So-net無料ブログ作成
検索選択

“ その昔、とある国に行ったときのこと。 その街には、運河が多くあり 運河を渡る道路のあちこちに、車が路上駐車をしていた。 しかし、道路の両端には、柵のようなものはなかった。 路駐でミスったら、運河に落ちてしまうし 路駐じゃなくても、運転をミスったら、運河に落ちてしまう。 訊くと、「そんなものはいらない」という。 「そんなものはジャマだし、景観・美観を損ねてしまう」、と言う。 「道路から落ちるようなヤツが悪いんだし そんなヤツのために、なんで柵が必要なんだ?」と笑っていた。 また、とある国の



その昔、とある国に行ったときのこと。

その街には、運河が多くあり
運河を渡る道路のあちこちに、車が路上駐車をしていた。
しかし、道路の両端には、柵のようなものはなかった。

路駐でミスったら、運河に落ちてしまうし
路駐じゃなくても、運転をミスったら、運河に落ちてしまう。

訊くと、「そんなものはいらない」という。

「そんなものはジャマだし、景観・美観を損ねてしまう」、と言う。
「道路から落ちるようなヤツが悪いんだし
そんなヤツのために、なんで柵が必要なんだ?」と笑っていた。


また、とある国の空港でのこと。

ビジネスクラスのラウンジで、飛行機を待っていた。
なぜだか、ものすごく居心地がよかった。
そういえば、ものすごく静かだった。

空港のラウンジというのは、落ち着けるようで落ち着けない。
というのは、「196便ローマ行き、搭乗開始しました」なんていう
アナウンスの声が、常に響いているからだ。
しかし、そこには、アナウンスが流れることはなかった。
気付けば、スタッフがうろうろと歩いている姿もない。

ラウンジを出るときに訊くと、「そんなものはいらない」という。

「自分でチケットを見て時間を見て、時間になったら
 自分からゲートに向かえばいいし、ギリギリまでいたければ
 ディスプレイの表示を確認すればいい」と言う。


なんて、大人なんだろう、と思った。

なんて、大人の社会だろう、と思った。



ーーー
“【コラム・日本の吹奏楽に質問あり!】先日のミッドウエスクリニックでコンクールなどのDVDを見たであろう何名かの外国人に「なぜ日本人は高い技術を持ちながら勝手に出版されている楽譜を変更して演奏するのですか?」と尋ねられました。私はコンクールのカットや多少の工夫のことだと思い「制限時間があるので仕方が無いんですよ、でも勝手ではなく最近は作曲・編曲者に許諾を取るようになってきていますよ、委嘱作品の場合はバンドと協議しながら作っていく場合もありますし」と。しかし質問は別のところにあり「では楽章を入れ変えたりして演奏するのは?その楽器の生徒がいるにも関わらず他の楽器で吹かせているのは教育的?明らかに作曲者の意図とは思えない過剰な効果が加えられているのは?もしかすると日本では楽曲を団体独自に編曲することも評価の対象?」と耳が痛くなるような問いが続きます。これは決して日本への否定ではなく、あくまでも我々の考え方と習慣に興味を示しての純粋な質問です。これらに関しては私自身も教育現場の状況やコンクールの特性を理解し、相談を受けると〝許諾〟をしてきた作曲家の一人でもあり「コンクールなので仕方がない…」と納得してきた面でもありました。ですがグレーゾーンであった課題曲の音変えが出来なくなった今後は自由曲で益々の独自アピールが予想されるでしょう。私の作品ではありませんが「○○学校がやったバージョンでやっています」と聞くことも少なくなく、楽譜から自分たちが探求した結果で効果を加えるならともかく、他の団体のアイディアを表面上のみ真似しているであろう団体も実際にはあるでしょう。恐らく理由は「模範とする団体が金賞だったから」。これらの状況や気持ちは吹奏楽経験者である私には理解出来る反面、この核心的な理由を外国人に話してしまうと誰もが認める世界最高水準の日本の吹奏楽レベルが「芸術では無い安っぽいもの」と思われる気がして言えなかったのです…。”

ーーー
“「正しさ」はどんどん先鋭化して、「異端を排除する」ことにばかり向かっていく”

ーーー
“エレベーターで見ず知らずの人と一緒になった時、無意識のうちに上を向いてしまいます。 これは、パーソナルスペースに他人が入り込むと、身の危険を感じ、その防衛本能からストレスを感じてしまうためです。


そのストレスを紛らわすために、エレベーターで上を向いてしまうのではないか!と考えられてます。 ちなみに、この心理を応用したのが電車の中にある広告です。上のほうに広告があるのは、人間が無意識に抱くストレスを利用しています。”

ーーー
だいたい厨房から二十歳前後に聞いた曲がじぶんのルーツで
そこから大きく外れた曲は聞かないし聞けないのが普通
オッサンがCD買わなくなる理由はこれ


ーーー
“(都築響一)これはいま、独居老人って日本語でいちばん悲しい響きを持つものだと思うんですよ。『見守らなきゃ』とかいろいろね。だけど、僕がいままで取材で出会った独居老人の人、めちゃめちゃ元気なんですよ。みんなね。

(小林悠)おいくつぐらいなんですか?だいたい。

(都築響一)70代から90代ぐらいですけど。

(小林悠)90代で一人暮らしの方、いらっしゃるんですか?

(都築響一)全員一人暮らしで。好きこのんで一人暮らしをしていて。収入はぜんぜん無いと。無いっていうかみなさん本当に慎ましいっていうか、むしろ貧乏みたいな暮らしなんだけど、ストレスもないんですよ。

(玉袋筋太郎)あー、それはいいな。

(都築響一)いま老人の自殺とかね、結構問題になってますけど。老人の自殺でいちばん多いのって、三世帯同居なんですよ。”

ーーー
“役職ついてる人がポジティブな事ばかり言うのは仕事の一部であり、成果を引き出すためにやってるポジショントークです。ごく普通の事ですね”







共通テーマ:日記・雑感

【 日本で台頭する危険な国家主義 】ニューヨークタイムズ社説

就任以来、『対外危機』を作り上げ、煽り続けた安倍政権
靖国参拝は国民に対する宣伝工作が、うまくいっているかどうかを確認するための試金石
アジア社会の信頼、平和、そして未来を破壊する安倍首相の政策

論説委員会 / ニューヨークタイムズ 12月27日

安倍靖国NY
権力の座に返り咲いて1年となる12月26日、安倍晋三首相が、日本の戦没者を祀る神社であり、第二次世界大戦中の戦犯を合祀していることで論争の的となっている神社靖国を参拝しました。

中国と韓国は直ちにこの参拝を厳しく批判、アメリカ合衆国もこれに同調しました。

諸外国が日本の侵略主義、そして植民地支配の象徴とみなす靖国神社への安倍首相の参拝は、すでに緊張関係にあった対中国、対韓国との外交関係を一層悪化させることになりました。
アメリカ合衆国大使館は、「日本の指導者が近隣諸国との緊張を悪化させるような行動を取ったことに、米国政府は失望している。」との声明を公式ウェブサイトに掲載しました。

問題は、エイブさんがなぜ現在靖国を訪問することを決心したかという点にあります。
前回日本の首相が靖国神社を参拝してから7年が経ちましたが、中国と韓国がともにその存在自体を快く思わない神社に、参拝すれば中韓両国との外交関係に必ず悪影響を及ぼすと解っていながら、なぜ参拝を行ったのでしょうか?

中国、そして韓国と日本の外交関係は、2000年代中頃より現在の方が尚悪くなっています。

安倍氏が初めて首相に就任したのは2006-7の間でしたが、2012年2度目の首相になった時から、中国と韓国の指導者は安倍首相との会見を拒否し続けてきました。

ひとつは東シナ海に浮かぶ尖閣諸島をめぐる領土問題、もうひとつは第二次世界大戦中、日本軍兵士の性的奴隷とされた韓国の従軍慰安婦の問題のためです。
逆説的に、中国、韓国がこうした態度を明確にして圧力をかけているからこそ、安倍首相が靖国参拝に踏み切ったという事が言えます。

尖閣諸島問題について中国側が徹底して対決姿勢をとったことは、日本国民に中国の軍事的脅威について信じ込ませるために、日本政府にとっては極めて好都合なことでした。

安倍首相の目標到達点の一つは、どこで領土紛争が発生しても直ちに軍事力を行使できるように日本の軍備の形を変えてしまうことです。
そのために安倍首相はこの一年間中国側が日本に送り続けた様々なサインを無視し続けましたが、中国の『強硬姿勢』を内外にアピールし続けることで、その事実を隠すことが出来たのです。


靖国参拝は、そうした国民に対する宣伝工作がうまくいっているかどうかを確認するための、作業の一部だったという事が言えます。

日本が従軍慰安婦問題に真摯に向き合おうとしない態度に対する韓国側の厳しい批判が延々と続いている事、そしてパク・クネ大統領が安倍首相との会談を拒否し続けている態度は、日本の一般国民に対し、韓国に対する不信感を植えつける事になりました。
それは世論調査の結果、日本人回答者の約半数が、韓国もまた日本に対する「軍事的脅威」であるとする結果に表れています。
日本人有権者のそうした意識は、安倍首相に中国政府や韓国政府の反応にとらわれる事無く、思い通りに振る舞う自由を与える事になりました。

日本の主要な日刊新聞である毎日新聞、朝日新聞、読売新聞の3紙は、安倍首相の就任以来、靖国参拝には否定的な論調を続けてきました。
もっと重要な問題、それは安倍首相やその取り巻きの国家主義者にとって何より大切なはずの存在である今上天皇が、前代の昭和天皇同様、靖国神社参拝を拒否している事です。

安倍首相が最終的に目指すもの、それは現在の平和憲法を書き換える事です。
この憲法は第二次世界大戦後のアメリカ軍による占領期間に交付されたもので、国家の交戦権を禁じています。
そして天皇は憲法の定めにより国政に参加する権限は持っていませんが、今上天皇もまた日本が戦争する事を認めてはいないのです。


