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ドイツ、メキシコに敗れる 一次リーグで

ドイツ、メキシコに敗れる 一次リーグで


メキシコの守備にスキはなく

カウンターが速くて突破力があった



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サッカーワールドカップ日本代表 アディダス・キャップ

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サッカーのワールドカップが始まっていろいろと話題

私はサッカーに全く関心も情熱もないが

大量に報道されるので話題にはなる


それによると、ハリル解任から西野就任の不可解さが描かれている

ハリルと兎にも角にも予選突破してみせた

その人を解任し、その監督の下で支えていたはずの人が監督になるのは説明が難しい

何が悪くて何がいいのか


日本選手のユニフォームの右胸にはアディダスマーク

そして西野監督がテレビに映るときなぜかアディダスのマークの入ったキャップをかぶっている

帽子もアディダスが作ると高機能帽子になるのだろうか


言われているところでは

ハリルは予選メンバーがベストであって

サッカー協会が使ってほしい選手を使わない可能性があった

その人はアディダスと広告契約をしている背番号10など


最近のテレビでは

日本は予選の組の中でFIFAランキングが最低だから多分勝てないと予防線を張っている

解説するサッカー選手または元サッカー選手はいずれも口が重くて

あらかじめ覚えろと言われているはずの言葉がなめらかに出てこない


しかし期待とか予想メンバーを聞かれると背番号10が語られるようだ


アディダスのお金がほしいサッカー協会は背番号10はアディダスの広告塔を指示、

地域予選までは勝つことが目的だったけれども

本大会に出られることになったからには

3試合だけ、広告効果を最大にすれば良いと、口を出したのだろう


ハリルはそれに反対

地域予選を突破したメンバーがいいに決まっている

日本チームの将来を考えた場合にも若く勢いのある選手を使うべきだ

それに対してサッカー協会はお金で懐柔

しかしハリルは強硬で、決裂


普通は、結局ビジネスでやっていると考えれば、監督に大金を渡して、

アディダスの指示通りにしてもらう、それがこれまで

そうしないというのであれば、お金を渡した上で、病気になったと言ってもらい、病院にしばらくいてもらい、

記者会見で、残念だと言ってもらい、帰国してもらう

やむなく後任は監督の配下で、方針を継続できる人というストーリーにする


ところがそれが決裂し

サッカー協会ははしたなくも監督を解任、理由は不明確

さらに不明確な理由で西野監督就任、不明確な理由で背番号10が代表のエースとなり

調子を上げていると報道されて

現在に至る


スポンサーには誰も逆らえないのが業界の掟なのに

ハリルは多分、予選で勝ったのは誰だ、本戦で勝つために、あるいは将来の日本チームのためになどと

言ってはならない正論を言ってしまい、

無論その正論には誰も反論できなかったがスポンサーはお構いなくサッカー協会になんとかしろと司令し

なんとかしたのが現在なのだろう


そんなわけで西野監督のアディダス・キャップには意味があるらしい


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人間は放っておくと、長期間いる場所のルールを常識だと思い込み、他の世界のルールを否定する傾向にあります。

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人間は放っておくと、長期間いる場所のルールを常識だと思い込み、他の世界のルールを否定する傾向にあります。


こういう反省は無限の反省になる


しかし目の前にいる人の心に合わせればいいと考えれば

有限の拡張で済む

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梅雨の散歩で言葉を探す

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梅雨のさなかであるがいつもより涼しい

歩いても汗も出ない

緑の中をいつもよりことさらにゆっくり歩いてみる

目に映るものを言葉にしてみる頭の体操をする

最初は、素晴らしい緑だ、というのが素直な言葉だけれど

もう少し詳しく言えないかと思うと

自然にもう一度見て観察することになる

それでもたいていは何も出てこないけれども

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“・日本の子供はよく「おなかすいた」と言う。ところが欧米人から見たら「だから何?」と思うらしい。彼らの子女は「ご飯が食べたい」と表現することを求められる。「のどが渇いた」というのではなく「何か飲み物を買ってもらいたい」と。 ・大人になっても、私たちは日常的に「疲れたなあ」と自分の感情を表明して、相手にそれをおもんぱかってもらって、「じゃあ休む?」と何か行動を促してくれることを期待しているようだ。”

“・日本の子供はよく「おなかすいた」と言う。ところが欧米人から見たら「だから何?」と思うらしい。彼らの子女は「ご飯が食べたい」と表現することを求められる。「のどが渇いた」というのではなく「何か飲み物を買ってもらいたい」と。
・大人になっても、私たちは日常的に「疲れたなあ」と自分の感情を表明して、相手にそれをおもんぱかってもらって、「じゃあ休む?」と何か行動を促してくれることを期待しているようだ。”


