか考えていたのが、
古賀氏がそんなようなハシゴの外し方はないじゃないかと怒り、暴露しようと思った
あるいは正確な暴露ではなくても、とても陰湿な問題があるのだと告知しようと思ったということなのだろうか

ーーー
古賀氏が官邸と対決しようと主張し
テレ朝幹部、古館プロジェクトは、官邸と手打ちしながら、少しだけ左でやっていこう、
古賀氏にも役割があるだろう、という程度に考えていたとしたら
そしてその役割の点で、口約束がどんどん変化してしまったということは考えられる

担当プロデューサーが更迭と古賀市は言い、配置転換と古館氏はいっていた。

ーーー
それにしても、いまは衆知を集めて日米ガイドライン・安倍政権に対抗するときではないか
野党の仲間割れのようなことを演じて見せてどうするのか

ーーー
官邸側から、最後の挨拶で、古賀氏に「誤解もいろいろあった。官邸の立場も分かる。
今後は誤解のないよう、ミスリードのないよう、注意する」位の事を言わせて締めるというのが
指令としてきていたかもしれない。

ーーー
しかし腑に落ちないのは、古賀氏が何かそれほど重要人物なのだろうか?
スノーデンでもないし。ごく常識的に、原発は反対、官僚支配を打破、天下り反対、などを語っていた人のように思う。
それが生々しい内輪もめをニュースショーの中で披露するとは驚きであった。

ーーー
古賀氏のツイッター

《恵村順一郎さん》報道ステーションレギュラーコメンテーター(月~木)降板発表。番組リニューアルというが実質は更迭。26日限りです。昨年10月の番組審議会(テレ朝の組織)で見城徹委員長(幻冬舎社長)が恵村さんを尋常でない言葉で攻撃。何が起きてた?報ステが報ステでなくなる日?

3月27日(金)報道ステーションに出演します(多分)これが最後です。恵村さんに続き、番組チーフプロデューサーM氏も明日で更迭。これまでの素晴らしい映像をよく見てください。全部M氏が官邸や幹部の圧力と闘って作った作品。こちら⇒ http://www.tv-asahi.co.jp/dap/bangumi/hst/feature/ …



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秋はうつ状態がふさわしい 春は躁状態のうれしさもあるがうつ状態の憂いもあり 躁うつ混合状態がふさわしい

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ポアロとかマープルとか放映されているが 先日のマープルでは ダウントン・アビーでマシュー役で活躍している男優が出ていた また別の回では シャーロック・ホームズの最新シリーズでホームズを演じている男優が若い姿で出ていた

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