安倍首相が靖国神社参拝を行う数日前、今上天皇は80歳の誕生日を祝う席上、「平和と民主主義の大切な価値」を守り続けるため、1945年に平和憲法を制定した人々に対する「深い感謝の念」を表明されたのです。

このような状況を考えれば、中国と韓国は歴史の解釈の問題について、日本国内に賛同者を見つける事は可能です。
中国も韓国も安倍首相と会談する機会を設け、正面から立ち向かうべきなのです。
これ以上会談を拒否し続ければ、安倍首相がさらに思い通りの政策を実現するための口実を与えることになってしまいます。

日本の軍事的な冒険は、アメリカの支持が無ければ可能ではありません。
アメリカ政府は安倍首相のやり方が、北東アジア地区にどんな恩恵も与えない事をはっきりとさせる必要があります。

アジアの建設的な未来は、国家間の信頼関係を築いていく事の中にこそあります。
安倍首相の行動は、その信頼と未来とを次々と破壊していく行為に他ならないのです。

http://www.nytimes.com/2013/12/27/opinion/risky-nationalism-in-japan.html?ref=asia

共通テーマ:日記・雑感

思考は人類に与えられた究極の娯楽だ、と思う。 お金かからないし、身体ひとつでできるし、場所も選ばない。考えてもわからないことばかりだから永遠に楽しめるし、なによりおもしろい。 私が本を読むこと、電車に乗ること、散歩をすることが好きなのも、言うなればそれが「考える」のに最適な状況だからだ。適度に材料が入ってきて、適度に雑念が消えて、適度にまとまった時間であるという、これ以上ない条件がそろってる。 朝は特に脳の調子がいいので思考がはかどる。通勤途中、ニュースで仕入れたネタについてあれこれ考えながら歩いて

思考は人類に与えられた究極の娯楽だ、と思う。

お金かからないし、身体ひとつでできるし、場所も選ばない。考えてもわからないことばかりだから永遠に楽しめるし、なによりおもしろい。

私が本を読むこと、電車に乗ること、散歩をすることが好きなのも、言うなればそれが「考える」のに最適な状況だからだ。適度に材料が入ってきて、適度に雑念が消えて、適度にまとまった時間であるという、これ以上ない条件がそろってる。

朝は特に脳の調子がいいので思考がはかどる。通勤途中、ニュースで仕入れたネタについてあれこれ考えながら歩いているときに知人に話しかけられると、相手にとっては唐突にわけのわからない話をふってしまうのが難点といえば難点だろうか。

ーーー
“愛するって実は孤独な作業. コツコツと愛せ.”

ーーー
“●交通事故で死ぬ確率 0.003%
●過労で死ぬ確率 0.0003%
●合コンで出会った相手と結婚する確率 8.8%
●社内恋愛する確率 37.5%
●夫が浮気している確率 50%
●結婚できない確率 12.6%
●プロ野球選手と結婚できる確率 0.001%
●できちゃった結婚する確率 63.3%
●夫の収入が妻より低い確率 4.1%
●婿養子になる確率 1.4%
●ほぼ毎日セックスしている確率 3.3%
●Jリーグ選手になれる確率 0.18%
●ニートになる確率 2.2%
●正社員ではなくなる確率 28%
●転職で給料が上がる確率 55.6%
●年収1000万円以上稼ぐ確率 7.3%
●都心に新築マンションを購入できる確率 0.4%
●定年後もいまの生活水準を保てる確率 12.9%
●ホームレスになる確率 0.02%
●自己破産する確率 1.5%
●オレオレ詐欺でだまされる確率 0.008%
●保険金目当てに殺される確率 0.00002%
●盗聴されている確率 12.9%
●裁判員に選ばれる確率 0.02%
●震度6以上の地震に見舞われる確率 86.3%
●エレベーターに閉じ込められる確率 1.8%
●落雷被害にあう確率 0.00003%”

ーーー


お母さんはご飯を作る
毎日毎日ご飯を作る

食べてしまって消えてしまう物に
お母さん達は愛情を注ぐ

子供が元気に育ってくれるように
夫が健康を損なわぬように
お母さん達は毎日消えてゆく食事を作る

その偉大さは変わらない

食べて消えてしまう物に注がれる愛情は
子供の記憶から消える事は無い


ーーー


私は現在26歳の大学院生、男です。
私は少年院に通っていました。

スレタイは通ってましたの方が良かったかもしれませんね。
今でも昨日の事のように思い出されます。

中学一年の頃、私は虐めにあいました。
初めて受けた屈辱に自分の弱さが大嫌いになりました。

小学生の頃、私は勉強も出来るほうでスポーツもかなり得意でした。
そのためか割りと友達も多く順風満帆といった感じの生活を送っていました。

その頃から理論物理に非常に関心を持っていたため将来は大学教授になるのが夢でした。
親にもよく話をしていました。すると親は、
「そんな勉強したいなら中学も受験したら?」
と言いました。私はあんまり考えもせず「受験」という言葉に惹かれて私立の受験を決意
してしまったのです。
小学6年の7月のことでした。

小学生最後の夏休み私は大手の進学塾に通いよく勉強しました。
そこの塾は皆優秀で同じ私立中学を目指す友達も多くいました。
7月から入塾したためなかなか話し相手が見つからず、休み時間は静かなものでした。
周りの話し声を遠くに聞きながら机の上でよく社会の年表をみて過ごしたものです。

学校の知り合いは一人もいません。
夏休みの或る日全国模擬テストが開催されました。

「努力の甲斐あってか塾内では3位という好成績をとることが出来ました。
塾では一気に有名になり、これを機に多くの友達も増えました。

母親はどちらかと言うと甘い人で昔から若干親馬鹿といった感じでしょうか、この時も
異様なまで私を褒めちぎるのです。私もとても嬉しく次も頑張ろうと思いました。
一方父親は寡黙な人で褒めることなんてありません。

翌日から塾では休み時間に友達と弁当を食べたり話したり出来るようになり塾でも学校でも
本当に楽しい日が続きました。

そして中学受験。倍率は7.8倍とかなり高かったのですが何とか合格出来たのです。
家ではお祝いもし、私はこれから始まる中学生活は希望で満ち溢れていました。

中学ではやはり塾と同じように知り合いは見当たりません。
小学校からエスカレーターであがってきた生徒が多く校区出身の生徒はあまりいません。
私のような校区出身者は静かに席に座っている人が多かったです。


でも私は皆とお喋りをしたりするのが大好きなので何回も自分から友達を作ろうと話しかけたりも
しました。でもそう上手くはいかず、約1ヶ月半そのような状態が続きました。
そして最初の中間テスト。
各教科の担当の先生は成績優秀者を上から数名挙げる人が多く私は理科と数学で名を挙げられ
ました。顔には出せませんが心の中では本当に万歳でした。
塾の時と同じようにこれでまた友達が出来るのではないか」
とも思いました。
その翌日からです。すべてが狂い始めたのは。

私はいつものように席に座ります。しかしいつもと何か違う。
机の中の教科書が一冊もありません。
そればかりかロッカーの中の体操服も。
それからというものやたら物が無くなっていきました。
小学時代は全てが上手くいき何も問題なく過ごしてきたのでまさか虐めなどとは思いもしませんでした。
しかしそんな私でも実際に暴力を受ければ気付きます。
最初のうちは頭をうしろからしばかれる程度でした。
段々度が増してきて背後から膝で背中を蹴られたりし呼吸が出来なくなる事もありました。
私は学校が嫌いになりました。


でも親はいつものように親馬鹿ぶりを見せるのでまさか虐めなんて事は言えません。
なるべく家では明るく振り舞うように努力しました。
一学期が終わりになる頃、私はとうとう虐められているグループ(10人ほど)に呼び出されました。
こうして対面して何かを話すのは初めてです。今度は何をされるのかと怖さ故に足がガクガクしました。


虐めグループ「これからお前はクラスで一番下の位になれ。」

私はそれを聞いた時、正直ホッとしました。これで済むのなら何てこと無いなと思ったからです。

   私    「うん、わかった。」
虐めグループ「あとこれを読め」

そう言って一枚の紙を手渡し去っていきました。
私は脱力感に見舞われその場に座ってしまい、手渡された紙に目を通しました。
私は目を疑いました。紙には次のような事が書かれてありました。

1・毎日必ず上納金を渡す。
2・サンドバックは抵抗してはならない。
3・誰の言うことにも「はい。」と返事をしろ。
4・タメ口を使うな。
5・弁当を食べてはいけない。
6・自分から話しかけてはいけない。
7・召使として精一杯努力しろ。
8・口外するな。
9・前を通るときは失礼しますと言え。
10・以上の事を守れなければ即処刑。

最後の「処刑」という言葉に私は恐怖を感じた


次の日から受ける虐めは強くなりました。
今まではどちらかと言うと無視や物を盗られるのが多かったんですがそれからは、
あからさまに殴られるようになりました。
朝教室に入ると髪を掴まれトイレで袋にされたり水をかけられたり鼻や口からよく
血を出したものです。顔は目立つからと言ってわき腹を殴られることが多く、何度も
地面に倒れ呼吸困難になりながら上から蹴りをくらいました。

夏休みに入り勉強合宿というのが始まりました。
そこは学校とは違い皆開放された感じで虐めも酷くなりました。


食堂のような所でも虐めを受けました。私のご飯は茶碗に半分の白飯だけです。
二日間で食べたご飯は約茶碗3杯程度。流石に空腹に耐え切れず食堂の係員さん
に頼んで残り物のご飯を頂きました。
当然合宿先で風呂に入れてくれません。私は雑用係を任され片付けや掃除をよくしました。
寝る時も床です。しかし硬い床でもゆっくり休めるので本当に落ち着ける貴重な時間でした。