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“駅の自販機でジュースを買ったら何故かオロナミンCが出てきて、もう一度やってもオロナミンCが出てきたので駅員さんに説明しようと思って駅員室にオロナミンC二本持って行って「あのこれ」って声をかけたら駅員さんたちすごい笑顔になってたから「いつもお疲れ様です」って言って渡してきてしまった”

“駅の自販機でジュースを買ったら何故かオロナミンCが出てきて、もう一度やってもオロナミンCが出てきたので駅員さんに説明しようと思って駅員室にオロナミンC二本持って行って「あのこれ」って声をかけたら駅員さんたちすごい笑顔になってたから「いつもお疲れ様です」って言って渡してきてしまった”


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アインシュタインとタゴールの対話 この対話は1930年、アインシュタインのベルリン・カプートの別荘で行われたもの。 タゴール:「この世界は人間の世界です。世界についての科学理論も所詮は科学者の見方にすぎません。」 アインシュタイン:「しかし、真理は人間とは無関係に存在するものではないでしょうか? たとえば、私が見ていなくても、月は確かにあるのです。」 タゴール:「それはその通りです。しかし、月は、あなたの意識になくても、他の人間の意識にはあるのです。人間の意識の中にしか月が存在しないことは同じです

アインシュタインとタゴールの対話
この対話は1930年、アインシュタインのベルリン・カプートの別荘で行われたもの。
タゴール:「この世界は人間の世界です。世界についての科学理論も所詮は科学者の見方にすぎません。」
アインシュタイン:「しかし、真理は人間とは無関係に存在するものではないでしょうか? たとえば、私が見ていなくても、月は確かにあるのです。」
タゴール:「それはその通りです。しかし、月は、あなたの意識になくても、他の人間の意識にはあるのです。人間の意識の中にしか月が存在しないことは同じです。」
アインシュタイン:「私は人間を越えた客観性が存在すると信じます。ピタゴラスの定理は、人間の存在とは関係なく存在する真実です。」
タゴール:「しかし、科学は月も無数の原子がえがく現象であることを証明したではありませんか。あの天体に光と闇の神秘を見るのか、それとも、無数の原子を見るのか。 もし、人間の意識が、月だと感じなくなれば、それは月ではなくなるのです。」


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“・就業者数は、医療,介護では増加基調が続く一方で、その他の産業では伸び悩み ・就業者数増のほぼすべてが女 ・「活躍する輝く女性」が増えたというよりも「年配の主婦が家計を助けるために福祉部門で非正規労働を始めた」が実態に近い”

“・就業者数は、医療,介護では増加基調が続く一方で、その他の産業では伸び悩み
・就業者数増のほぼすべてが女
・「活躍する輝く女性」が増えたというよりも「年配の主婦が家計を助けるために福祉部門で非正規労働を始めた」が実態に近い”


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“イヌイットだか、どこの民族だかのかかげる「人間の三大悪」の一つが「不機嫌」というのがあってえらく納得した覚えがあります。”

“イヌイットだか、どこの民族だかのかかげる「人間の三大悪」の一つが「不機嫌」というのがあってえらく納得した覚えがあります。”



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疲れる原因は「やったこと」ではなく、「やっていないこと」だ。

疲れる原因は「やったこと」ではなく、「やっていないこと」だ。



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知的公家さんと知的野生児

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いいとこのお子さんはやはり頭がいいし知的公家さんである

知能も高いし芸術にも親しみ日本の伝統的上流社会の文化や嗜みにも通じていて

まことに好ましい

一方、金銭的貧困と文化的貧困の中で生まれ育った知的野生児は

粗野で下品、貪欲であからさま、こだわりが強く、柔軟性がない


環境に上手に適応できるのも知的公家さんの素晴らしいところである

たとえば入学試験制度が急に変更されても

それに柔軟に対応してゆく

知的野生児は入学試験に適応することは偶然である

ある種の試験制度にはぴったりはまるが

別の試験制度ではまったく評価されない

そのような違いが明白である


知的公家さんは希望して努力すればどんな道でも歩いていける

しかし知的野生児は生まれ持ったそのままで生きるしかない

それがどう評価されるかは時代と環境次第である


他人の評価に合わせて自分をアピールできる人と

自分の道を行くしか知らない人の違いかもしれない


たとえば公家さんはスポーツで言えば野球でもサッカーでも陸上でもそれなりに適応する

野生児は野球の才能があるだけでサッカーも陸上も大したことはない


公家さんは大変苦労をしている

野生児は苦労とは無縁である、うまれつきそのように生まれているのだから何も苦労はない


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キリスト教と無神論的唯物論の両者が想定する当然の共通項は何か

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パスカルのキリスト教擁護

旧約聖書はなぜ信頼できるかという話で

1.キリスト教とユダヤ教は対立関係にある

2.両者とも旧約聖書の正しさは認めている

だから旧約聖書、特にモーセ五書は正しい


これは裁判を想定してみると分かることであり

被告も原告も正しいと認定していることは

正しいと認定して議論を進めて構わないことと同じである


ーーー

というような議論をパスカルはしているらしいのだが

これは真理の源泉として「権威」を議論しているものらしい

パスカルだから数学的な議論も、合理的判断の議論も、達人には違いないが

それでも権威について議論しキリスト教擁護をしている


ユダヤ教とキリスト教のいずれかが正しい

という前提から出発しているのでおかしなことになるのだと思うが

現代ならば

キリスト教と無神論的唯物論の対立の法廷を想定するのだろう


その場合、両者ともに認める共通項があったら、それは当然の前提として進めるということになる


キリスト教と無神論的唯物論の両者が想定する当然の共通項は何か(パスカルの場合のモーセ五書)ということを

提示して議論したいのであるが

当面、うまく思いつかない

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症状か人間か

治療の流儀として
ターゲットとする症状を明確にしてそれを治療する方法と
そうではなくて人間の苦悩とか生き方とかこれからの人生とか人間関係とかにも
配慮していく方法がある

そのあたりの配合はむつかしい

後者については明確に治療契約みたいに決められるものでもないし
それには触れないと決めたとしても
影響しないでいられるものでもない 

意図しないうちにいい影響が生じるならばいいのだが
意図しないうちに悪い影響が生じて
極度の依存関係を形成し
そのことを治療者への信頼とか誤解している場合がよくある

このような依存関係が形成されたほうが
一種の治療同盟としては、ターゲットとされた症状の治癒には有利なのだけれども、
大きく全体としてみた場合には
問題がまた一つ増えたという結果になることもある

そうしたことも含めて人間観であり治療観であるとの言い方もできるので
断定するものではないが
いろいろな問題をはらんでいる部分である。



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“人は人からしか学びえないので、肩書きや名声よりも自分の導きとなる人との出会いを大切にすべきだと思う。”

“人は人からしか学びえないので、肩書きや名声よりも自分の導きとなる人との出会いを大切にすべきだと思う。”











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最新科学のたわごと

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NHKがまたまたふざけて最新科学の成果を紹介し

『脳科学』の世界で聞いたこともないような学者を登場させ

古くなってしまった知見をいかにも新しいもののように語り

決まってエビデンスの低いデタラメ実験を見せたりして

大変笑える


国民を馬鹿にしているとも思えるし

NHK自身を笑っている自虐ネタとも思えるし

しかも内容や結論はどうということもない常識的な話だし

結局どうでもいいのだろうか


長時間かけて自然を撮影し動物を撮影しているNHKなのだから

アマゾン川取材でもなんでも続けたらいいのだろう


というのが前置きなのであるが

番組ではアメリカの辺境にある大学の先生が登場してギャラを稼いでいる

どうせなら日本の学者にギャラをはずめばいいと思うのだが(ジャパン・ファースト)

どうしてアメリカ・ファーストなのだろう

最近のコマーシャルでもやたらに意味もなく白人が登場している

これも意味がわからない

JTのコマーシャルなど意味不明のことをたどたどしい日本語で語り

日本の文化の素晴らしさを言っているようだ

一体、JTは何を言いたいのだろう

また、英会話学校は土曜日に子供がたくさん集まっている

何をしておるのか、不審である


という点から考えてみても、

現在の日本人は白人に強く憧れているらしい


アメリカではもう白人は没落しつつある

斜陽である

それなのになぜなのだろう


また、イエローモンキーは、アメリカでも、EUでも、あまり尊重されていないように思われる

なぜ片思いを続けているのだろう


白人には根本に聖書があり、そうでなくても進化論がある、

どちらをとっても、白人第一主義には変わりがない


彼らによれば、さらにまた日本人によれば、また聖書によれば、さらに進化論によれば

白人が一番進化した形の人類なのであり、今後もしばらくはそうだろうと考えられる

宗教はアニミズムから秩序のある多神教、そして一神教となり、

ユダヤ教からカトリック、そしてプロテスタント、更に多様な可能性を展開している

それらは、社会の発展段階に応じているものと説明できる(ハンス・キュング)