二学期が始まってもいっこう酷くなりました。


或る日の弁当の時間のこと。
母親は毎日きちんと弁当を作ってくれているのですがいつものように食べさせてはくれません。
しかしその日はいつも以上でした。
弁当を机の上にひっくり返されその上に牛乳を撒かれ髪を掴まれ顔をその上に叩きつけられました。
しかし驚いたのはその後の事です。
一部始終見ていた担任が発した言葉です。
「おいOO(私の苗字)。ちゃんと雑巾で拭いとけよ。」


私は全てから見放されホントに絶望を感じました。
そしてこの頃からでしょうか、私の心の中に憎しみがこみ上げてきたのは。

教師とは全く何の力にはなってくれませんね。
別に助けを借りようなんて思いませんがこの人格を問いたくなります。
今までは虐めグループに対し恐怖の念しかありませんでしたが、段々仕返しという気持ちに変わって
いくのです。


二学期も終わりを迎え大分、虐めにも慣れてきました。
が私の怒りは決して風化することはありません。

そんな鬱憤たまったある日、いつものように私は痣が残るまで輪にされ暴行を受けていました。
そして虐めグループの副リーダーがある事を口走ったのです。

「こいつの弟もボコボコにしちゃおうか?えっ?」

私はこの一言で「こいつを殺らなければ弟がやられる。」と思いました。


しかし身体の大きい人ばかりのグループだったのでまさか正々堂々戦えるわけがありません。
その週の土曜、私は少し離れた街へでかけバタフライナイフとスタンガンを購入しました。
後から、何故思いとどまることが出来なかったか何度も自問しましたが、このときは弟を巻き添えにしようとした、あいつが憎くて仕方なく無我夢中でした。

二日後の月曜、朝っぱらから私はリンチに遭いました。(体育館の倉庫の中です)
約5~6分でしょうか、暴行され続け、私は今しかないと思いました。


ポケットに入れていたスタンガンで輪を作っている4人全員に反撃しました。
物凄い音とその場に倒れる虐めグループに戸惑いはしましたが中途半端にすると後が怖いので思うがままにしました。
3人は痙攣し、指や足先がピクピクしていたのを覚えています。しかしあと一人は上手く当たりませんでした。私は義務感とも言うべきか逃げ腰のその一人の首を目掛けて失神するまでスタンガンを当て続けました。
しかし本当の戦いはここからです。私は覚悟を決め体育館入り口にいるリーダーと副リーダーに制裁を加えようと思い、倉庫を出ました。しかし倉庫内の音は外にはなかなか漏れないようでターゲットの二人は、気づいていないようでした。


私はズボンのポケットに入れていたバタフライナイフを出し、まずリーダーに襲い掛かりました。
逃げられたらいけないと思い、太ももを切りつけました。
リーダーの叫び声が響き渡ります。と同時に登校してきた女子生徒の悲鳴も聞こえたような気がします。
人が集まる前にやらなければと(冷静でした)思い足を切りつけた後、胸板から腰にかけてナイフで
約50cmほどシャットやりました。血が滲み出てきてリーダーは喘いでいました。
とそのとき形相を変えた副リーダーが背後から肘鉄で背骨を攻撃してきたのです。
私は激しい痛みと意識が飛びそうになるのを耐えてカウンター気味に両手でしっかり持ったナイフで腹部を
思いっきり刺しました。ナイフが刺さったままそいつの口から血が出てきてその場に倒れました。
思っていたよりナイフは簡単に刺さりました。副リーダーは運良く冬服を着ていなかったからでしょう。
そのあともがく副リーダーの意識を飛ばすために1秒ほどスタンガンをあて私は倉庫へ逃げました。


3分ほどの出来事でした。倉庫へ戻った私は今までされた事と、弟を狙おうとした憎しみを倉庫に居る
虐めグループにぶつけ何度も何度も泣きながらのしかかって殴りつけました。

そして少しして私は誰かから口頭部を殴られました。体育教師でした。

その後はもうほとんど記憶はありません。
何日も何日も調書作成のためにしつこく質問されて私はもうその学校の生徒ではなくなり、鑑別所に入れられ幾多と精神分析をされ少年院に入れられました。


母親は倒れ精神科へ通院が必要となり半年起きに面会に来る父親はもうほとんど口を聞いてはくれません。

リーダーは全治1.5ヶ月で副リーダーは内臓からによる出血多量で意識不明の重体で一週間後に亡くなったそうです。

私は13歳にして人殺しになりました。

少年院の中で私は静かに暮らしていました。
プールの授業などは本当に楽しかったです。学校では顔を水の中に押し付けられ多くの水を飲まされ吐くこともありました。ここではそんな事はありません。


何人か友達も出来ました。しかし皆、決して自分の過去について話すことはありませんでした。
でもその友達は喧嘩をして何度も反省室に入れさせられていました。

(反省室とはほとんど光が入らず寝るスペースしかなく猫が出入りするような小さな小窓から時間が来れば
飯が出てくるだけ、というまさに静寂と孤独の空間でした。一週間居れさせられます。)

一年半が経ち私は外の世界に出ることが出来ました。
私は人殺しという荷を背負ってこれ以上親族に迷惑をかけないよう独りで上京し遅れながら高校へ進学しました。


父に学費を払っていただいたがやはり生活できないため朝昼は仕事、夜は学校という生活を続けました。

しかし、定時制の授業だけあってなかなか大学に合格できるだけの授業はしてくれません。
私は独学ながら頑張って勉強しました。

高校3年になろうかと言う頃、夜学校から帰りポストを覗くと珍しく手紙が一通入っていました。
父親からの手紙でした。


「いきなりですまない。
嫌がらずに最後まで読んでくれ。

昔から勉強もよく出来て何も習わさずにいたがスポーツも優秀でそんな息子を俺は何よりも誇りにしていた。俺はお前を叱った記憶はほとんどいない。それも信用をしていたためだ。
言わずもがな。お前は物分りが良かったから敢えて俺は何も言う必要はなかった。
母さんはあの日勉強を頑張るお前のためにと年末旅行を計画していた。
しかし連行されたお前の話を聞いた母さんは倒れ入院した。
もう何日も寝込んでやっとまともに話が出来るようになったのだが精神がいかれてしまい今度は精神病院へ行った。
この時、俺は正直お前が憎かった。我が子ながら俺の愛する母さんにこんな目を遭わせたお前が憎かった。


しかし警察の調査によって段々俺にも報告が来るようになった。
俺はそれを聞いたとき涙が止まらなかった。
もし俺がお前だとしても、やはり家族にそんなかっこ悪いとこ見せられないだろうからいえなかったと思う。
そんなお前に気づいてやれない俺には父親の資格はない。そんな事は今更という感じだが、何度も何度も面会のときに謝ろうとしたんだが、情けない俺は何も言えずにただただお前の話を聴くだけしかできなかった。面会が終わり部屋を出ると俺は崩れ落ち餓鬼のように泣いた。
地面に拳をぶつけ悔しさと辛さで居た堪れない気持ちでいっぱいだった。
自分の息子をこんな形でしか気持ちを伝えられない俺は本当に駄目な親だと思っている。
しかし、俺は今お前に会う勇気はない。俺は、かいまお前を憎みさえした。
見す見す息子が暴行受けているのを見逃す親だ。お前も会いたくはなかろう。


すまなかった。
金銭面だけしか援助してやれないが俺を許してくれ。
お前ときちんと会話したのはもう4年以上も前だ。
これだけ愛する我が子なのに会うことが出来ないのは本当につらい。
ひょっとしたらもう一生話すことが出来ないかもしれない。
しかし俺はお前を世界で一番の自慢の息子だと誇りを持って言える。
どんな事があっても自慢の息子だ。

雑筆で長くなってすまんかった。じゃぁ健康に気をつけて頑張ってくれな。」
父親の手紙は涙で所々ボールペンの字で滲んでいました。
私もその手紙を読みながら夜通し泣き続けました。
今までで一番父親を側に感じることが出来た瞬間かもしれません。
何度も何度も私はこんな息子を愛してくれている父親にお礼を言いました。


それから二年が経ち一浪し旧帝国大学に何とか合格することが出来ました。

大学では割りと自由に行動でき、充実していました。
家庭教師をしながらボロアパートで友達と同居していました。
そんなある日、私はポロッと前科があることを友達に口外しました。
あまり隠しておきたくはなかったんですが無意識の内に喋ってしまい私も同居している友人も一瞬、戸惑いはしましたが、そのまま会話は続き内心ホッとしていました。

翌日は日曜で特に用事も無く私はここぞとばかりに昼近くまで眠っていました。
少し寝すぎたと思いながらふと目をサマストいつもは狭いと感じていたアパートの一室が妙に広いのです。


辺りを見回すと一枚の紙切れと一か月分の家賃が置かれてありました。同居している友人からでした。

私の前科のことは触れていませんでしたが、明らかにそのことで出て行ったのでしょう。
一人の大切な友人を失いはしたのですが私はそれでいいと思います。
このように自分に対してしっかり気持ちを伝えてくれる友達が居たことは嬉しかったです。

それから半年が経った冬の日、故郷の病院から電話がありました。
私は新幹線に乗って雪の降る中急いで帰省しました。

もう病院へ着いたときは集中治療室で面会謝絶でした。脳・心臓疾患だそうです。


数日後、父は過労死で他界しました。結局手紙の通り父との会話は小学6年生の時が最後でした。

通夜、葬儀は速やかに行われました。
葬儀が終わりようやく一段落し、弟とゆっくり話す機会が出来たのです。
本当に久しぶりで色々謝らなければならない事もありこれからの事も話し合おうと思い声をかけようとした時、弟から、

「もう縁を切ってくれ。あと3ヵ月後結婚をするんだが呼ぶつもりはない。」

と言われました。私はこの一言でこの世の唯一の家族を失ったのでした。


仕方ないことかもしれません。犯罪者が同じ家族に居ればどれだけの迷惑がかかるかしれません。
弟のためとはいえ人を殺した事実は変わらないので私は素直に弟に従いました。
「迷惑をかけて申し訳なかった」
と言い、私はその場を去りました。
もう親戚も私に関わることありませんでした。