社会構造や自然科学は確かに進歩発展するものだと見える

蓄積を活かして進歩する

とすれば、それを基盤として成立する文化もやはり進歩するようにみえる


つまり、未だ一神教的段階に到達していない民族は、その下部構造においても

未発達なものであり、上部構造としての文化、政治、宗教、全般にわたり未発達であると

考えられる


日本文化を崇拝しているのは、日本人を迎えるときの、フランス人とアメリカ西海岸の人たちだけなのだろう

あとは誰も何も知らない様子だ


文化では禅とか何とか、多くの日本人に馴染みのないものを喜んでいる

未成熟で不定形なものに自分を投影して素晴らしいと喜んでいる

こちらには意味がわからない


政治では最近国連からの勧告が相次いでいるが、未成熟が指摘されている

マスコミの未発達も指摘されている

一部の集団的現実的利益が優先され、原則や理想などは考慮されない


経済は一時盛んであったが最近では中国のあとについて回るだけになっている


こうしていろいろな面から見ると、

日本人や日本文化というものは、

やがて白人文化や白人に追いつくであろうが、現状ではまだまだ未発達のものという結論になる


脱構築などと言われた哲学的流派があって

それは文化は進化するのではなくて、

いろいろな文化が環境に応じて存在するだけだ、

文化人類学がフィールドワークで明らかにしたように

原始的と見える文化の中にも

非常に高度に洗練された文化があるのだといわれたものだ


日本やモンゴル、シンガポールなどの辺境の地にあっては

ありがたい説だったのであるが

いまはもう誰も何も言わない


グローバル主義とは相性が悪いからだろう


しかし進化論の原則として幼形成熟があり

その論点から言うと

日本人はまさに幼形成熟であると思われる

幼形成熟と言えば言葉に隠されて気がつかないが

言い方を変えれば

未発達であり、成熟障害であり、発達障害である

子供のまま大人になりましたということだ

そして次世代のチャンピオンは幼形成熟なのである


黒人に比較すると白人は幼形成熟の一つである

黒人男性が成熟型、白人女性が幼形成熟型である

アメリカではこの部分で遺伝子の混合が進むだろう

東洋人は白人に比較して幼形成熟の一つであるといえるだろう


ーーー

それにしても、日本に帰化した人が金メダルを取って、それが日本人の取った金メダルなのかな

国籍を米国に移した人のノーベル賞は日本人の取ったノーベル賞なのかな

元気が出るならどうでもいいんだな、たぶん

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うつ病の症状で統合失調症の経過をたどる患者さんたち S+MDI+X+Y

昔から
うつ病の症状で統合失調症の経過をたどる患者さんたちがいた

クレペリンは統合失調症だと診断して
DSMは状態像からうつ病と診断した

結果として
現在は、難治性で緩やかにレベルダウンするうつ病が
抗うつ剤も効かないし精神療法も今ひとつの効果で問題になっているのだと思う

レベルダウンの程度によっては
発達障害と誤診されるし
コミュニケーション障害なんて言われたりもする
場合によっては性格障害と言われたり
また伝統的には抑うつ神経症といわれたりするわけだ
気分変調証の一部はこれだと思うし
また全般性不安障害もこの一部に当たる感じはする

病気も長くなればいろいろな影響が出るので
そこでさらに話が難しくなる

うつ症状の寛解増悪を反復し、ときに躁状態または軽躁状態または正常気分を経験する、そして
増悪期にレベルダウンし、それが回復せずに欠損として固定する、そのような病気

入社した頃は秀才で期待されたが40歳になると能力平均以下の社員とかいくらもいる

コミュニケーション障害があるけれども
小中高を通じて問題はなかった

もともとが診断の網の目から外れているし
良い治療法もないままで
いろんな人がいろんな説を「ついでに」言うだけで
後回しにされてきた感じはある

誰しも、とりあえず治ってもらって、感謝されたいだろう

名前を付けるとしてどういう名前がいいのかよく分からないが

満田の言う非定型精神病はこれを含むものだけれど
概念の成り立ちが違うし輪郭も全く違う

『うつ症状の寛解増悪を反復し、うつでないときには躁状態または軽躁状態または正常気分を経験する、そして
増悪期にレベルダウンし、それが回復せずに欠損として固定する、現実検討は保持され自我障害もない、
徐々に適応が悪くなるのでそれを補おうとして努力するが補いきれずに破綻する、
そのような病気』・・・Xとする

統合失調症単純型というものがあり
陰性症状のみで構成されると定義される
これなどは近い感じがするが
実態はかなり異なる
Xはプレコックス感がないし多くのものを共有して共感もできるし了解ができる