しばらく父の遺産と家庭教師のアルバイトと夜中の土方仕事で学費を払っていたのですが、流石に将来の不安もあり故郷の実家にかかる固定資産税も馬鹿にならないので親不孝と思いつつ取り壊すことに決めました。


久しぶりに実家に戻るとポストの中には「死ね」「犯罪者」「魔物一族」などの書かれた紙で溢れていました。
私にはいつ何処でも犯罪者というものを回帰させてくれるものがあります。

部屋に入るとひんやりした空気が私の肌を刺激しました。
昔、私が生活していた空間を目の当たりにしながら家族の笑い声が耳の中でこだまします。
昭和の頃から使われていた円い円卓は変わらず堂々と居間に座っています。

全て私が家族と過ごした最後の日と変わっていませんでした。

私は思わず泣き崩れました。
あの幸せな日々は一体何処へ行ってしまったのだろうか。
もう一度だけこの円卓で家族と夕飯を囲みたい。
幸せだった小学生の頃・・・。
後悔の念が込み上げてきてやっと離れていった家族を実感してきました。
独りだけどやっていけるなんて強がっているふりをしていましたが、私は今でも家族が好きだ。

私のせいで母は精神が滅入ってしまい衰弱死。
私のせいで父に心配をかけ無理をして過労死。
そして犯罪者の弟とレッテル張られ楽しい生活を失った弟。

みんな私の責任です。私は自分の大切な物を自分の手によって失ったのです。


私は決して戻らない家族と離れることが嫌で仕方ありませんでした。
その家族と語りつくせないほどの多くの思い出が詰まるこの家が恋しくて2、3日此処で生活していました。

しかし自業自得。私は家族と気持ちの上でも別れる決意をしました。
もうお別れです。生前全くお礼を言うことが出来なかった父に深くお礼を言い、私の事を本当に大事にしてくれて可愛がってくれた母に感謝の気持ちをこめたお礼をし、何も兄らしい事をしてやれず更に一生迷惑をかけてしまった弟にも謝罪をし、その家をあとにしました。

家は取り壊され、そこは草一本生えていない空き地と化しました。もう何も残ってはいません。


今、私には家族も親戚もいない。友達もいない。恋人もいない。
あるのは履歴書に残る前科と未だ消えることのない、いや一生消えることのない人殺しという代名詞。
自分の手によって決断したあの若き頃の事件。それも永久に私に付き纏うだろう。

私は中学生にして人を殺した。

院(大学院)の研究室でそれを知る者は私以外にはいない。
知る必要もない。私は一生独りで生きていくからだ。
家族の幸せと同級生の人生を破壊した私に命があるだけまだ神に感謝すべきである。
何も贅沢は言わない。勿論結婚などはしない。

私は凶悪犯罪者であり殺人者だ。

私は本来なら世のため弟のため遺族のため死ぬべきなのかもしれない。
自分でも誰のために生きているのか解からない。

もし後世があるのなら、私は家族の温かみを一生の宝物にするつもりだ。
もう家族の笑顔を失いたくはない。

私はまだ未熟でこんな形でしか虐めを止める術を知りませんでした。
しかし確実に虐めは無くなりますが、一生を変えてしまいます。
家族というのは身近にいると何でもない存在ではありますが、私は、
ある日を境に家族を失いました。
家族のいない、誰からも相手にされない孤独がどれほど辛いか解って
頂きたかったです。

ーーー
無理な仕事を頑張るのはプロじゃない。
無理な仕事を事前に無理と判断できるのがプロ。

共通テーマ:日記・雑感

人は集団になると戦争をしたくなる 集団の敵を作り、危機感を醸成することで 下位の人間を操縦できる 人間を支配するために戦争が有効なのだ 別の目標でもいいのだけれど、 戦争は最も根本的な危機演出だと思う だから戦争屋はなくならない 暴力はいけませんという人が、具体的な暴力に対する抑止力を持っているとは思えない 暴力に対する抑止力は暴力しかないというのでは、暴力の悪循環であり、エスカレートである 市民生活で暴力を否定できるのは 警察権力という国家的暴力が保持されているからだ ーーー 言葉は真実を伝え

人は集団になると戦争をしたくなる
集団の敵を作り、危機感を醸成することで
下位の人間を操縦できる
人間を支配するために戦争が有効なのだ

別の目標でもいいのだけれど、
戦争は最も根本的な危機演出だと思う

だから戦争屋はなくならない

暴力はいけませんという人が、具体的な暴力に対する抑止力を持っているとは思えない
暴力に対する抑止力は暴力しかないというのでは、暴力の悪循環であり、エスカレートである

市民生活で暴力を否定できるのは
警察権力という国家的暴力が保持されているからだ

ーーー
言葉は真実を伝え知恵を伝えるが嘘をつく道具でもある。
映像も。

ーーー
“普通というのは個人のフィルターが掛かり過ぎて、本当なら中央値を普通と呼ぶべきなのに、平均値を普通と呼んでいると思います。現代は価値基準が高騰しているので平均値は偏差値55程度になってしまっている感じがあります。偏差値55というのは上位30.8%。つまり普通の人は3割しかいなくなる”

ーーー
“・いまだに「イジメられるのは弱いからだ」「イジメられたらやり返せ」「イジメられる方にも原因がある」と考える大人がたくさんいます。しかし、今は時代が違います。スマホやネットが普及し、子供たちのイジメの方法や質も、より陰湿なものに変化しました。それをよく理解できず、軽くあしらってしまえば、子供は親に相談してもムダだとあきらめてしまいます。先生にも同じようにあしらわれたら、もう誰も助けてくれないと絶望してしまいます。”

ーーー
“女性は一ヶ月に4回 性格が変わる。女性ホルモンは大きく分けて一ヶ月に4種類。どんよりとネガティブな一週間、きらきらしてスケベな一週間、冷静をとりもどす一週間、いかりに満ちた一週間。 責めないで、女だってツライんだもの。”

ーーー


愛しいダーリンに出た、急な出張命令。手早くパッキングを済ませたいこんな事態が発生したら、さあ、あなたの出番です。

早い上に機能的、そんなパーフェクトパッキング術を披露すれば、彼は即座に感心。すなわち、あなたの評価はうなぎのぼり確実なのであります!

参考にするのは、動画サイトYouTubeに投稿されていた、男性向け、パッキングのためのライフハック。男性に向けられたものとはいえ、女性にとっても参考になるアイデアが満載なので、知っておいて決して損はありませんよ~。

1 市販の布ラックに入れた洋服を、そのままラックごとトランクの中へ。

2 畳んだYシャツの襟元に丸めたベルトをIN、先ほどのラックの上へ。

3 液漏れしないよう、シャンプーなどを詰め替えた小瓶の蓋との間にラップを1枚かませておきましょう。

4 ビッグクリップを、カミソリのカバー代わりに。

5 充電器やUSBケーブルは、これまたビッグクリップで各々まとめて、サングラスケースの中へ。

6 3~5および歯ブラシなどを、トランクの空いたところへ入れましょう。

7 ジャケットは裏返しに畳むと汚れ・しわ防止に。これを6の上へON。

8 ラゲッジタグとして名刺を使用、最後にトランクを閉めたら、準備完了! 

いかがです? 「市販の布ラックをそのまま利用する」「ジャケットは裏返しに畳む」などは目からウロコ、すぐにでもマネしたい良アイデアですよねぇ。出張はもちろん、短期旅行の際にも、ぜひ参考にしてみてはいかがでしょうか。


ーーー
“「人見知りなんです」って自己申告してくる人の相当数が人の心に入ってくるの妙に上手い点を見るに単にアレは自身が付き合う人間を極端に厳選してるだけ”  

ーーー


かゆみは肌から来る。

原因は2つある。

■汗

http://www.huffingtonpost.jp/2013/06/07/mhl1304_allergen_for_atopic_dermatitis_patients_n_3400523.html

最新の研究で、汗によって皮膚表面のカビのタンパク質が溶け出して肌に染み込んでアレルギーを引き起こすらしい。

自分も、前々から汗が関係あると思ってた。

この記事を読んでそれが確信に変わった。

それで、なるべく汗をかかないようにし、常にハンカチを持ち歩いて汗をかいたら速攻で体を拭くようにした。

これだけで夏場のアトピーは劇的によくなった。

■乾燥

乾燥によって肌のバリアー機能がなくなり、刺激に過敏になってかゆくなる。

1日2回保湿する。

保湿はワセリン(油)を塗るだけではだめで、水分を潤うための保湿剤(ビーソフテン)も併用する。

これで冬場のアトピーはだいぶよくなった。


ーーー
“女性にモテないのではなく、人間に好かれないのだろう?そうだろう?私もだ。”

ーーー


「人生何でも好きなことをやりなさい」という教えも、間違いなのだと思う。

本来教えるべき、できれば学校で教えるべきありかたというのは、「好きなことで食べていけるよう、よく考えなさい」ということなのだと思う。

「やること」の中には「食べていくこと」が含まれて、「好きなことをやりなさい」という教えかたのほうが、より広い価値が含まれているけれど、 「それで食べる」以外の方向には、未来がない。


ーーー


それにしても、不思議に思う。あれほど政治や社会を熱く語ることを毛嫌いし、冷淡だった人たちが、今にしてなぜ、こうもナショナリズムに入れ込んでしまうのか。

さまざまな理由が複合する中で、私が強く感じるのは、みんな、絶対に傷つかないアイデンティティーを渇望しているんだな、ということである。

ナショナリズムは、それを信奉する人に一つのアイデンティティーを与えてくれる。「日本人である」というアイデンティティーである。このアイデンティティーの素晴らしいところは、決して傷つかないこと。日本社会の中で生きている限り、日本人だという理由でバッシングを受けることはない。そういう理由で批判をしてくるのは、近隣の外国であり、それに対しては「日本人」同士でまとまって反論することができる。だから、自分一人だけが傷つくことはない。