うつ症状のみで構成される統合失調症の一つのタイプといえる

また

慢性に経過し増悪を繰り返すごとにレベルダウンするうつ病の一つのタイプとも言える

しかしどちらとも言えない

ーーーーー
こういう話をすると、当然であるが
これと対になる病態が考えられる

増悪があるが欠損を残さずに完全に元に戻る統合失調症
あるいは自我障害を症状とするうつ病
ともいえる

これをYとする

ーーーーー
話を整理するとして
経過と症状の組み合わせで提示すると

統合失調症=慢性に経過し増悪のたびにレベルダウンする+自我障害

うつ病=完全に元に戻る+うつ症状

となる【うつ病とうつ症状はこんなにも意味が違うことに注意】

するとここで言うXとYは

X= 慢性に経過し増悪のたびにレベルダウンする + うつ症状

Y= 完全に元に戻る + 自我障害

となる

ーーーーー
統合失調症の軽症化と呼ばれているものはつまり
統合失調症ではなくYが増えてきているということだ

そしてうつ病についてはXが増えてきているということになる

DSMでいえばXはうつ病または躁うつ病、つまり気分障害に含まれるし
Yは統合失調症に含まれる

しかし経過診断で言えば
Xは統合失調症に含まれ
Yは躁うつ病に含まれる

つまり、
昔は シゾフレニー=X+S
躁うつ病=Y+MDI

現代では
シゾフレニー=Y+S
気分障害=X+MDI
となる

そこで 昔はX+S、現在はY+Sであるから比較すると、
XがYになった分、統合失調症が軽症化していると見える

また 昔はY+MDI、現在はX+MDIであるから比較すると
YがXになった分、うつ病が治りにくくなったと見える

  自我障害  うつ状態 
慢性経過で増悪のたびにレベルダウン   S  X
増悪の後完全に元に戻る   Y MDI 


この表を縦に読むとDSMで、横に読むとクレペリンになる

ーーーーー
ここまではずっと考えてきたことだから
簡単に書けるのだけれど
治療の部分がうまく書けない

それぞれの場合により手探りである
それでも何かの「アルゴリズム」がないかと
検証しているが
いまのところ、うまくいっていない

ーーーーー
症状はおおむねを考えると病理の場所に依存する【トポロジー】
脳血管障害でも脳腫瘍でもてんかんでも、場所に依存して症状が発現する
たいていは症状を見れば場所がわかる
それが神経内科の教えである

また発症の時間経過とその後の症状進展の経過をみれば
病理の性格がわかる【テンポラールプロフィール】
たとえば急激に発症して固定すれば脳血管障害の可能性がある
亜急性に成立するものは感染症による脳症の可能性がある
慢性の経過では脳腫瘍の可能性がある
またさらに慢性のものではパーキンソン症のような変性疾患が考えられる
アルツハイマーも変性疾患である

場所の病理に関してはたとえばてんかんの一種で
側頭葉てんかんで自我障害類似の症状が発生するので
そのあたりが怪しいことは分かっている
しかし何が起こっているのか分からない

テンポラールプロフィールでいえば
Sは比較的急激に発症してあとに欠損を残し多くは反復する
MDIは急激に発症してあとに欠損を残さずしばしば反復する
このような経過を取る変性疾患があるのだろうと思われるが
病理の性格ははっきりしていない

いまでも脳内の物質的変化であるという説とそうではなく外部からの心理的衝撃によるという説があり
折衷案が提案されて支持されている【ストレス脆弱性仮説】

個人的に考えるにSはどちらかと言えば場所の病理で
内界と外界の比較照合訂正機能の「場所」が機能不全であるもの
それが性的成熟と連動して発症する

また個人的に考えるにMDIは場所に関係しない病理で
「Manic cell」の過剰活動とその結果としての活動停止が
manieとdepressionの反復運動を引き起こすのだろうと思う

したがって、SとMDIは排他的であるとは考えない

内界と外界の比較照合訂正機能の「場所」 に 「Manic cell」の過剰活動とその結果としての活動停止が おこれば
Sの症状もMDIの症状も呈する

しかしながらSによる機能欠損の発生は
特徴的であり、どちらかといえばてんかんの特性に近い
昔は早発性痴呆と言われたように
シュープを反復するうちに脳細胞が破壊されてレベルダウンを呈する

知能遅滞に自我障害を呈する場合を接枝分裂病と呼んでいたものだが
独立に成立しているものか関連して成立しているものか不明である
しかし内界と外界の比較照合訂正機能の「場所」に発達の不全が発生すれば
それは症状成立としては理解しやすい

こうしてみると
自我障害は場所の病理
てんかんは細胞の異常活動と機能停止、またMDIは細胞の異常活動と停止さらにその後の機能復活と正常化で
説明できると思う

S=自我障害【場所】+てんかん型【病理】(てんかんでは長期に見ると脳細胞が死滅してゆく)
昔からてんかんの場合に統合失調症は起こりにくいと言われていて
その発想から電気けいれんを発生させて統合失調症を治療しようとした時代がある

最近ではカタトニーの観察から出発して
電気けいれん療法を試みることがある

ーーーーー
これらの病気がどのくらい昔からあったものか
様々な考えがある
ずっと昔からあって、それは宗教の領域と結合して解釈されていたとする考えもあり
また一方では近代産業社会の成立、都市の成立と関係しているとの説もある
これもまた折衷的な解決が提案されている

私の考えでは農村部で生まれてその場所に適応したドパミンレベルのセッティングだったものが
都市部に移動して高いドパミン活動にさらされる
その時期はちょうど思春期である
そのようなSの発症のメカニスムは想定しやすい