「自分は日本人なんだ、日本人はまじめで粘り強く頭がよく、規律正しく団結力があって、サムライ的な腹をくくれる強さがあって、苦境を乗り越える力を持っている、そんな日本人の一員なのだ」。そう考えれば、自分が個人として抱いている劣等感も消え、強い存在になったかのように感じられる。生まれたときから「日本人」である以上、これは最初から自分に備わっている性質で消えることはなく、しかも仲間がたくさんいて、この感覚をわかり合える。いつでもどこでも孤立することなく「日本人」同士でつながっていられて、居場所を失うこともない。

そのような魔法のアイデンティティーを、ナショナリズムという信仰は用意してくれるのである。信じさえすれば、「日本人」でいられる。信仰を得た者はもはや、個人である以前に「日本人」なのだ。

今や同調圧力は、職場や学校の小さな集団で「同じであれ」と要求するだけでなく、もっと巨大な単位で、「日本人であれ」と要求してくる。「愛国心」という名の同調圧力である。「日本人」を信仰するためには、個人であることを捨てなければならない。我を張って個人であることにこだわり続けた結果、はみ出し孤立し攻撃のターゲットになり自我を破壊されるぐらいなら、自分であることをやめて「日本人」に加わり、その中に溶け込んで安心を得たほうが、どれほど楽なことか。

自分を捨ててでも「もう傷つきたくない」と思うほど、この社会の人たちはいっぱいいっぱいなのだと思う。長年の経済的な停滞と労働環境の悪化、それに伴う人間関係の破壊、いつか人生を転落するんじゃないかという恒常的な不安などがつのっていたところに、大震災と原発事故が起こった。その巨大な喪失感は何年たっても埋められず、希望を抱ける要素は何もなく、心は不安定で、感情の揺れを抑えられない。多くの人が、自覚のあるなしにかかわらず、そんな存在の危機にある。私自身も涙もろく怒りっぽくなった。

限界ギリギリで持ちこたえていることに疲れきり、もう落ち着きたい、安心したい、穏やかでいたいと、安定を求める気持ちが高まるのは、当然だろう。これ以上悲観的なニュースや将来像は見たくないと心身が悲鳴を上げ、現実から目をそらす。そうして無関心が広がっていく。


ーーー
“蛇の交尾は濃厚なことで知られ、雌雄がのたうち回りながら数時間以上をかけて縄のように絡まり合い、撚り合わさって交尾しながらさらに数時間から数十時間のたうつ。私の知り合いは山で突然、樹上から巨大な白蛇と黒蛇の絡まったのがドサッと落ちてくるのに遭遇し、心底ギョッとしたという。この姿をかたどったのが注連縄である。”

ーーー
“人は何か仕事をするために生きているわけではないし、社会に貢献するために存在するのでもないよ。”

ーーー


人間は、蓄積がモノを言う。

 その道10年の奴と、今期から手を出しました、では勝負にならない。
 新卒と、ベテランに同じ戦力は求めない。

 歩いてきた道は嘘をつかないし、知っている道は早足で抜けることが出来る。落ちた落とし穴は2度目以降は警戒する。

 これは、「貯めてる奴が、貯めてる分野では強い」という当たり前の話であって、じゃあ若者は勝負にならないかというとそういう話ではない。

「貯める気がある奴が強い」

 若者だろうが、今まで蓄積が無かろうが「貯める気があればどこまでも蓄積されていく」。

 教える側からすれば、
 貯める気のある奴には、突っ込んでモノを教えるし、考え方を教える。
 貯める気の無い奴には、近道と結果だけを出す方法しか教えない。

 教える方だってコストが高いんだから、蓄積する気の無い奴を相手にしてられないわけだ。

 教えてもらう側もこれは一緒だ。
 教えてもらう側になった時は「蓄積する気がある/ない」を明確にするのがいい。

 蓄積する必要がなければ、単純な手順だけ覚えてショートカットすればいい。
 蓄積する必要があれば、仕組みと考え方を理解しないといけない。

 それが明確なら教える方のコストだって明確だ。覚える気のない相手に、懇切丁寧に教える必要もなくなる。

(大事な事なので角度を変えて2回書きました)

 世の中の、やる事、やれる事の量はもう、とんでもないので。
 すべてを覚える事は不可能だ。

 ただし、何かをやろうとしたら、自分が出来ない事を出来る人の世話には必ずなる。
 自分にない蓄積をしている人はリスペクトしたい。




共通テーマ:日記・雑感

しとしとと、降り続く雨に耐えることで、治癒は進行する

雨を貯める木というのがありまして
雨が降った時に雨宿りをしても雨にぬれることはない
豊かな葉は雨のしずくをたっぷりと貯めこむ
その後で時間が経つに連れて
雨のしずくが少しずつ樹の下に降り続く
それは空からの雨がやんでしまってからもしばらく
少しずつ長時間に渡り、樹の下では雨が降っている

ーーーーー
人の心に起こる傷と底からの心の傷の治癒はこの雨の樹と似ていると思う
電気で言えばコンデンサーのようなものだ
一度にたくさんを貯めこんで、時間を欠けて徐々に回復してゆく

そういえば、傷に対しての人間の反応はやはり似ていて、
傷を受けるのは一瞬であるが、その後時間をかけて少しずつ修復のプロセスが進行する。

一度、傷は傷として、受け止める機能が心にはあるらしい。

ーーー
しとしとと、降り続く雨に耐えることで、治癒は進行する



共通テーマ:日記・雑感

陰性症状でのみ構成されるシゾフレニーと 発達障害、あるいは自閉性障害とをどのように区別するかの問題については いったん成長が完了し、そこから崩壊が始まるものをシゾフレニー、 成長が完了せず、いまだ発達途上にあるものを発達障害と 一応区別しているのだが それは概念上のことであって、実際には難しい

陰性症状でのみ構成されるシゾフレニーと
発達障害、あるいは自閉性障害とをどのように区別するかの問題については
いったん成長が完了し、そこから崩壊が始まるものをシゾフレニー、
成長が完了せず、いまだ発達途上にあるものを発達障害と
一応区別しているのだが
それは概念上のことであって、実際には難しい

特に、学校自体には何も問題がなかったのに、
会社で働くようになって、作業能率、対人関係、生活習慣などで問題が出ている場合、
区別も難しい場合がある

昔はシゾフレニーの過剰診断が問題
現在は発達障害の過剰診断が問題

詳細な生育歴が必須であるがそれが難しい

共通テーマ:日記・雑感

境界性パーソナリティは「単一疾患」なのか? Is Borderline Personality a Disorder? 今回の家族集積性研究では「単一疾患」であることが示唆されたが、本研究結果は慎重に解釈する必要がある。 DSM-Ⅴの作成に向けて、パーソナリティ障害のカテゴリー診断を廃止し、その代わり、パーソナリティ機能障害のdimensionに重視するべきだとの提案がなされている。Gundersonらによる本研究は、カテゴリー診断による境界性パーソナリティ障害(BPD)と、BPDの構成要素にどの程度

境界性パーソナリティは「単一疾患」なのか?

Is Borderline Personality a Disorder?

今回の家族集積性研究では「単一疾患」であることが示唆されたが、本研究結果は慎重に解釈する必要がある。

DSM-Ⅴの作成に向けて、パーソナリティ障害のカテゴリー診断を廃止し、その代わり、パーソナリティ機能障害のdimensionに重視するべきだとの提案がなされている。Gundersonらによる本研究は、カテゴリー診断による境界性パーソナリティ障害(BPD)と、BPDの構成要素にどの程度の家族性が存在するのかを検討し、BPD診断の普遍性について検討したものである。対象は、DSM-Ⅳ診断基準およびRevised Diagnostic Interview for Borderlinesの両方を満たしBPDと診断された女性132例、BPDの既往歴がない女性134例、大うつ病を有する女性102例、これらの女性の同胞(兄弟姉妹)と親885例である。

参加者全員についてカテゴリー診断を決定し、BPDの構成要素である情動、対人関係、行動、認知の4領域を評価した。その結果、BPD発端者-近親者ペアおよびBPD発端者の第1度近親者ペア全体では、BPD発端者がいない家族集団の近親者ペアに比べ、BPDの有病率が高かったが(それぞれリスク比 2.9と3.9)、相関性は中等度であった。BPDの構成要素の各領域(とくに情動、対人関係の領域)に関しても、BPD発端者を有する集団の近親者ペアにおいて同様の結果が得られた。

コメント
BPDを構成する4領域に比べ、カテゴリー診断によるBPD(以下「BPD診断」とする)において強い家族集積性の傾向を認めたことから、BPD診断は家族性であり、また、一般に環境要因の共有度がまったく同じとは考えられない親-子ペアおよび同胞ペアにおいてリスク比が同様であったことから、主に遺伝要因が関与している、との見解を示している。しかしながら、著者らが推定したBPD診断の遺伝率(55~74%)および診断面接時の評価者間の一致率は、パーソナリティ障害やいわゆる家族性疾患(双極性障害など)に関する他の研究とはかなり異なる。BPDの構成要素の特定領域(情動、対人関係の不安定)にも家族性が認められており、それがBPD診断に見かけ上の家族集積性を与えた可能性もある。さらに、BPD診断が今回検討されていないBPDの構成要素の領域との相関を表すマーカーであるとも考えられる。著者らは、BPDにおける家族環境の影響は軽微であるとの見解を示しているが、他の研究では環境要因が大多数の精神疾患(パーソナリティ障害の大部分は確実に該当する)に影響を及ぼすとの相反する知見が示されている。これらを総括して、パーソナリティ障害の診断分類は、特定のパーソナリティ障害の診断よりも、思考、感情や対人関係の制御異常という包括的な次元を取り込むことになるであろうとコメントしている。

—Steven Dubovsky, MD
掲載:Journal Watch Psychiatry August 22, 2011


共通テーマ:日記・雑感

親と突然死別した子どもにおける悲嘆の過程 Trajectories of Grief in Suddenly Bereaved Children 遺児の半数は親との死別後1年以内に悲嘆の作業(喪の作業)を終えるが、残りの半数は葛藤をかかえ、10%の子どもが3年以内に悲嘆から回復できない。 米国では子どもの20人に1人が18歳以下で親との死別を経験している。Melhemらによる本論文は、ピッツバーグにおいて慎重に実施された一般住民を対象とする縦断的研究の報告であり、自殺、不慮の事故による死亡、あるいは予

親と突然死別した子どもにおける悲嘆の過程
Trajectories of Grief in Suddenly Bereaved Children

遺児の半数は親との死別後1年以内に悲嘆の作業(喪の作業)を終えるが、残りの半数は葛藤をかかえ、10%の子どもが3年以内に悲嘆から回復できない。

米国では子どもの20人に1人が18歳以下で親との死別を経験している。Melhemらによる本論文は、ピッツバーグにおいて慎重に実施された一般住民を対象とする縦断的研究の報告であり、自殺、不慮の事故による死亡、あるいは予期せぬ自然死で親と死別した子ども183人(年齢7~18歳)について調査が行われた。

研究者らは死別から9、21、33ヵ月後に面接を実施し、悲嘆の重症度とその経時的な変化に基づき3種類の悲嘆反応を特定した。グループ1(n=107)では9ヵ月後のInventory of Complicated Grief(ICG)スコアがもっとも低く、経時的に有意に低下した。グループ2(n=56)ではICGスコアが他2群の中間にあり、経時的な低下は緩徐であった。グループ3(n=19)ではICGスコアがもっとも高く、経時的な変化がみられなかった。グループ1に比べ、グループ2と3では死別後3年間におけるうつ病の発症率および若年発症率、何らかの機能障害発現の頻度がおよそ3倍高かった。グループ2と3に分類される予測因子としては、親の死因が不慮の事故であることや、親との死別9ヵ月後に子どもみずからがうつ状態を訴える場合が挙げられた。グループ3への分類に関する予測因子としては、さらにうつ病の既往、9ヵ月後の何らかの機能障害、外傷後ストレス障害(PTSD)の発症が挙げられた。生存している片親のICG重症度および複雑性悲嘆は、子どものうつ病発症の予測因子となった。

コメント
本研究では以下の注目すべき知見が示された:(1)多くの子どもは親との死別から1年経過しても深い悲嘆の状態にある。(2)重度の悲嘆はうつ病の発症リスクを上昇させる。(3)生存している片親の悲嘆が回復していないと子どもの悲嘆の回復を妨げる。本調査は純然たる疫学調査であるとはいえないが、大規模集団調査では得られない臨床的示唆に富んだ結果を提示しており、親の自殺および事故死は人口統計学的にピッツバーグの一般集団と同様であった。臨床医は、親と死別した小児患者のうつ病発症予防の為に、未回復の悲嘆に積極的に取り組む必要があり、子どもの悲嘆回復のためにも、生存している片親にも治療導入を促すべきである。


共通テーマ:日記・雑感

CIAの武器は、巨額のカネだった。彼らが日本で雇ったエージェントのうち、もっとも大きな働きをしたのは、岸信介と児玉誉士夫だった。児玉は中国の闇市場で稀少金属の取引を行い、1.75億ドルの財産をもっていた。米軍は、児玉の闇ネットワークを通じて大量のタングステンを調達し、1280万ドル以上を支払った。 しかし児玉は、情報提供者としては役に立たなかった。この点で主要な役割を果たしたのは、岸だった。彼はグルー元駐日大使などCIA関係者と戦時中から連絡をとっていたので、CIAは情報源として使えるとみて、

採録

NYタイムズで20年以上、CIAを取材してきた専門記者が、膨大な資料と関係者の証言をもとに、その歴史を描いたもの。全体として、CIAが莫大な資金とエネルギーをつぎ込みながら、肝心のオペレーションではほとんど失敗してきた(最新の例がイラク戦争)ことが明らかにされている。日本についての記述は少ないが、第12章では、終戦後CIAがどうやって日本を冷戦の前線基地に仕立てていったかが明らかにされている。

    CIAの武器は、巨額のカネだった。彼らが日本で雇ったエージェントのうち、もっとも大きな働きをしたのは、岸信介と児玉誉士夫だった。児玉は中国の闇市場で稀少金属の取引を行い、1.75億ドルの財産をもっていた。米軍は、児玉の闇ネットワークを通じて大量のタングステンを調達し、1280万ドル以上を支払った。

    しかし児玉は、情報提供者としては役に立たなかった。この点で主要な役割を果たしたのは、岸だった。彼はグルー元駐日大使などCIA関係者と戦時中から連絡をとっていたので、CIAは情報源として使えるとみて、マッカーサーを説得して彼をA級戦犯リストから外させ、エージェントとして雇った。岸は児玉ともつながっており、彼の資金やCIAの資金を使って自民党の政治家を買収し、党内でのし上がった。

    1955年8月、ダレス国務長官は岸と会い、東アジアの共産化から日本を守るための協力を要請した。そのためには日本の保守勢力が団結することが重要で、それに必要な資金協力は惜しまないと語った。岸は、その資金を使って11月に保守合同を実現し、1957年には首相になった。その後も、日米安保条約の改定や沖縄返還にあたってもCIAの資金援助が大きな役割を果たした。

    CIAの資金供与は1970年代まで続き、「構造汚職」の原因となった。CIAの東京支局長だったフェルドマンはこう語っている:「占領体制のもとでは、われわれは日本を直接統治した。その後は、ちょっと違う方法で統治してきたのだ」

岸がCIAに買収されたのではないかという疑惑は、昔からあったが、本書は公開された文書と実名の情報源によってそれを実証した点に意義がある。

共通テーマ:日記・雑感

近年の分裂病の軽症化を説明 昔は、田舎で育って、子供時代を田舎の環境に合わせて適応した。レセプターもそのように調整した。 そんな人が都会に出たりすると、バックグラウンドの刺激が大きい。パンクしやすくなる。つまりドーパミン過剰になりやすくなる。 現代では、田舎も都会もテレビなどの影響で、バックグラウンド刺激が大きくなっている。この場合に思春期になって都会に出たとしても、さほどの変化があるわけではない。 つまり、田舎も騒がしくなって、心配するほどのレセプター過剰にはならないと考えられる。

近年の分裂病の軽症化を説明

昔は、田舎で育って、子供時代を田舎の環境に合わせて適応した。レセプターもそのように調整した。

そんな人が都会に出たりすると、バックグラウンドの刺激が大きい。パンクしやすくなる。つまりドーパミン過剰になりやすくなる。

現代では、田舎も都会もテレビなどの影響で、バックグラウンド刺激が大きくなっている。この場合に思春期になって都会に出たとしても、さほどの変化があるわけではない。

つまり、田舎も騒がしくなって、心配するほどのレセプター過剰にはならないと考えられる。

その結果、統合失調症は軽症化している


共通テーマ:日記・雑感

ま、大丈夫だよ、なるようになるから なるようにしかならんのも確かだけれど

ま、大丈夫だよ、なるようになるから

なるようにしかならんのも確かだけれど

人生の法則はそんなに深くないん、た、たぶん

共通テーマ:日記・雑感

自作すればうずら入れ放題だけど 数が多ければいいわけじゃない気がする 1個だからそそるんだと思う” — 中華丼に一つだけ入ってるうずらの卵ってなんであんなに美味しいんだろう

自作すればうずら入れ放題だけど
数が多ければいいわけじゃない気がする
1個だからそそるんだと思う”
中華丼に一つだけ入ってるうずらの卵ってなんであんなに美味しいんだろう


共通テーマ:日記・雑感

“ホメオパシーとか代替医療にはまる母親とかって、愛する子供の危機に自分が主体的に関われない無力感に耐えられなくて、医者のいいなりではなくて自分が状況をコントロールできるようになりたくて、ああいうものに飛びついてしまうのではないかと思う。”

“ホメオパシーとか代替医療にはまる母親とかって、愛する子供の危機に自分が主体的に関われない無力感に耐えられなくて、医者のいいなりではなくて自分が状況をコントロールできるようになりたくて、ああいうものに飛びついてしまうのではないかと思う。”

ーーー
心理的にも興味深いプロセスがあると思う。
医者の説明はよく理解できない、一方、代替療法の説明はよく理解できて腑に落ちる、
まあ、それは正確に理解するというわけではなくて、
地動説よりは天動説が腑に落ちるという意味で、よく理解できるのだろう

しかたがないといえばしかたのないことで
理解できる→主体的に関わることが出来る→大部分は自然治癒するものだからあまり影響はない→経済的損失はあるが、お金を使った分だけ、主体性や自己決定感という点では満足できる



共通テーマ:日記・雑感

“軽蔑は防御の作法。関わらないのはもっと上等な作法。”

“軽蔑は防御の作法。関わらないのはもっと上等な作法。”

共通テーマ:日記・雑感

“つくる時にこわれた時の美しさをも想像する” こういう言葉の並べ方になにか感じる

“つくる時にこわれた時の美しさをも想像する”
こういう言葉の並べ方になにか感じる


共通テーマ:日記・雑感

沖縄県仲井真県知事、埋め立て承認記者会見 原稿もうまく読めない様子だ 心を隠すことは難しい 原稿の言葉とは別に 知事の態度・表出が雄弁に何かを語っている

2013-12-27、沖縄県仲井真県知事、埋め立て承認記者会見
原稿もうまく読めない様子だ
心を隠すことは難しい

原稿の言葉とは別に
知事の態度・表出が雄弁に何かを語っている

共通テーマ:日記・雑感

沖縄県の仲井真知事は首相官邸での会談で安倍晋三首相が説明した政府の基地負担軽減策や沖縄振興策を「驚くべき立派な内容だ」と評価。「いい正月になりそうだ」。 27日名護市辺野古の埋め立て申請を正式受け入れ表明。