ーーーーー
こんなことを書いているのはもちろん背景に最近の気分安定薬の使用経験があり
さらにはドパミン系薬剤のうつ、躁うつに対しての使用経験があるからである

デパケン、ラミクタール、トピナ、エクセグランなど、必要に応じて使っている
またエビリファイやルーランを使うことがある

この効果はどのように説明できるのだろうか

これも昔からの話だが
レボトミンの5ミリ錠でうつから統合失調症まで調整する人もいた
ドグマチールは今でも胃潰瘍からうつや統合失調症まで使う

もちろん、個別の症状に対して各種薬剤を使用するのではなく
背後にあり、根っこにある病理に対して薬剤を効かせたい
そのための病理の推定である
原因が一つなら薬剤も一つでいいはずというのが合理的である

ーーーーー
軽症難治型うつ病といってもいいような気がするが好ましいネーミングではない

軽症なのに難治型なのである
うつ症状としては現実把握に困難があるわけではないし自殺を反復するわけでもないし
拒食を続けて栄養状態が悪くなるというのでもない
閉じこもりがちになり人との交流が減るくらいのものである
経済的に困窮したりはするが、その程度である
経過を見るとやはり難治型であって簡単に良くなるわけではない
環境を変えて一段落したとしてもそこから先何もなく安定するわけでもなく
やはり不適応が起こりやすい

むしろ重症であるが完治するというタイプのほうが対処はしやすくて
これが昔からあるMDIである

ーーーーー
仕事が長続きしなくて、今回もまた新しい会社で上司にきつく言われたら、会社にいけなくなって、
休むと連絡したら、医者に行って診断書をもらってきて下さいと言われた。休んで家にいると
掃除とか洗濯とかはかどって、自転車で遠くまで出かけたり、鉄道写真を撮影するために
計画を立てて出かけられる。友人と飲みに行ったり、バーベキューパーティができたりする。
仕事はしにくてはいけないと思っているが、自分にぴったりの仕事が見つかるまでは実力が発揮できない。

こういうタイプを私は自己愛型うつ病と呼んでいて、ナルシスデプレッションとあだ名をつけている。
理由のない誇大性があって、それはそう状態とは違うもの。
ナルシスというのだから理由のないうぬぼれが根底にある。
そう状態は成熟した大人がなるものだがナルシスは未熟な人格である。
未熟の意味は、自分で物事の決着が付けられず、最終的には他人の手助けを待っていることだ。
可愛らしくて私は好きだけれども、忙しい世間では邪魔だと思われることも多い感じがする。

さて、Xとナルシスデプレッションの関係は、ということになるのだが、
一部重なるが、やはり距離があるという感じがする。
ナルシスデプレッションのほうがやや性格障害寄りのポジションだと思う。
Xは症状が長引くのでしばしば抑うつ神経症やディスチミア(気分変調症:大うつ病になるわけではないが、ながいあいだ抑うつ傾向が続く)といった解釈をされる。しかしたぶん、私の定義で言えば、Xは生物学的内因性のものである。

病気が長引いているうちに自分としてもどうしようもなく
不利な形での適応を採用してしまうことがあるし
他人から不利なレッテルを貼られてしまうこともある
しかしそれをはねのけることもできない

ーーーーー
経過としてはダブル・デプレッションの形を取るものと似ていることになる
しかしながらデスティミア自体の病理がはっきりしていない

Xについては明確に内因性・生物学的要因と規定している

Xが発生して多少なりともレベルダウンが起これば
抑うつ的な悩みが生じ
それに対して明確に対策をとりようもないので
多くは気分変調症の経過をたどるだろう

そのことをもってXとディスチミアが重なるものかどうか判定は難しい

ーーーーー
精神病理学の課題としては
Sの際の陰性症状と
MDIの場合のうつ症状がどのように区別されるのかとの問題がある

ドイツ精神医学はこの問題を微妙に回避していて
うつ症状があって、Sの経過をたどるならば、または自我障害があるならば、Sであると
規定していて、うつ症状の存在は診断にあたっては、ファーストクラスの意義を持たない
シュナイダーの一級症状と二級症状でいえば、Sの診断にあたり、うつ症状は二級症状である

しかし現代的な立場で
S陰性症状とMDIうつ症状との区別はできるように思う

おそらく背景性格とか経過とかを参照していると思うので
それではDSM的な議論にならないのが困る

しかし診察させてもらえば
区別はできるように思うのだけれども
このあたりが限界だろうか

 



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嘘について 劣化してどうなったのか

劣化したから嘘をつくようになったのか


劣化したから嘘がバレるようになったのか


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老後のためといって何でも我慢する人生

老後のためといって何でも我慢する人生なんて 
既に老後を送ってるようなもんだよ


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ピンチの時

人間というものは苦しくなってくると
知能指数が一段も二段も低下するもののようである

その結果おかしな判断をしてしまい
さらに状況を悪くする
不思議なものだと思う

進化の過程で、ピンチの時にこそ冷静に対処するメカニズムがあってもいいはずであるが、
実際にはピンチの時におかしな対応をしてしまうケースがとても多い

結局それでも生き残っているということなのでたいした問題ではないのかもしれない

ピンチの時には破れかぶれで騒ぐとか、あるいは死んだふりをするとか、それでいいのかもしれない

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楽観主義とは

楽観主義者は諦めない
持続する
根気強い
粘り強い
一歩ずつ前に進む
失敗しても打ちのめされない
一晩で心を切り替える
とりあえず望ましい行動をとる
現実を公平に評価する

もう歩けないと思った時も
一歩だけ歩いておく

努力には価値があると信じること
それが楽観主義である

ーーー
努力してもしなくても結果は同じかもしれない
もしそうならば努力しようと思うのが楽観主義

結果が同じなら何もしたくないというのが
悲観主義

ーーー
努力が習慣化している
自然に努力できる
努力の価値を信じられる

ーーー
楽観主義とは
楽な気持ちで、負担に感じることなく、自然に、なんの気なく努力できること

ーーー
どうせ無駄になると思ってもなお、努力するのが好きなこと

ーーー
すべてが無駄になっても、神様の決めたことだと割り切ること
そして
明日からはまた努力すること

ーーー
楽観主義とは
体を動かすのが好きなこと

いつも行動を選択すること

見送るよりはバットを振ったほうがいいと思うこと


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一日一回 他人の目になって 自分を振り返ること

一日一回、時間を決めて
他人の目になって
自分を振り返ること
それを記録しておくこと
定期的に記録を振り返ること

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“「やっぱり近道はないよ。真ん中の王道が近道なんだよ」”

“「やっぱり近道はないよ。真ん中の王道が近道なんだよ」”

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もっと空っぽになろう

もっと空っぽになろう
私の心の中にあるものは
ガラクタでしかない

すくなくとも
たまにはイエス様が立ち寄って
休んでいけるくらいの
隙間を
心に作っておこう

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現実を変えるには

"現実に腹を立て、現実を否定しても何も始まりません。むしろ謙虚な気持ちで現実を受け止め、その現実の中で自分にできることを考えるようにしましょう。現実を変えるには、それしかありません。
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自分が否定されてきたものだから、他人を否定しても平気になる

人間は、自分がされてきたことを、無意識に他人にもしてしまうものだからだ

否定され続けた人間は、自分で意識せずとも、否定されることを受けいれる

そして、自分が否定されてきたものだから、他人を否定しても平気になる

自分がずっとそうだったから、他人を否定していることに自分で気づけない



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数学ができないのか、問題文を理解していないのか? 3人に1人が、簡単な文章が読めない 日本の中高校生の多くは、中学校の教科書の文章を正確に理解できない。多くの仕事がAIに代替される将来、読解力のない人間は失業するしかない…。

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数学ができないのか、問題文を理解していないのか?
3人に1人が、簡単な文章が読めない
日本の中高校生の多くは、中学校の教科書の文章を正確に理解できない。多くの仕事がAIに代替される将来、読解力のない人間は失業するしかない…。
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自由意志による時間軸選択理論

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考えてみてほしいが

人間に自由意志があるとして

それぞれの人が自由意志を発揮して未来を選択しているとすると

無限の中でも密度の高い無限が実現しそうである

そして全員が一つの世界に住んでいるのである


ここで、たった一つの世界を考えてもいいが、多時間軸世界を考えてもいいことになる

時間軸が無限に枝分かれする世界

枝分かれする前の意識はひとつなのだから

枝分かれによって完全に分離するのか、それとも完全分離ではないのかとも考えられる

そしてそれは無限に分散する

無限の濃度はよくわからない


そして自由意志の結果は、自分が目指したものとは限らないのだ

かゆいと思って蚊を殺したら

蚊を殺さなかった世界と分岐する

殺されなかった蚊は、後の偉人となる人を赤ん坊時代に刺して、病気にしてしまうかもしれない。

そのことで世界の有り様は全く違うものになるかもしれない。

本人にとっては蚊を殺すか殺さないかであるが

世界にとっては重要人物となるはずの人が赤ん坊のまま死ぬかどうかであるという場合があるだろう


逆に、一見、希望と関係のないような行動が、希望の実現に有効であると考えて

なにか儀式のようなことを始める人もいるだろう

そこにどのような合理的な因果関係があるのかは見通しにくい


そのような連鎖が無限に発生する


そのことがひいては人間の祈りとも関係するのである

未来を選ぶことは祈りに通じる

逆に呪いにも通じる


逆に、このような思考の全体を強迫性思考や魔術的思考と関係づけてまとめることもできる


多時間軸の話とかリベットの実験の話とか

一時は話題もあったのだが

最近はあまり発展しない

ひも理論もわかりにくくて説明しにくい


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無料サイトをはしごする若者

若者は自分の本棚にどのような本があるのか
確認してみてほしい

若者は自分がネットで情報を集めるときに
どのようなサイトを訪れているのか
確認してみてほしい

自分の本棚に、街で無料で配布されるようなパンフレットしかないとしたら
どうだろう、悲しくないだろうか
製品カタログも無料で手に入る
そのようなものしかないとすれば、悲しくないだろうか
それと同じことをネットの世界でしていないだろうか