沖縄県の仲井真知事は首相官邸での会談で安倍晋三首相が説明した政府の基地負担軽減策や沖縄振興策を「驚くべき立派な内容だ」と評価。「いい正月になりそうだ」。
27日名護市辺野古の埋め立て申請を正式受け入れ表明。


共通テーマ:日記・雑感

電気けいれん療法、記憶消去実験で成果―オランダの神経科学者

 オランダの神経科学者らが、ヒトの脳に電流を流し、辛い記憶を消去する実験を行い、その成果を22日発行の専門誌「ネーチャー・ニューロサイエンス」に掲載した。これは、トラウマ(心的外傷)や精神障害、薬物中毒などの疾患に対する治療改善に向けた野心的な探求の一環である。

 実験では、患者はつらい話を聞かされ写真を見せられる。1週間後に電気けいれん療法(ECT)を受けた後、話を思い出してもらう。その結果、話は完全に記憶から消えていたことが分かった。実験を主導したオランダ・ラドバウド大学ナイメーヘン校の神経科学者Mrijn Kroes博士は「かなり強い影響がある」と、成果をあげたことを明らかにした。

 かつては、記憶がいったん脳に定着すると、ずっと保持され変わらいないと見られていた。不安障害の患者は、新たな記憶を組み込むことで不安に打ち勝つよう治療された。だがそれでも古い記憶は残り、いつ思い出すのかわからないとされていた。

 しかし10年ほど前に、実験用のマウスに恐怖を覚えた出来事を想起させたところ、その出来事の記憶は一時的に不安定になったように見えたが、何もしなければ2度目にはその記憶は定着したことが分かった。これが、再固定化(リコンソリデーション)と呼ばれるプロセスである。

 ところが、再固定化のプロセスを妨害する薬剤をマウスの脳に直接注入すると、恐怖の記憶はすべて消去されたものの、その他の記憶は消去されなかった。

 ヒトの記憶の固定化のプロセスを妨害することができるかどうかは難しいとみられていた。ヒトの脳に薬剤を注入するのは危険なことだからだ。Kroes博士らはその問題を避けられる方法を見いだした。

 同博士らの実験は、ECTを受けている深刻な鬱病患者39人を対象に行われた。これら患者は、ナレーションとともにコンピューター画面に映し出された2件のつらい話の写真を見せられた。1つは、自動車事故に遭った子供が手術で足を切断せざるを得なくなったというもの。もう1つは、姉妹が誘拐され、いたずらされたという話だった。

 1週間後、39人は無作為に3グループに分けられた。39人はつらい物語のうちの一方について詳細を思い起こす(リアクティベート)ようさせられる。

 Aグループはその直後にECTを施され、翌日に両方の話をどの程度覚えているか複数回答のテストを受けた。すると、リアクティベートを行っていない方の話については詳細をほとんど思い出した。

 しかしリアクティベートを行った話は記憶が極めてあいまいで、当てずっぽうといってもいいものだった。

 Bグループは、ECTを施された後、すぐに記憶テストを受けた。同グループの患者の記憶は両方の話とも完全だった。このことは、記憶に損傷を与えるには時間が掛かることをうかがわせる。

 CグループはECTを受けなかった。このグループは記憶がむしろはっきりした。これは、リアクティベーションもECTも記憶の再固定化を妨げ、ヒトの記憶を混乱させることを示している。


共通テーマ:日記・雑感

感謝の気持ちを持つ子供の育て方―「ありがとう」は大きな宝物

 ブランステンズ家の今風の白いダイニングテーブルでは、家族が手をとって毎晩、祈りをささげる。

 8歳のアリエールちゃんは、亡くなった祖父のホレスさんに感謝の気持ちを示す。祖父がどれだけユーモアがあったかを振り返り、「いなくなって寂しい」と話す。夕食に招かれていた小学3年生の友達も「私はこのソーセージに感謝します」と続ける。アリエールちゃんの母親で教育関連の非営利団体で働くリーラさんと夫で弁護士のピーターさんは、思わず笑みを浮かべずにはいられない。サンフランシスコに住む夫妻は、これ以上の台本は書けなかっただろう。大きなことにしても小さなことにしても、物事に感謝する気持ちを持つこと――これが子供たちがこうしたことを口にする理由だ。

 感謝をささげることはもはや、ホリデーシーズンの行事ではなくなっている。子供たちの感謝の気持ちに関する調査が増えている。これまでの調査結果では、この問題に力を入れたいという親たちの直感が的を得ていることが示されている。自分がいかに恵まれているかをよく考える子供たちは明確な恩恵を受けることになる。

 
A field of research on gratitude in kids is emerging, and early findings show that kids who literally count their blessings show concrete benefits. Diana Kapp explains on Lunch Break. Photo: Getty Images.

 感謝の気持ちはまるで筋肉のように働く。わざわざ時間を割いて幸運であることに気づくと、感謝の気持ちが増すことがある。感謝の気持ちが少ない人々も、協調的な努力から最も多くを得る。イースタン・ワシントン大学の心理学教授フィリップ・ワトキンズ氏は「感謝療法は、こうした感謝の気持ちが最も少ない人々に最も効果がある」と話す。

関連記事 

子供の前でけんかをする際の心得
優秀な遺伝子も打ち負かし得る貧困―知能を左右するのは環境
妊娠中のナッツ摂取、子供のアレルギー予防に役立つ可能性
 スクール・サイコロジー・レビューに来年発表される予定の研究によると、寛大さの概念に関する1週間に及ぶ課程を受講した122人の小学生に、感謝の気持ちが育った。高まった感謝の気持ちは行動に反映された。このカリキュラムを受講した小学生の44%がお礼のカードを書くことを選んだ。一方、受講しなかった子供たちのグループの中でお礼のカードを書いたのは25%だった。

 カリフォルニア大学デービス校の心理学教授ロバート・エモンズ氏は「美徳は教えられるものではなく、習得するものだという古い格言が当てはまる」と指摘する。「親たちには耳が痛いだろうが、自分たち自身が持っていないものを自分の子供に与えることはできない」と語る。

 ワトキンズ博士はこれは明らかなようだが、多くの親には理解しがたいことだと話す。同氏は「われわれ大人が認識すべき最も重要なことは、私たちがそれほど感謝の念にあふれていないということだ」と述べている。

 調査では、感謝の言葉を述べるという行為だけでも実際の恩恵があることが示されている。ジャーナル・オブ・スクール・サイコロジー誌に発表された221人の子供を対象とする2008年の調査で、6年生と中学1年生に2週間におよび毎日、感謝することを5つリストアップするよう指示し、結果を分析した。3週間後には、5つの困ったことをリストアップするよう指示を受けた子供たちと比較して、学校についての見方が改善するとともに、生活に対する満足度も高まったことが示された。

 別の調査はニューヨーク市郊外の高校生1035人を対象に調査した。ジャーナル・オブ・ハッピネス・スタディーズに2010年に発表されたこの調査では、たとえば、自然の美に対する感謝の気持ちや他人に対する感謝など、強い感謝の気持ちを示した生徒たちのほうが感謝の念が少ない生徒たちよりも、学校の成績が良く、落ち込みや羨望の念が少なく、ものの見方がポジティブであることが分かった。

 さらに、物の購入や所有と成功や幸福を強く関連付ける高校生たちは学校の成績があまり良くなく、落ち込んだりネガティブな見方をしたりすることが多いことが報告された。ホフストラ大学の心理学準教授で、この研究結果の共同執筆者であるジェフリー・フローフ氏は「実利主義は、まるでちょうど鏡のように、感謝の念の正反対の効果がある」との見方を示す。

 オンラインショッピングでモノを手に入れることが容易になったため、商品価値も一段と認識しにくくなる可能性がある。米メリーランド州ベセスダの商業不動産向け金融会社ウォーカー・アンド・ダンロップを率いるウィリー・ウォーカー氏は「いまどき、子供のうちの1人が新しい靴が必要だとなると、妻はザッポス・ドットコム(靴を中心としたアパレル関連の通販)で色とサイズを選ぶと、翌日にはフェデックスの箱に入って届けられる。願うこともなく、優先順位をつけることもなく、手に入りそうにないものを欲するということもない。クリックするだけですぐに靴が玄関に届けられる」として、「それは頭がおかしくなりそうだ」と話す。

 ウォーカー氏は、自分が子供のころに手に入るまで数カ月も店頭に並んだ一足のプーマを眺めていたのとあまりにもかけ離れたこの現実に、できるときには消費を控えるという決意を強くしている。そのためウォーカー氏は3人の子供たちがギフトとして受け取った家庭用ゲーム機「Wii(ウィー)」をセットアップしていない。

 パーソナリティー・アンド・ソーシャル・サイコロジー・ブリトンに発表された、1976年から2007年に高校3年生35万5000人を対象にした実利主義に関する2013年の研究で、1970年代半ば以降、お金を多く欲しがる傾向が目立って強まっている一方、一生懸命働いてお金を稼ぎたいという気持ちは減っていることが分かった。調査対象となった学生のうち、05~07年は62%がたくさんのお金やいい物を持つことが重要だと答えたのに対し、1976~78年はこうした見方は48%に過ぎなかった。

 ビデオゲーム企業のエレクトロニック・アーツのエグゼクティブ・バイスプレジデント、ギャブリエル・トレダーノ氏は「このテーマは私たちにとって非常に大きい」と話す。トレダーノ氏夫妻は、9歳のアメリーと12歳のベンという2人の子供とともにサンフランシスコで暮らしている。夫妻は毎日、子供たちが上手にやったかについて喚起する方法を探すことをじっくり考えている。

 トレダーノ氏は「毎晩、家族で夕食を取り、料理を作ってくれたことに対して父親に感謝する」と話す。「私が一生懸命働いたからおいしい食事が取れることについて話す。呼んでも子供たちがテーブルに着かないと、他の人が努力をしたのだから、それは失礼だと教える」と語る。