きちんとした本はたいてい有料である
それは本を書く人も編集する人も印刷する人も本屋で販売する人も生活があるからだ
生活をかけて、書いて編集して売っている

きちんとした本はたいてい引用や根拠をたどることができる
印象は印象として、事実と区別することができる
それが出来ない情報はどのような情報なのだろうか
ポエムなら問題はないが

本業が別にある人が
時間をかけて、人々のために良心的に、
なにか書いている場合ももちろんあって、
品質を維持していることもあるし、
中には天才的なひらめきを示しているものもあるだろう
しかしそれは稀なことである

リナックスの世界で示されているように
無料でみんなが知恵と労力とお金を持ち寄る仕組みは大変素晴らしい
しかし情報の世界はリナックスの世界よりも非常に高度に操作されていて歪められている

宣伝はただで手に入る
良質な情報は筆者の生活費を生み出すために有料である、特別な場合を除いて

だから、若者が情報を受け取るサイトが無料である場合、
何かの宣伝ではないか、その書き手の苦労はどのようにして報われているのか、
そのあたりをよく考えてみたらどうだろう

ーーーーー
逆に、生活のために書いている人は、
生活のために意見を曲げてしまうこともあるだろう
読者はそのことも見抜いていく必要がある

そのことも考えよう
書き手は何をどのように引用しているだろうか
書き手は、時間経過ごとに主張を変化させているか、変化しているならそれはなぜか
その人の活動費はどこから出ているか

ーーーーー
その人はどんな人格だろうか
目の前に現れたとして、どんな印象をもつだろう
そんなことも考えてみてほしい



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“年をとったことによる容姿の変化を「劣化」というような人間の話は聞く必要がないと死んだ祖母が言っていた。人をモノ扱いしているし、自分が鑑賞する側であるという自意識が醜いからだと。”

“年をとったことによる容姿の変化を「劣化」というような人間の話は聞く必要がないと死んだ祖母が言っていた。人をモノ扱いしているし、自分が鑑賞する側であるという自意識が醜いからだと。”


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サイコパス(精神病質)の特徴と対処法

実際、身近にサイコパスがいる場合には、どのように対処すればよいのでしょうか。米国の臨床心理学者のマーサ・スタウトの書籍「良心をもたない人たち」の中で提唱されている「サイコパス(良心のない人)に対する13のルール」をご紹介します。
1. 世の中には文字通り良心のない人たちもいるという、苦い薬を飲みこむこと
2. 自分の直感と、相手の肩書き(教育者、医師、指導者、動物愛好家、人道主義者、親)が伝えるものとの間で判断が分かれたら、自分の直感に従うこと
3. どんな種類の関係であれ、新たなつきあいが始まったときは、相手の言葉、約束、責任について、「三回の原理(三回嘘が重なったら嘘つきの証拠)」をあてはめてみること。
4. 権威を疑うこと
5. 調子のいい言葉を疑うこと
6. 必要なときは、尊敬の意味を自分に問いなおすこと(私たちは恐怖心を尊敬ととりちがえることが多い)
7. ゲームに加わらないこと(人の心をあおるのは、サイコパスの手口)
8. サイコパスから身を守る最良の方法は、相手を避けること、いかなる種類の連絡も絶つこと(サイコパスは社会の約束ごとと切り離された世界にいるので、彼らを自分の交友関係や社会的つきあいの中に入りこませるのは危険)
9. 人に同情しやすい自分の性格に、疑問をもつこと(周りの人を絶えず傷つけておきながら同情を買おうと大げさに働きかけてくる相手は、サイコパスである可能性が高い)。
10. 治らないものを、治そうとしないこと(サイコパスのとった行動はあなたの責任ではない。あなたが責任をとるべきものは、あなた自身の人生)
11. 同情からであれ、その他どんな理由からであれ、サイコパスが素顔を隠す手伝いは絶対にしないこと(「誰にも言わないでほしい」と涙ながらに訴えるのは、サイコパスの得意技。「あんたは俺に“借り”がある」というのは、サイコパスの典型的な台詞である)
12. 自分の心を守ること
13. しあわせに生きること(それが最高の報復である)
(参考文献:マーサ・スタウト著 木村博江訳『良心をもたない人たち』草思社文庫,2012年)
先にも述べた通り、サイコパスには有効な治療法がありません。周りの人たちがそれぞれサイコパスと関わらないように自衛するしかないのです。
あなたの周囲にも?サイコパス(精神病質)の特徴と対処法


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