 さらにトレダーノ氏夫妻は子供たちがそれなりの年齢になったら、アルバイトをさせると決めている。トレダーノ氏は「バックオフィスかキッチンで働くべきだ」とし、「そうしたところでは興味深く仕事熱心な人々が働いている。自分ほど恵まれていない友人がいると、感謝について一層学ぶことになる」と話す。

 研究者たちは、毎日の行動が大きな努力以上に重要かもしれないと指摘する。ホフストラ大のフローフ博士は「配偶者に感謝の意を表すこと。子供にも礼を述べること」と指摘。「『自分の部屋を掃除するといったような当然のことをするのになぜ感謝する必要があるのか』と言う親もいるが、これを強調することで、子供たちはこの考えを習得し、自ら行うようになる」と説明する。

 カリフォルニア大学デービス校のエモンズ博士は、感謝の気持ちを持つことは子供たちにとって、比較的容易だと確信している。「年をとるにつれて、人生のギブ・アンド・テークはお返しの期待などによって駆り立てられる。それに対して、子供たちは、感謝の気持ちに対する自然な親しみがある。感謝の気持ちに関しては親が子供たちから教えられるほうが、その反対の場合よりも多い」と述べた。


共通テーマ:日記・雑感

By TOM RATH  1980年代に米中西部の労働者階級の家庭で育ったこともあり、私は睡眠が真っ先に削ぎ落とすべきコストであることを学んだ。私が若いころに尊敬していた人たちは決まって、ほんの数時間の睡眠しかとっていないことを自慢していた。これはまじめな労働倫理に基づくものだが、私は睡眠が必要だということを弱さの象徴とみなすようになった。そして今でも私は職場でこうした認識を持ち続けている。職場ではプロジェクトに携わり、夜遅くまでオフィスに残ることが名誉だとみなされている。  問題は、1時間睡眠を減らす

By TOM RATH
 1980年代に米中西部の労働者階級の家庭で育ったこともあり、私は睡眠が真っ先に削ぎ落とすべきコストであることを学んだ。私が若いころに尊敬していた人たちは決まって、ほんの数時間の睡眠しかとっていないことを自慢していた。これはまじめな労働倫理に基づくものだが、私は睡眠が必要だということを弱さの象徴とみなすようになった。そして今でも私は職場でこうした認識を持ち続けている。職場ではプロジェクトに携わり、夜遅くまでオフィスに残ることが名誉だとみなされている。

 問題は、1時間睡眠を減らすことが1時間の残業と釣り合いがとれないことだ。多くの場合、その反対だ。睡眠が1時間減れば、翌日の満足度や生産性、健康、思考能力が低下する。K・アンダース・エリクソン教授が実施した人間の能力に関する研究の1つでは、最も能力を発揮する人々は1日あたり8時間36分睡眠をとっていることが分かった。ちなみに、米国民の平日の平均睡眠時間は6時間51分だ。

 睡眠が十分取れていないときには同じ人物とは思えないようになり、それは明確に現れる。睡眠が十分でなければ、ネガティブな出来事の連鎖につながりかねない。仕事ではあまり成果を出せず、いつもしている運動ができず、食生活も乱れる。

 睡眠不足は犠牲を伴う。ハーバード・メディカル・スクールの調査によると、米国では睡眠不足のために失われた生産性のコストが年間630億ドル(約6兆5800億円)に達する。問題は睡眠を理由に人々が仕事を休むということだけではない。それ以上に重大な問題は、人々が寝不足の状態で仕事をしていることだ。ある科学者は、4時間の睡眠不足は缶ビール6本を飲んだのと同じくらいの機能障害を生じると主張している。米国立睡眠財団の調査によると、調査対象となった人々の約3分の2は平日は十分な睡眠が取れていない。

 今夜、1時間余分に睡眠が取れるかどうかで、翌日が惨めな1日となるか良い1日となるかが分かれる。15~30分といったちょっとした違いでも断然違ってくる。かぎは1日に7~9時間の熟睡を目指すことだ。これくらい長い睡眠を毎晩取るのは言うほど簡単なことではないが、睡眠の質を改善するちょっとしたコツがいくつかある。

 就寝前の数時間に何をするかが最も重要だ。米国民の90%以上が就寝前の1時間に電子ツールを使用していることを認めている。これは明らかに問題だ。あなたが認識していないかもしれないことは、こうした機器からの光だけでも、メラトニンの水準は最大20%も抑制されるということだ。このメラトニンの抑制は睡眠にとってもっと直接的な脅威となる。こうした問題を回避するために、通常の就寝時間の1時間前には電子機器の使用をすべて停止し、就寝前の数時間は明るい光を避けたほうがいい。

 睡眠に適した寝室の環境を整えることも、眠りに落ちる良いスタートとなり得る。日中慣れている温度より数度低い部屋で眠るほうが容易だ。そうすれば、自然な体内時計のために夜中に目覚めることを回避できる。同じ原理が騒音についても言える。ホワイトノイズ(白色雑音)アプリといった機器の使用によって、不必要に起こされるような騒音をかき消すことができる。質の良い眠りに重要なのは、できるだけ変化を取り除くようなルーティーンを作り上げることだ。

 7~9時間の質の良い睡眠を何よりも優先すべきだ。まず睡眠を優先すれば、しっかりとした運動を行ったり、仕事でもっと多くを達成したり、愛する人々にもっとよく接したりできる公算が高まる。睡眠時間はコストではなく、前向きな投資だということを覚えていてほしい。この話題に関するすべての調査は、睡眠は家庭でも職場でも本質的な価値と考える必要があることを示している。

 睡眠を犠牲にすることは、もはや強さの証しとはならない。


共通テーマ:日記・雑感

“受験生時代、「これを耐え抜けば楽しい大学生活」と思い頑張って第一志望に受かったが、待っていたのはさえない大学生活だった。 就活生時代、「これを耐え抜けば晴れて社会人」と思い頑張ったが、社会人生活もさえない。 だから私は辛くても死なない。死ねば楽になるという期待はきっと外れる。” ーーー “「電車の音がうるさくてよく聞こえないから、降りたらまた掛け直してくれ」と、インド人の友達から言われた。電話を掛けて来たのも、電車に乗っているのも彼だ。” ーーー

“受験生時代、「これを耐え抜けば楽しい大学生活」と思い頑張って第一志望に受かったが、待っていたのはさえない大学生活だった。
就活生時代、「これを耐え抜けば晴れて社会人」と思い頑張ったが、社会人生活もさえない。

だから私は辛くても死なない。死ねば楽になるという期待はきっと外れる。”

ーーー
“「電車の音がうるさくてよく聞こえないから、降りたらまた掛け直してくれ」と、インド人の友達から言われた。電話を掛けて来たのも、電車に乗っているのも彼だ。”

ーーー



共通テーマ:日記・雑感

圧縮すると http://url-c.com/2578

圧縮すると

http://url-c.com/2578

 



共通テーマ:日記・雑感

安部総理2013年12月26日靖国参拝。 23日には第一回国家安全保障会議(日本版NSC)で陸上自衛隊の銃弾1万発を国連経由で韓国軍に無償提供する方針を決めた。武器輸出三原則の例外扱い。 ーーー 日本の国は変わりましたという報告なのだろうか。(いや、元に戻りましたという報告か) ーーー 国連軍というものは、どういう意味で、正義なんだろうかねえ。

安部総理2013年12月26日靖国参拝。
23日には第一回国家安全保障会議(日本版NSC)で陸上自衛隊の銃弾1万発を国連経由で韓国軍に無償提供する方針を決めた。武器輸出三原則の例外扱い。

ーーー
日本の国は変わりましたという報告なのだろうか。(いや、元に戻りましたという報告か)

ーーー
国連軍というものは、どういう意味で、正義なんだろうかねえ。


共通テーマ:日記・雑感

“自分は普通の人より不器用で周りとおんなじペースでは生きられないけど 自分なりにうまく生きてけば良いんだって気付いたら気がラクになったよ ほどほどにがんばろう” ーーー “憂鬱も不安も狂気も、ずっと昔から人類の歴史に寄り添ってきたはずだ。” ーーー “無意味なカタカナ語でごまかさない。必ず日本語でしゃべる 日本語に直すと大した事は言っていない場合が多い” ーーー “相変わらず、ナチス式独裁はあなたに「押し付け」る形で出現すると思ってる人が多くて笑ってしまう。あなたの「欲望」を叶えてくれる形で出現する

“自分は普通の人より不器用で周りとおんなじペースでは生きられないけど 自分なりにうまく生きてけば良いんだって気付いたら気がラクになったよ ほどほどにがんばろう”

ーーー
“憂鬱も不安も狂気も、ずっと昔から人類の歴史に寄り添ってきたはずだ。”

ーーー
“無意味なカタカナ語でごまかさない。必ず日本語でしゃべる 日本語に直すと大した事は言っていない場合が多い”

ーーー
“相変わらず、ナチス式独裁はあなたに「押し付け」る形で出現すると思ってる人が多くて笑ってしまう。あなたの「欲望」を叶えてくれる形で出現するんだってば。”

ーーー



共通テーマ:日記・雑感

コペルニクスが登場する前に地動説を唱えるのは人生の戦略としては賢くない しかし思いついたものは仕方がない

コペルニクスが登場する前に地動説を唱えるのは人生の戦略としては賢くない
しかし思いついたものは仕方がない

共通テーマ:日記・雑感

最近の人生

いわばエンジンの故障が起きにくくなり昔の車より長く走れるのですが、使っているうちにまず足回りにガタが来る

共通テーマ:日記・雑感

“俺の嫌いな台詞は「元気をもらいました」と「感動をありがとう」だ。”

“俺の嫌いな台詞は「元気をもらいました」と「感動をありがとう」だ。”
あと、勇気をもらいましたとか。 



共通テーマ:日記・雑感